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政治広告がフェイクニュースの元凶とSNSに突き付ける

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
By Tony Peters (CC BY 2.0)

「選挙を汚い手法の競争にしたくはない」――欧州がフェイクニュース対策のギアを上げている。

欧州委員会は12月3日、新たな取り組みをまとめた「行動計画」を発表した。

批判の矛先は、フェイクニュースの発信元と目されるロシアと中国。だが「行動計画」の照準は、フェイクニュース拡散の舞台となるフェイスブック、ツイッターなどの米ソーシャルメディア企業に合わせている。

注目されるのは、フェイクニュース拡散の元凶の一つとされてきたネット政治広告への法規制だ。利用者データをもとにアルゴリズムでマイクロターゲティングする手法は、EUが重視するプライバシー保護とも衝突する。

対策強化の背景には、新型コロナ禍でのフェイクニュースの氾濫である「インフォデミック」、さらに2024年5月の欧州議会選挙がある。

これまでプラットフォームの自主的取り組みに委ねていたフェイクニュース対策についても、法規制を組み合わせる共同規制を導入。米ソーシャルメディアへの締め付け強化を打ち出す。

足元のインフォデミック、そして波乱の米大統領選を対岸から目にした欧州は、改めてソーシャルメディア規制の必要性を掲げている。

●選挙と「汚い手法の競争」

選挙を汚い手法の競争にしたくない。それはもう、ケンブリッジ・アナリティカのスキャンダルや、ブレグジット(英国EU離脱)の国民投票で十分に目にした。それが、マイクロターゲティング広告の基準に制限を加える狙いです。政治的なアイディアのプロモーションと、商品のプロモーションは、同じではない。

欧州委員会副委員長(価値・透明性担当)のヴェラ・ヨウロバー氏は12月3日、新たなフェイクニュース対策などの政策パッケージ「欧州民主主義行動計画(EDAP)」の発表記者会見で、オンライン政治広告規制の狙いについて、そう述べた。

人々は、なぜ広告が表示されているのか、誰が広告を支払ったのか、いくら、どのマイクロターゲティング基準が使用されたのかを知っている必要がある。新しいテクノロジーは、情報操作ではなく、自由のためのツールでなければならない。

政治広告への規制策では、広告主や広告料の情報開示に加えて、配信先のユーザーをその属性や利用履歴などのデータによってピンポイントで絞り込む「マイクロターゲティング」の基準などについても検討項目に含まれているという。

2021年第3四半期までにそのための法案を取りまとめる予定だ。オンライン広告は、かねて策定が進められてきたプラットフォーム規制のための「デジタルサービス法案」でも対象とするが、政治広告のための新法がこれを補完する形になるという。

●工作としての「ネット政治広告」

ネット政治広告の問題が注目を集めたのは、2016年の米大統領選だ。ロシアによる選挙介入と、その工作としてのフェイクニュースで揺れたこの選挙。

その発信源となったのが、ロシアの“フェイクニュース工場”として知られるサンクトペテルブルクの企業「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」だ。介入工作の一つとして使ったのが、政治広告だった。

IRAが、2015年から2017年までにフェイスブック掲載したとされる広告は3,519件。1,140万人以上の米国人の目に触れたという。

これらの広告は、米国内での事前のリサーチをもとに、「警察」「黒人」「移民」「銃」など米国社会の分断を象徴するテーマを狙い、特定の属性の人々をターゲットにして配信された。

※参照:米社会分断に狙い、ロシア製3,500件のフェイスブック広告からわかること(05/14/2018 新聞紙学的

また2018年3月には、フェイスブックから8,700万人分のユーザーデータが英国の選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」に流出し、英国のEU離脱派や米大統領選のトランプ陣営の選挙戦で使われていた疑惑が発覚。その用途として、政治広告などが疑われている。

※参照:トランプ大統領を誕生させたビッグデータは、フェイスブックから不正取得されたのか(03/18/2018 新聞紙学的

規制を求める声の高まりを受け、フェイスブックは同年5月から、社会課題への意見広告を含めた「政治広告」について、広告主の情報開示などの取り組みを開始。

※参照:フェイスブックの「政治広告」規制がニュースを排除する(06/16/2018 新聞紙学的

さらに、2019年12月のEU離脱を問う英総選挙、2020年の米大統領選に向けて、ツイッターは2019年10月末に政治広告を世界で全面禁止にすると表明。

グーグルも2019年11月、政治的志向に基づく政治広告のターゲティング機能を停止する、と発表した。

※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的

2020年11月の米大統領選投開票前後には、さらに自主規制の取り組みは強度を増す。

ツイッターとは対照的に、政治広告の停止には及び腰だったフェイスブックも、投票後の停止を表明。

グーグルも、投票後の政治広告停止を明らかにした。

だがプラットフォームの自主的取り組みの一方で、規制をかいくぐる動きも表面化した。

ニューヨーク大学の研究チームが2020年3月に明らかにした調査によると、フェイスブックでは、政治広告を掲載していた「ページ」の半数以上が実際の資金供給元を開示しておらず、これは金額にして3,700万ドル(約38億5,500万円)にのぼることが指摘された。

プラットフォームの自主規制では不十分なため、EUはさらにハードルを上げ、法規制に乗り出す――それが、今回のメッセージのようだ。

そのハードルの引き上げは、フェイクニュースの拡散そのものにも向けられている。

●フェイクニュース対策、共同規制の導入

今回の行動計画は、偽情報に取り組むEUと加盟国の能力を向上させ、オンラインのプラットフォームに対する義務と説明責任を強化し、市民が情報に基づいた意思決定を行えるようにすることを目的としている。(中略)これには、世論工作や外国からの干渉にかかわる人物に制裁を科すことで、抑止力を強化することが含まれる。

今回の「行動計画」の説明資料は、フェイクニュース対策について、そう述べている。

フェイクニュース対策の柱としているのは、「フェイクニュース発信への制裁」「プラットフォームへの共同規制」「リテラシー向上」の3つだ。

フェイクニュースへの対策で、具体的にその発信元として名指しされているのはロシアと中国だ。

EUのフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」が、新型コロナ禍でのインフォデミックの現状について継続的にまとめており、その中で取り上げてきたのがロシアと中国の存在だった。

中でも、1万件を超す「EUvsディスインフォ」のフェイクニュースのデータベースのうち、半数近くを占めているのがロシア関連だ。

「EUvsディスインフォ」は、ロシア政府によるプロパガンダに対抗するために、欧州委員会の欧州対外行動庁(EEAS)に2015年に立ち上げたタスクフォース「イースト・ストラットコム」のプロジェクトだ。

※参照:新型コロナのデマ拡散はピークアウトしたのか?(05/03/2020 新聞紙学的

今回の行動計画では、これらのフェイクニュース発信元に対して、「制裁を科す」としている。

EUは2020年7月、EU市民に対するサイバー攻撃をめぐり、中国(クラウドホッパー作戦)、ロシア(ランサムウェア「NotPetya」など)、北朝鮮(ランサムウェア「WannaCry」)を対象に、渡航禁止、資産凍結などによる初の制裁措置を取っている。

ブルームバーグによれば、フェイクニュースへの制裁は、この枠組みを拡充するものになるという。

そして、規制の照準は米ソーシャルメディア企業に向けられる。

EUは2019年5月の欧州議会選挙を控えた2018年4月、フェイクニュース対策の報告書をまとめている。

この中で、プラットフォーム、広告業界、広告主、メディア、市民グループなどのマルチステークホルダーによるフォーラムにより、フェイクニュース対策の具体的実施項目をまとめた「行動規範」を策定し、これに基づく自主的取り組みの効果を評価する、としていた。

※参照:フェイクニュース対策に揺れるEU:「表現の自由」と「いまそこにある危機」(05/05/2018 新聞紙学的

今回の「行動計画」で打ち出しているのは、自主規制ベースだったこの「行動規範」の強化だ。

具体的なガイドラインをEU側から提示することで「行動規範」を強化。さらに、「デジタルサービス法」に規定を盛り込むことで、自主規制と法的規制の二段構えとする「共同規制」の枠組みを取り入れる、としている。

自主規制が不十分なら、法規制で政府が乗り出す、ということだ。

●メディアとフェイクニュース対策

「行動計画」では、フェイクニュース対策におけるメディア支援の項目も盛り込まれている。

新型コロナ禍におけるインフォデミックの「禁止法」などを使い、政府に批判的なメディアに圧力をかけるという事例が、すでに世界で400件以上にのぼることが、メディアの国際組織「国際新聞編集者協会(IPI、ウィーン)」の調査でも明らかになっている。

※参照:新型コロナ「フェイクニュース禁止法」でメディアを黙らせる(09/25/2020 新聞紙学的

このような動きに対し、メディアの自由と多様性を確保し、特に女性ジャーナリストがネットとリアルでさらされる安全上の脅威や、メディアに対する威嚇的訴訟「スラップ(SLAPP)訴訟」に対抗する取り組みを支援していくという。

コロナ禍でのメディアへの逆風も、フェイクニュース対策における重要な論点だ。

(※2020年12月5日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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