Yahoo!ニュース

「西側は空母や航空機を派遣して香港市民を避難させる心構えも」“香港の鉄の女”インタビュー(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
1984年、北京でトウ小平と会談するマーガレット・サッチャー英首相(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]中国の全国人民代表大会(全人代=国会)で香港国家安全法の導入が決定された問題で、香港民主派の中核政党・民主党の前党首で“香港の鉄の女”の異名をとる劉慧卿(エミリー・ラウ)同党国際問題委員会議長には忘れられない記憶があります。

鉄の女サッチャーとの対決

木村:あなたは“香港の鉄の女”と呼ばれています。1984年に中英共同宣言に署名した後、イギリスの“鉄の女”マーガレット・サッチャー首相(故人)が香港で記者会見をしました。あなたは「首相、2日前に香港の500万人以上を共産主義独裁体制の手に渡すことを約束する中国との共同宣言に署名しました。道徳的に許されるのか。国際政治において道徳は自分の国の国益の犠牲にされていいのか」と質問しました。

ラウ氏:今でも鮮明に記憶しています。その時、私は英字のアジアニュース雑誌ファーイースタン・エコノミック・レビューの香港特派員でした。私は香港人に何の保護も与えずに共産主義独裁体制の手に香港人500万人以上を渡すのは間違いだと考えていたので、サッチャー首相に問いただしたのです。

サッチャー首相は「中国と合意しなければ何の保障も優位性もないまま1997年には香港の92%は自動的に返還される。中国は合意のもと香港の生活様式が継続されるのを望んでいる。香港の人々は英中共同宣言を歓迎している。あなただけが孤独な例外かもしれない」と答えました。

選ばれた政府もなく、香港人に英国籍が与えられないのは極めてまずいと当時、恐れていたことが今、実際に香港で起きているのです。

欧米だけでなくアジア諸国も香港支援を表明

木村:日本の国会議員も100人以上、香港国家安全法導入決定に抗議して、最後の香港総督を務めたクリストファー・パッテン英オックスフォード大学学長が主導する共同声明に署名しています。

ラウ氏:日本は重要な国です。日本と香港は非常に良好な関係にあると思います。日本は香港に多くの輸出をしており、たいへん重要な貿易相手国です。日本は多くの香港人にとって最も人気のある観光地の1つです。日本で働いたり学んだりしている香港人もいます。

日本の与党・自民党、そして野党の国会議員がパッテン氏の共同声明に署名し香港を支援してくれることを望みます。中国共産党は支持しているのは欧米諸国だけだと言いますが、日本のほかアジアの国々の国会議員が香港を支持しています。

署名は多ければ多いほど効果があります。署名は香港支持のしるしであり、中国が悪いことをしている、止めなさいというメッセージを送ることになるからです。

9月の立法会選挙で異変が起きる

木村:今年9月には香港立法会(議会)の選挙が控えていますね。

ラウ氏:さて最初に断っておきたいのは、全てではありませんが、私たちの大半は親中派です。親共産主義者と反共産主義者の対立で親中派、反中派の対立軸はないので混同しないでください。私たちは自分たちのことを民主派と呼んでいます。

9月6日に立法会の選挙があります。しかし2カ月前から多くの懸念が噴き出しています。北京と良い関係を持つ香港のビジネス関係者が私にこう耳打ちしました。選挙では民主派が勝利し、過半数を制するだろうと。

70人の議席がありますが、1人1票で選出されるのはその半分です。残り半分は商工会議所、医者、技術者などの専門家や特別な利益集団を代表する職能団体の枠です。それは全く非民主的で、民主派が立法会の過半数を占めることができないように設計されています。

香港人は北京と林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の強硬なやり方にとても不満で、民主派政党に投票するでしょう。北京は面白くありません。しかし気が気でない北京はどんな行動に出るのでしょう。

9月の立法会選挙を前に7月にはノミネーションが行われ、候補者が登録されます。北京は以前にもやったことがあるように自ら行動するのではなく香港政府を通じて候補者を失格にするかもしれません。

選挙管理委員会事務局の官僚は、あなたには立候補する資格がないと言う権限があります。馬鹿げた許し難いことがこれまでにも何度も起きているのです。

もし9月の選挙で民主派の多くの候補者が当選したら香港政府は当選者を失格にできます。万が一にも民主派が過半数の35議席を超える議席を獲得した場合は裁判所に持ち込んで当選者の2~4人を失格にすれば少数派に引きずり下ろすことができます。

それでも十分でなければ北京は香港政府に立法会を解散させるかもしれません。立法会はなくしてしまうわけです。香港返還後の1997年に行われたように北京は暫定立法会を設置する可能性があります。彼らが暫定立法会を設けた場合、メンバーは選ばれるのではなく、任命されます。

こうした全てのシナリオが起こりうるわけです。だから香港人は非常に憂慮し、懸念を深め、それでは無法地帯と同じだと恐れているのです。

国際社会は声を上げ、行動を起こせ

木村:それは大問題ですね。

ラウ氏:本当に大問題です。だから対処する必要があります。私たちは国際社会が、香港が好きな人たち、香港を支持する人々が声を上げることを望んでいます。実際には国際社会は香港を好きだから、多くの国のためだからという理由だけで声を上げているのではありません。

日本を含む多くの国の人々は香港に住み、働いています。多数の企業が香港で活動しています。したがって状況が急激に変化し、悪化した場合、そうした国々自身の人々のために声を上げる必要があるのです。不穏な現状を目の当たりにしたら国際社会は声を上げてほしいのです。

国際社会は中国当局がしてはならないことをはっきりと伝えるべきです。

香港で事態が極度に悪化すれば、国際社会は空母や大型航空機を派遣して香港の市民を避難させなければならないシナリオもあり得ます。国際社会は声を上げ、平和的な方法で中国を説得できるよう行動を起こして下さい。

木村:今後、香港国家安全法の制定はどのように進んでいくのでしょう。

ラウ氏:はっきりしたことは分かりません。中国の全人代で導入が決定されましたが、詳細はまだ明らかにされていません。いつ内容について協議し、公表するのかは全人代常務委員会次第です。彼らは予定が早まることがなければ6月22日に集まると思います。

細部を詰めて承認し、非常に早く手続きを終了する可能性があります。もし、まとまらなければ常務委員会は8月に再び開かれます。タイミングはかなり流動的です。彼らが必要だと考えたらするでしょう。彼らがどれだけ早くそれをしたいかは誰にも分かりません。

もちろん9月の立法会選挙の前に彼らが香港国家安全法を実現したいと思う可能性があるという推測があります。注意深く見なければなりません。国家安全法が6月下旬に可決された場合、法律が可決される前に遡って効力を持たせる恐れすらあります。

全人代の香港代表団が示唆したところによると、国家安全法に問われた被告の裁判には中国人以外の判事には関わらせないかもしれません。香港終審法院には英連邦のイギリス、カナダ、オーストラリアの著名な判事がいます。

こうした中国人以外の判事は国家安全法違反に問われた被告を裁くことはできません。そうした裁判が香港で行われるのか、中国本土に移送されて行われるのか、香港人は国家安全法の詳細に注目しています。

中国本土での国家安全法違反の裁判を見ると、通常、TVカメラの前で裁判にかけられます。公開の法廷ではありません。全てが密室の中に隠されています。被告は家族と面会できないことがしばしばあります。

非公開の裁判が行われる前も弁護士と接見することも許されず、何年もの間、監禁され拷問を受けることもあります。裁判の後も判決はなく、判決文を見ることもできません。評決がどういう内容だったのか知ることもできません。

非常に不透明です。これは一国二制度の終わりです。中国は香港に国家安全保障当局を設立するでしょう。責任者は香港に派遣され、国家安全法を執行することになります。こうしたことは中英共同宣言には規定されていません。明らかに共同宣言や香港基本法に違反しています。

一国二制度の本質とは

木村:一国二制度は香港返還50年後の2047年以降も生き残っていると思いますか。

ラウ氏:2020年時点ですでに一国二制度は死んだと言う人もいます。一国二制度を継続するのはたいへんな試練であり、だから人々はそれを守るため必死で闘っています。一国二制度の本質は、香港は中国本土から離れた存在だということです。

私たち香港人は自由、人権、個人の安全、法の支配、司法の独立を享受しています。しかし、もし厳格な国家安全法が制定され、中国本土の人々が法を執行する場合、香港に認められてきた価値が消滅する恐れがあります。それは一国二制度の終わりを意味します。

香港人は報道の自由、学問の自由、宗教の自由がなくなることを恐れています。これら全てのことがとても速く起こる恐れがあります。

新型コロナ「中国との境界開けば何が起きるか分からない」

木村:香港政府は新型コロナウイルス・パンデミックを上手に処理したと思いますか。

ラウ氏:他の国や地域に比べると香港のコロナ対策が悪かったわけでは決してありません。しかし当初、香港政府は中国本土との境界を閉鎖するのを拒否したため、感染者の流入を防ぐため封鎖を求める医療従事者がストライキを行いました。これは非常に悪い対応でした。

しかし2003年の急性重症呼吸器症候群(SARS)で香港の死者は299人にのぼった反省から、香港人の自己規律は素晴らしく、注意深く対処しました。常にマスクを着用し、手を洗い、安全な社会的距離を保ちました。

香港人は香港政府を信頼していません。その一方で医療従事者、特に医師には厚い信頼を置いています。彼らは表に出てきて香港人に助言を与えました。しかし中国本土との境界を開けば、何が起きるのかは分かりません。

経済は他の国と同様にパンデミックの深刻な影響を受け、失業や倒産が激増しています。

劉慧卿(エミリー・ラウ)氏

本人提供
本人提供

1952年香港生まれ。アメリカの南カリフォルニア大学で放送ジャーナリズムを学んだ後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで国際関係の修士号を取得。香港の英語日刊紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト、テレビTVB、BBCテレビなどでジャーナリストとしての経歴を重ねる。初の直接選挙となった1991年の香港立法会選挙で当選。2012年から4年間、民主党党首。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事