社員のクビを切らない企業が伸びている
1年ぶりにカリフォルニア州サンタクルーズにやってきた。欧州、米国、アジアの記者同士で、インテル、TSMC、サムスン、ルネサスなど情報交換するのは楽しい。海外ではルネサスを評価する声は多い。技術力だけではなく、会社の風土に対しても、いい会社だという声が強い。欧州の記者からも外国ファンドのKKRに買われなくて良かったという声を聞いた。ルネサス人よ、もっと自信を持とうではないか。
ただし、経営陣の心もとなさが引っかかる。知り合いの女性のご主人がルネサスアメリカに勤めていたが、アメリカオフィスを閉鎖するため解雇された。ルネサスはこれからグローバルに出て行きグローバル市場での売り上げを伸ばす予定ではなかったか。それなのになぜ海外のオフィスを閉鎖したり、海外売り上げがこれから見込めるルネサスモバイルを手放すのであろうか。海外のオフィスを閉鎖するのは国内よりも簡単だからという理由だけでそうしていないだろうか。
これからの将来、何で稼ごうとしているのか、ルネサスの経営陣は答えを出してくれているだろうか。対外的にだけではなく、社内的にも従業員は理解しているだろうか。少なくともルネサスの経営陣からは何も聞こえてこない。
社員が十分、理解していれば納得できるが、そうでなければリストラ=首切りしかやっていなければ誰もがやる気を失う。関西のp社は10年以上リストラとコストカットしかなってこなかったという話を、Ex-p社の方からよく聞く。これでは社員のやる気は全く出てこない。会社がこれからどういう方向に向かっていくのか、という道筋は社員のために必要である。
今来ているサンタクルーズから近いシリコンバレーでは80年代がそうだった。コストカットのためにクビを切った結果、残された社員のモチベーションがガクっと下がった。誰しもが、「次は俺かの番か」と思うからだ。そうなると、残された社員は次の職探しに熱を入れる。会社の仕事どころではない。仕事はそっちのけにしても自分の新しい仕事場を見つけることに奔走する。こうなるとその企業の活力はガクんと落ちるのは当たり前だ。
関西のp社が行ってきたことはまさにそうだった。これではエンジニアはまともな仕事にならない。だから業績が落ち続けてきたのである。
最近のシリコンバレーや活力のある地域では、簡単にリストラ(クビ切り)はしない。80年代に経営者が学んできたからだ。同時に、優秀な人を採用することが非常に大変であることもよくわかっているからだ。優秀な人を採るためのリクルーティング活動には一人当たり200~300万円はかかる。
リーマンショックを経験したこちらの企業の一つ、リニアテクノロジーのボブ・スワンソン会長に聞いたら、「リーマンショックで売り上げがガクんと落ちたが、一人の首も切らなかった」と誇らしげに言った。リストラしないことが企業の自慢になっているのである。その会長に貴重なアナログの専門技術者をどうやって採用するのか、聞いたことがある。もちろん大学へ出向くことが多いが、もし見つけたらかなり優遇する条件を提示する。仮に東海岸のボストンで見つけてもそのアナログエンジニアが本社のあるシリコンバレーには行きたくない、と言ったならばボストンにデザインセンターを設立する、という。
ここでは優秀な人であれば、国籍や性別などでは決して差別しない。シリコンバレーのハイテク企業100社のCEOにアンケート調査をしたSGLグループによると、ハイテク企業に勤める社員の国籍は、アメリカ人と非アメリカ人の割合が50%・50%であった。ここに働く男女の比率についても聞いてみると、やはり50%・50%だった。シリコンバレーでは差別していると優秀な人を採れない。むしろ、優秀ならば誰でもよいという訳だ。
こちらに来る前に銀ナノワイヤーを製品化しているカンブリオス社のCEOになぜ、シリコンバレーで創業したのかを聞いてみた。彼らはボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)とUCサンタバーバラ校(南カリフォルニアでロサンゼルスから200km程度離れた場所)で開発された技術をベースにしたベンチャー企業だ。なぜ、わざわざシリコンバレーにやってきたのか聞いてみた。やはり優秀な人がたくさんいて、採用出来ると同時にベンチャーキャピタリストも多いからだと答えた。起業するために優秀な人材は欠かせない。反面、離職率も高い。しかし給料だけで転職する人は少ない。自分を認めてくれるところ、実力を出させてくれるところへ移る傾向が高い。
フェイスブックの創業者、ザッカーバーグ氏もボストンのハーバード大学出身だが、起業はシリコンバレーで行った。今や電気自動車のトップメーカーになったテスラモーターズもシリコンバレーで創業した。ここはもはやシリコンだけではない。シリコンの周りにある産業全てが集まっている。