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「権利取得で宣言なしで自動的にFA化」を望まなかったNPB選手会の不思議とその背景

豊浦彰太郎Baseball Writer
プロ野球選手も保守化しているのか?(写真:アフロ)

NPB選手会は18日にNPB機構と事務折衝を行い、FA資格を得た選手がFA宣言前に他球団の話が聞けるよう制度変更を依頼したという。信じられない話だが、これは掘り下げると考えさせられる問題だ。

現在のルールでは、選手はFA資格を得てもメジャーリーグのそれのように自動的にFAとはならない。あくまで、「私は権利を行使します」と宣言せねばならない。そして、多くの球団は自軍からFA宣言した選手とは再契約しない方針を打ち出している。これにより、FA宣言はその球団に対する忠誠心の踏み絵のような位置付けになっている。帰属意識が強い日本社会において、この「踏み絵」は心理的障壁となっていること、他球団の評価を聞くことは自身にとって退路を断たれるリスクを意味することにより、近年FA制度は形骸化しつつある。したがって、この制度を活性化するにはFA権取得がオートマチックにFA化とならねばならないとの声がある(中日の落合博満GMもその1人だ)。

しかし、選手会の要望はそうではなかった。FA宣言というプロセスは残したままで「他球団の話を聞けるようにしてくれ」というのである。事の本質に 目を向けず、都合の良い変更だけを要求しているのである。これでは機構側から「他球団の話を聞けるようになるのがFAになるということなのですよ」と大人が子供に諭すように言い返されることになってしまうのである。交渉戦術としても、選手会の主張は稚拙で呆れざるをえない。

しかし、このことは別の観点からはとても深い意味を含んでいる。

それは、選手会の(ということは選手の)最大の願いは、FAとなりより良い契約やプレー環境を勝ち取ることではなく、(まるでサラリーマンのようだが)雇用の安定(個人事業主である彼らにこの表現は適切ではないが、あえて比喩的に使用する)かもしれないということだ。

FA権を取得すると自動的にFAとなるということは一見バラ色だが、別の見方をすれば、その時点では旧所属球団との縁が切れることを意味する。戦力的にダブつけば情け容赦なくリリースされるMLBとは異なり、NPBの場合は球団支配下である限り基本的に庇護される立場にある。彼らはこれを失うことをもっとも恐れているのではないか。

60-70年代を中心にMLB選手会を最強の労組に育て上げたマービン・ミラー専務理事は、FA制度導入に粉骨砕身しながら、「毎年オフに全選手がFAとなること」をオーナー側が提唱することをもっとも恐れていたという。そうなると、一部のスター選手以外は市場に供給過剰となり買い叩かれ、かえって平均年俸が低下する恐れがあると考えたからだ(実際には、オーナー側はその市場原理に気付かなかった)。

NPBの選手会が古い メジャーの例をどこまで研究しているかは知る由もないが、選手たちは市場に打って出るチャンスを得ることと同じくらい、球団の傘の下で守られることを重視しているのではないか、とぼくは考えている。

若者が「夢は正社員になること」と語る時代だ。プロ野球選手も保守化していても不思議ではないが、寂しさは拭えない。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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