売上の2割、25億円の域内循環が地域力に。非常時だから考えたい地産率の上げ方
ヨーロッパの「都市封鎖」という言葉を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは、食べ物は大丈夫なのだろうかということでした。
今、世界は地球規模で複雑につながっています。日本の市販のお弁当など、原料の多くは海外から運ばれてくる食材ばかり。
巨大なサプライチェーンに普段は疑問を抱かなくても、有事である今、輸入品が一部目に見えて品薄になったり、食料に輸出制限がかけられたりといったニュースを見ると不安も感じます。
コロナ後の世界がどうなるのか。まだ見えないことも多いですが、一つ言えることがあるとしたら、これまで通り世界に開く市場と、ローカルで閉じる割合が増えてもいい分野があるのではないかということ。
非常事態宣言下にある今も、食材や日用品などはちゃんと販売されていて、水や電気ガスなどのインフラは守られています。これが崩れるとき、人の暮らしも崩れてしまう。
地元の生産者やメーカーが稼いだお金を中央に吸い上げられることなく、地域内で循環させる割合を高めることは、地域の持続力を高めるためにも重要。地産地消はその一つの有効な方法といえるでしょう。
そこで今回取り上げるのは、地産品の割合を増やして地域経済を活性化させようと10年間取り組みを続けてきた民間のスーパー「キヌヤ」。なぜ他の小売店ではなかなか進まない地産地消が、キヌヤでは実現できているのか。現地に出向き、領家康元社長に話を聞いてきました。
売り場の顔を占めるローカルブランド
平日の午後3時、益田市内にある本店を訪れると、続々とお客さんが入ってきます。入り口を入ってすぐには「地のもん広場」と掲げられた地産品コーナーがどんと広がります。
キヌヤは益田市の本店を中心に浜田、江津、萩と島根から山口県にかけて21店舗を運営する地元スーパー。パートアルバイトを含めて860人が働く年商150億円の事業社です。
キヌヤでは2010年より、全売上の2割を地産品にしようと目標数値を決め、5年後には当初の倍の16%、2020年現在は18.3%まで地産品の割合を増やしてきました。
一般的にスーパーマーケットで扱われるのはナショナルブランド(NB)、プライベートブランド(PB)の品がほとんど。地産品が一部扱われていても、キヌヤのように具体的な数値を追いかけている話は聞いたことがありません。
8代目である領家社長はこう話します。
「はじめは不純な動機もあったんです。やっぱり競争の世界ですからね、全国展開の大手資本のスーパーに対抗していくには何か柱が必要やねと。そこでNB、PBにつぐ三本目の柱として地産地消、ローカルブランド(LB)をもってきてはどうかと。私一人で決めたことやなくて、みんなで話してLBを大事にしてきました」
2010年当初、キヌヤが扱っていた地元品の割合は全売上の約8%ほど。それをまずは20パーセントにしようと目標を掲げ、同年7月には地元の生産者や取引企業とともにLBクラブを設立します。
2割、といっても仕入れの2割ではなく、売上の2割というのがポイントで、それだけお客さんに選ばれる商品でなければならないということ。
「すべてをローカル品にしても、お客さんが満足するかどうかは別問題。継続していく上ではバランスが大事な視点です。やっぱりLBは値段が高いものもありますから、NBもPBも必要。今の時点では2割を目指そうと。お客さんがよりLBを選ぶようになれば比率が上げられるかもしれません」
2割といえど年商150億円の2割は大きく、30億円。原価ベースで25億円が地元の生産者や取引先の企業に落ちます。地域にとっては決して小さくない数字です。
なぜ、キヌヤは地産品2割を目指すのか?
「野菜は32〜33%。果物は18%、牛肉は52〜53%。地元に松永牛という有名な牛があるのでこれは比較的率が高めです。それらすべての平均が18.3パーセント、今実現できている地産率です」
LBクラブ推進室室長の戸津川健さんは、そうすらすらと口にしました。戸津川さんたちが日々追いかけている数字です。
青果売り場では木製の台が地産品のコーナーで、一般的な産直市場と同じしくみ。登録済みの生産者であれば誰でも野菜をおいてよく、売れ残った分は生産者が引き取る消化仕入販売。12〜15%がキヌヤに入る以外はつくり手の取り分になります。述べ400人が登録済みで、毎月野菜を持ってくるのは約200人。
「そこについては値段も数も、こちらから指定するのはNGと決めています。10個しかもってこられないならそれでいいし、値段も自由に決めてくださいと。ただし選ぶのはお客さまですから、高すぎたら売れないし、それを生産者の方々も学びよるんです」(領家社長)
年間の生産量が少ないメーカーの場合、スーパーとの取引は難しいと言われますが、キヌヤの場合、数や値段のみが理由で取引不可になることはないとのこと。ただし地元の品ばかりになると季節によっては偏りが生じるため、キヌヤが独自で仕入れるものとバランスを取って品ぞろえされているのがポイント。これが、“まずは2割”の理由です。
さらに、ここが大きな特徴ですが、キヌヤでいうローカル品は青果に限りません。食品、加工品、日用品など多岐にわたり、ほかのスーパーでは見かけない地元の品が並びます。花、お茶、醤油、パンに惣菜と、売り場がにぎやかで楽しいのです。
ローカルのメーカーにとって、キヌヤが、売り場をもつ地域商社のような役割を果たしていることがわかります。
ローカルブランドが来店動機に
地産地消の取り組みが、他社でなかなか進まないのはなぜなのか。領家さんはこう話します。
「まぁ他ではようせんと思います。手がかかるからです。通常スーパーには、NB、PBをいくつ棚に並べるかと棚割りするマーチャンダイジングがあって、それを崩されるのを嫌います。
例えば年に10しか入ってこない商品があったとして、他の店には置けないけど益田店にだけ入るとなると、そこだけ別管理しないといけなくなる。煩雑になるんです」
以前、別の大手スーパーでも同じような話を聞いたことがあります。全店舗に置けるロット数でなければ効率が悪くて見合わないと。ではなぜ、その面倒をキヌヤではあえてしているのか。
「それだけLBの価値がわかってきたからですね。もともと私はLBは一品単価を上げる商品やとスタッフに言ってきました。でも最近わかったのは、これが来店動機になっとるっちゅうことなんです」
2年ほど前、益田の駅近くにディスカウントショップがオープンしました。この時は、いよいよ本店も危ないのではと領家社長も危惧したのだそう。
「やっぱり、向こうさんの方が安いしね、品揃えもええし。開店直後はお客さんもだいぶそちらに流れましたよ。
でもねじっと辛抱しておったら、数週間してお客さんが戻ってきた。僕が売り場に立っておったら、何人かがこう言うんです。あっちの方が安いけど、地元のもんがないからって。ああ僕らLBに助けられたんやなって思いました。LBがなかったら今頃は駄目になっとったかもしれん」
訪れた日は「地のもんいちご」のコーナーに新鮮ないちごが並んでいました。魚売り場には、近隣の萩や浜田の港の鮮魚に、BGMには地元の演歌歌手の歌まで流れていたり。他のスーパーに比べて新鮮なものが手に入る上、買い物が楽しそうです。
「地産地消」から「地消地産」へ。地域商社の役割も
NBやPB品をLBに置き換える、商品の“地産化”を進めるために、キヌヤでは地元の企業と新商品を開発したり、すでにある地元の品を改良して日用品として買いやすくしたりといった、地域商社の役割を果たしてきました。
「今僕らが目指しているのは、地産地消だけではなくて、“地消地産”。すでに消費されているものを地元でつくる後押しです。
例えば、よそから仕入れているジュースがあるとして、その10%でも地元産に切り替えればそこに仕事が生まれます。起業できる可能性だってあるかもしれない」(戸津川さん)
地元の牛乳「メイプル牛乳」もその一つ。キヌヤが益田市内の牧場と製乳会社をつなぎ新しいローカルブランドを生み出しました。地元の生乳だけを使った新鮮さが売りで、今や年間5000万円を売り上げる人気商品に。
浜田のライフセーバーチームから塩をつくって製品化したいと相談をもちかけられた際には支援し「浜守の塩」として商品化。
益田のぶどうだけでワインをつくろうと、キヌヤが販売主体となり地元のワイナリーにまとまったロット数を発注するケースも。「益田市産ぶどう100%使用」をうたったワインはキヌヤの名前でなく、製造元「島根ワイナリー」のワインとして販売されています。
そうして新しく生まれた商品が、別のスーパーで販売され、外貨を稼ぐ商品に育つ流れもでき始めています。
売り場を持つ小売店だからこそ、メーカーが安心してつくり始められる環境を提供できる。それも地元のものをぽっと持ってきて売るだけでなく、地元の生産者やメーカーとともによりいい商品を生み出そうとしてきた厚みが売り場に表れています。
競争より、地域の持続性が大事
地産品の割合を上げるために一番苦労したことは何ですか? と尋ねると、「生産者がなかなか見つからなかったこと」という答えがかえってきました。益田などキヌヤの名前が通っている地域は別として、江津店などでは生産者を一軒一軒まわり関係を構築してきたのだそう。
領家社長「結局、うちの取引先はお客さんでもあって、お客さんは取引先なんです。
ここまで人口減になると、競争も必要やけど地域の持続性の方が大事になります。もう5年、10年このままやったら、生産者がおらんようになりますわ。キヌヤとつきおうとったら何とか息子さんが跡を継げるという状態にしたい。キヌヤで稼いだ分はまたキヌヤで買ってもらって。地域で経済をまわしていくことが大事です」
ある年、取引先の生産者が、手術の後で重たいものが持てずキャベツの収穫ができないので収穫をあきらめるという話がありました。その時キヌヤの若手がそろって収穫を手伝いに行ったのだそう。
「一生このご恩は忘れませんて、その方はうちの専務に言われたそうです。経済が上り調子の時は損得でものごとを判断しても商いは伸びるけど、これからの時代はそれではだめです。うちは買い物タクシーも買い物バスもやっとるし、宅配もやるし。損か得かでいうたら、やらん方がええもんばかりやっとる。でもそやから商売を続けられとる面があると思う。地域のお客さんに支えられるんよね」(領家社長)
キヌヤの10年間の実践とそこで得た蓄積は、他の地域にも、ほかの業態にも多くの学びを与えてくれるように思います。
※この記事は、NPO法人グリーンズ『greenz.jp』に同時掲載の(同著者による)記事です。連載「ローカルから始める、新しい経済の話」より。