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WHOがマスクに関する方針転換 無症状者のマスク着用によるエビデンス

忽那賢志感染症専門医
マスクを着用し新しい生活様式に適応した渋谷ハチ公(筆者撮影)

6月5日、WHO(世界保健機関)は症状がない人に関するマスク着用の推奨に関し方針転換を行いました。

世界保健機関(WHO)は5日、新型コロナウイルス感染拡大阻止のためのマスク利用の指針を改定し、流行地では公共交通機関利用時など人同士の距離を取ることが難しい場合、他人に感染させないためにマスク着用を推奨すると表明した。

出典:広範なマスク着用を WHOが修正、布もOK 新型コロナ

日本人的には症状があろうとなかろうとマスクを着用することに何の違和感もないかと思いますが、これまでWHOは症状のない人がマスクを着用することを推奨しておらず、症状がある人に限定してマスク着用を推奨していました。

WHO、せきなどの症状のない人に「マスク推奨しない」(2020/03/02 )

この方針転換にはどういった背景があるのでしょうか。

これまでの経緯と、無症状者がマスクを着けることによる現時点でのエビデンスをまとめました。

これまでは概ね「症状のある人=感染性あり」だった

WHOはこれまで「症状がある人のみマスク着用を推奨」という立場をとっていました。

これは、新型コロナ以前に知られていた呼吸器感染症(咳などの飛沫から広がる感染症)は症状が出てから感染性が出るという原則に則ったものです。

季節性インフルエンザの発症前後の感染性の推移(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
季節性インフルエンザの発症前後の感染性の推移(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

例えばインフルエンザは、発症直前からもウイルスを排出してはいますが、感染性のピークは発症から1日後です。

同じコロナウイルス感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)では発症から10日後に感染性のピークが来ます。

このように、これまでの呼吸器感染症は症状のある人から感染が広がっていたという科学的・疫学的事実に基づいて「症状がある人のみマスク着用すべし」という推奨が出されていたわけです。

新型コロナは発症前に感染性のピーク

しかし、新型コロナはこれまでの呼吸器感染症とは異なり、発症する前から人にうつしていることが明らかになってきました。

新型コロナの発症前後の感染性の推移(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
新型コロナの発症前後の感染性の推移(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

このように新型コロナウイルス感染症では、発症前に感染性のピークがあり、発症前の無症状の時期から周囲にうつしているというデータが集積してきました。

これがほとんど無視できる量であれば良いのですが、新型コロナの感染伝播の総量を100とすると、この発症前の無症状者からの伝播が45%、そして無症状のまま経過する無症候性感染者からの伝播が5%ということで、合計50%は無症状者からの伝播であることが分かっています。

感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏
感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏 "The Basic Dance Steps~"より)

会話や呼気でも飛沫が発生する

さて「発症前の時期」あるいは「無症候性感染者」から感染するってどういうことでしょう。

普通、インフルエンザなどの呼吸器感染症は咳やくしゃみなどの飛沫を介して感染します。

しかし、当然ながら発症前の時期、あるいは無症候性感染者では咳やくしゃみなどの症状はみられません。

ではどうやってこの「発症前の時期」あるいは「無症候性感染者」から感染するのでしょうか?

以下はNew England Journal of Medicineに掲載された動画です。

会話によって発生する飛沫をレーザー光を当てることで可視化したものです。

前半がマスクなしで会話した場合の飛沫の拡散、後半がマスクを着けた状態で会話した場合の飛沫の拡散を見たものです。

「Stay Healthy(ヘルシーでいよう!)」と繰り返し発音していますが、特に「th」の発音の際に飛沫が多く飛んでいることが分かります。全然ヘルシーな感じはしません。

しかしマスクを着用すると、ほとんど飛沫は飛ばなくなりヘルシー感が急激にアップします。

咳で発生する飛沫の量と会話で発生する飛沫の量は大きくは変わらない」とする研究もあり、これらのことから症状がなくても会話などで新型コロナが伝播する可能性が示唆されます。

マスク着用の有無による呼気中のコロナウイルスの量の違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0843-2)
マスク着用の有無による呼気中のコロナウイルスの量の違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0843-2)

またマスク着用によりヒトコロナウイルス(新型コロナウイルスではなく)に感染した患者の呼気からはウイルスが減少するという、当たり前といえば当たり前の研究も最近報告されています。

ウイルスの構造上、新型コロナウイルスとヒトコロナウイルスとでマスクの効果が変わる可能性は低く、新型コロナでもマスク装着は有用と考えられます。

実際に、少なくとも1人以上の感染者が出た家族のうち、最も感染が広がりにくかった要因は「発症前からのマスク着用」であったとする報告も出ています。

これらの知見に基づき、WHOは「流行地では無症状者も公共交通機関利用時などではマスク着用」という方針に切り替えたものと思われます。

なお、CDC(米国疾病予防センター)は4月3日の時点で流行地域における無症状者のマスク着用を推奨しており、日本でもご存知の通り5月4日から「新しい生活様式」として屋内では無症状者もマスクを着用することが推奨されています。

WHOの推奨は世界全体への影響を及ぼすため慎重な判断が求められることから、エビデンスがある程度集積するまで推奨を保留していたのではないかと推測します。

屋外でのマスク着用は危険なことも

ちなみにマスク着用が推奨されるのはいまのところ換気が不十分となりやすい屋内や混雑した交通機関内のみであり、屋外でのマスク着用を推奨しているものではないことにご注意ください。

冒頭の写真のハチ公は屋外でもマスクを着用しており「新しい生活様式」に適応しすぎていますが、屋外でのマスク着用は熱中症のリスクもあり注意が必要です。

また日本小児科医会は窒息や熱中症のリスクが高くなるとして2歳未満の子どものマスク使用は不要でありむしろ危険という声明を発表しています。2歳未満でなくとも小さいお子さんや心肺機能が低下した方のマスク着用には十分注意しましょう。

またマスク装着によってマスク表面が汚染し、これを触ることによって手にウイルスが付着し感染のリスクとなることも考えられます。

飛沫を浴びるなど明らかに汚染した場合にはこまめにマスクを交換するようにしましょう。

またご自身の感染予防のためにはマスク着用以上に、手洗いをこまめに行うことが重要です。

マスクをつけているから自分は安心、と思わず基本的な感染対策もおろそかにしないようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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