「裁判所は死因に関心がない」と忌避~特養入居者の死亡の事件で証人尋問を認めず結審・東京高裁
長野県安曇野市の特別養護老人ホームで2013年に入居者K子さん(当時85)が、おやつのドーナツを食べた直後に意識不明となり、約一ヶ月後に死亡した事故を巡って、業務上過失致死に問われ、一審で罰金20万円の有罪判決を受けた山口けさえ・准看護師の控訴審初公判が30日、東京高裁(大熊一之裁判長)で開かれ、即日結審した。裁判所は、弁護側の証人申請を1人も認めず、証拠も1点を除いて採用しなかったことから、弁護人は大熊裁判長らの忌避を申し立てるなど、法廷では激しい攻防が展開された。
おやつのドーナツを食べた直後に静かに倒れた
事故があったのは、13年12月12日。山口さんは介護士に頼まれ、17人の入所者におやつを配った。おやつは常菜系とゼリー系の2種類。K子さんは、10月の入所以来、常菜系おやつを提供されていたが、K子さんは大量の食べ物を口に入れる癖があり、嘔吐したことなどから、食事を小分けにして提供することになり、6日からおやつもゼリー系に変更されていた。山口さんはそれを知らずに、K子さんには常菜系のドーナツを配膳。その後、別の全介助が必要な入所者にゼリーを食べさせた。
K子さんが、ドーナツを食べ終わった後、椅子の背もたれに寄りかかるような格好で心肺停止状態となっているのに、介護士が気づいた。咳き込んだり、苦しがる様子を見聞きした者はなく、近くにいた山口さんも異変に気づかなかった。K子さんは救急車で病院に運ばれ、1度は心拍が再開したが、翌年1月16日に死亡した。
争点は死因と過失の有無
この件で、山口さんが業務上過失致死罪に問われた。裁判の争点は、(1)K子さんの死因と(2)「過失」の有無。
(1)について、弁護側は搬送先の病院の主治医の証言などから、脳梗塞が死因と主張したが、1審の長野地裁松本支部は、ドーナツを喉に詰まらせたことによる窒息死と判断した。
一方、(2)について同裁判所は、K子さんの動静を山口さんが十分注意していなかったことを「過失」とする検察側の当初の主張を退けた。K子さんは嚥下障害はなく、誤嚥による窒息の危険が高くはないため、その場にいた入所者17人の中で特別注視を必要とする存在だったわけではなく、山口さんは他の全介助を必要とする入所者の対応をしていたため、K子さんを注視できる状況ではなかった、という判断だった。
ところが検察官は、裁判の終盤、介護職の引き継ぎ記録を山口さんが確認しておらず、K子さんに提供するおやつの種類が変更されたことを知らずにドーナツを配膳したことを「過失」とする「予備的主張」を行っており、一審はそれを認めて有罪とした。
「6人中5人が『脳梗塞』と言っている」
弁護側はその後、K子さんが亡くなった直後の脳CT画像などを元に、画像診断、救急医療、脳神経外科の各専門医の意見を求めたところ、いずれも心肺停止の原因は脳梗塞との判断だった。弁護側はこの3人を含めて7人の証人尋問を行うよう求めたが、大熊裁判長はいずれの請求も却下。カルテなど16点の証拠請求も、採用したのは、K子さんが老人ホームに入所する直前の健康診断を行った医師への照会のみだった。
弁護人は「1審を含め6人の医師のうち、5人が脳梗塞と言っている。窒息であれば生じるはずの、脳の浮腫も見られない。(裁判官などの)法律家は医学の専門家ではない。冤罪を生まないために、専門家の意見には真摯に耳を傾けなければならない。それを怠るのは傲慢だ」などと訴え、異議を申し立て。看護助手の女性が呼吸器を外して患者を殺したとして有罪が確定したが、病死とする鑑定などが認められて再審開始が決まった湖東病院事件などの例を挙げて、慎重に事実を解明するよう求めたが、裁判所は却下。判断は変わらなかった。
検察側は、このCT画像は事故直後のものではないなどとして、証拠採用を認めなかった裁判所の判断を支持した。
「却下」「却下」「却下」……
弁護側が「1審判決への反証を許さず、被告人の防御権を一方的に剥奪するもの。不公平な裁判をする恐れがある」として裁判官の忌避を申し立てると、大熊裁判長は即座にこれを却下。弁護側はこれにも異議を申し立てたが、大熊裁判長はこれも却下し、「この異議によって裁判の進行が妨げられるものではない」として、裁判の終結を宣言した。
なお、弁護側は「過失」に関しても、「K子さんには誤嚥による窒息の危険性は、山口さんも他の職員も全く感じていなかった」などとして、過失はなかったとこの日の法廷で主張し、改めて無罪を訴えた。
介護の未来がかかった裁判、と
介護の日常の場で起きた入所者の死。そのことで介護を担っている者が罪に問われた本件は、全国の介護現場に衝撃を与えた、という。この日の裁判にも、多くの介護・医療関係者が詰めかけ、閉廷後に開かれた報告集会には約450人が参加した。
その集会で、主任弁護人の藤井篤弁護士は、「打ち合わせの席でも、裁判長は医学鑑定については聞く耳を持たず、全く関心を示さなかった」と述べ、大熊裁判長らの姿勢を批判した。
上野格弁護士も「検察は、このCT画像から脳梗塞と判断するのは疑わしい、窒息でもこの画像のような状態になりうるんだと言いたいのだろうが、ならば証人尋問で直接それを問いただせばいい。裁判所も証人尋問をやってから、判断すべきだ」と検察・裁判所の対応に異議を唱えた。
裁判を傍聴した川島みどり・日本赤十字看護大学名誉教授は、「これは、事故を起こさないようにがんばっている介護の現場で起きた(利用者の)急変だ。急変は予期できない。高齢者のお世話にはこういうことが起きうる。ゼリーなら安全というのも、検察の思い込みに過ぎない。私は88歳だが、これから介護して下さる方のためにも、介護の未来を明るくするためにも、これはおかしいと言い続けていきたい」と語った。
山口さんも「無罪を勝ち取るまであきらめません」などと訴えた。
判決期日は未定。