不整脈で起こる重症脳梗塞
不整脈はいろいろありますが、脳外科・脳卒中にもっとも関連するのは心房細動です。
この不整脈は加齢にともなって増え、80歳以上の男性では10%(10人にひとり)起こっているといわれています。
この心房細動、長時間続く場合には、動悸や息切れが起こる場合がありますが、40%の方では症状がありません。
動悸や息切れだけで済むぶんには、脳外科が関与することはないのですが、厄介なのは、この不整脈が脳梗塞の原因になることです。
つまり心房細動が原因で、うまく動かなくなった心臓の左房(左心耳)の中で血液がよどみ、血栓ができることがあります。
この血栓が運悪く、脳に流れていき、脳の動脈を詰まらせるのです。
(塞栓性というのは「急に何かが詰まって起こる」という感じの意味です。)
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脳梗塞には、主にアテローム性動脈硬化性梗塞(以下 アテローム性脳梗塞)、ラクナ梗塞、心原性梗塞の3種類がありますが、それぞれ原因が異なります。
アテローム性脳梗塞は、動脈硬化が原因の脳梗塞で、脳の動脈が何年もかけて狭くなり、脳に栄養を送る血液が徐々に減って、最終的に脳梗塞が起こるという経過をたどります。
動脈が詰まるまでの経過が長いため、細くなってきている動脈以外から血液がバイパスする経路ができてきて、大きな脳梗塞にならずに済む場合が多いです。
また、脳梗塞ができあがる前に、前兆のように一時的な麻痺や言語障害(一過性脳虚血発作)を起こすこともしばしばあります。
一方、心原性脳梗塞では、そのような準備期間が無く、バイパス経路がない動脈に血栓が流れてきて、いきなり詰まることになります。
そのため、脳の広い範囲で、血液が絶対的に足りない状態になり、短い時間で脳梗塞が完成してしまいます。
幸い、発見が早ければ、点滴で血栓を溶かす治療ができる場合があったり、カテーテルで血栓を取りのぞく治療が可能な場合があったりします。
しかし、夜、寝ている間に血管が詰まったり、救急搬送された病院ではカテーテル治療はできなかったりということがあります。
この辺りは、運に左右される部分も大きいのです。
脳梗塞を起こして壊死した脳組織はむくんで腫れてくるのですが、脳は頭蓋骨という固い入れ物に囲まれているため、内部の圧(頭蓋内圧)が上がって、周りの生きている脳組織も傷んできます。
また、詰まった血栓が自然に溶けて無くなることもありますが、脳梗塞ができあがってから溶けても意味がありません。
むしろ、脳梗塞になって傷んだ脳の組織に血液が流れ込むことで、血管が破れて出血を起こし、さらに頭蓋内圧が上がって、周りの脳を傷めたり、命にかかわる状態になったりします。
このような場合、「とりあえずなんとか命は救おう」という目的で、脳外科で広範囲に骨を切り取って、圧が外に逃げるようにする手術を行うこともあります。
(切り取った骨は後日、もう一度手術を行って元の場所に戻します)。
しかし、脳梗塞を治す治療ではないので、一般的には大きな後遺症が残ることになります。
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実際、前ぶれ無く脳梗塞を起こしてしまった方については、その時できる治療を、対症療法として行うしかありません。
しかし、健康診断で心房細動が見つかった場合や、心原性脳梗塞が起こっても(幸運にも)軽症で済んだ方については、予防的にできる治療があります。
つまり、心房細動自体を止める治療と、心房細動については仕方ないと割り切って、心房で血栓ができないようにする治療です。
(ちなみに、このタイプの不整脈は、頭のMRIを定期的に撮っていても原則防げません。)
心房細動を止める治療として、カテーテルを用いて不整脈を止めるアブレーション(焼灼術)という治療がありますが、専門外なので、ここではこれ以上触れません。
血栓ができないようにする治療は、抗凝固療法という薬による治療になります。
以前は「脳梗塞の予防薬を飲んでいるので、納豆が食べられない」という話がよく聞かれましたたが、これはワーファリンという抗凝固療薬に関する話です。
血液が固まる仕組みにビタミンKが関わっていますが、このワーファリンはビタミンKのはたらきを抑えて、血液を固まりにくくします。
納豆はビタミンKが豊富なので、薬の効果を打ち消してしまうのですね。
ワーファリンは、納豆に限らず食事などの影響を受けるため、定期的に血液検査で薬の効き具合を確認し、量を調節する必要があります。
効きが悪いと脳梗塞を起こすリスクが減らず、効き過ぎると、今度は脳出血や胃腸の出血などの危険性が増すためです。
細かな調整が必要ではありますが、心房細動以外の原因で抗凝固療法が必要な場合は、現在でもよく使われています。
また近年では、ワーファリン以外に数種類の、よりコントロールしやすい抗凝固薬が利用可能となっており、(多くの人で比べると)ワーファリンと比べても脳梗塞を起こしにくく、また出血のリスクが少ないことが分かっています。
しかし、前述のように、心房細動は年齢を重ねる毎に起こりやすくなる不整脈なので、どこまで(予防的な)治療を行うかについては議論すべきでところではあります。
心房細動がある方の中でも、脳梗塞の起こりやすさは差があって、一度脳梗塞を起こしている人や75歳以上の方、高血圧や糖尿病がある方などは、この心原性塞栓性梗塞の危険性が高いことが分かっています。
このような危険因子がいくつあるかで、脳梗塞の危険性を評価することができます*1。
80歳以上で10%の方に見られる心房細動ですが、80歳の方でも元気でぴんぴんしている方もいれば、いつ転んでもおかしくないような方もいて、かなり”元気さ”に差があります。
転びやすくなっているような方が抗凝固薬を飲んでいると、最悪、頭の中などに出血して助からないということも起こりえます。
年齢を重ねてくると、抱える病気も増えてきますが、命に関わる病気は心房細動や脳梗塞だけではありません。
あくまで予防の治療なので、ひとりひとりに合わせた選択が重要です。
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残念ながら、この抗凝固療法も、心房細動を治すわけではなく対症療法であり、しかもずっと薬を飲み続ける必要があります。
心房細動では症状が無い方が結構多いこともあり、「この薬、本当に続ける必要あるのかな?」と思われる方も多いようです。
実際、過去に塞栓性梗塞だけれど軽症で済んだ方が、自分の判断で薬を止めた結果、重症の脳梗塞になって運ばれてくるということがしばしばあります。
もちろん、心房細動がある患者さん全員が脳梗塞を起こす訳ではありませんが、脳梗塞を起こしたことがあるでけでも、年間2%(50人中1人)以上のリスクがあることになります。
この数字を大きいと感じるか、小さいと思うかは人それぞれだと思いますが、起こった場合の大変さや、その後の後遺症の重さを考えると、原則としては抗凝固薬の内服を続ける方が良いでしょう。
転びやすくなってケガが絶えないなどの理由で中止したいこともあると思いますが、その場合もかかりつけの医師に相談して、中止する場合のデメリットなどについてよく検討して決めましょう。
参考文献
*1 Lip GY, Nieuwlaat R, Pisters R, Lane DA, Crijns HJ. Refining clinical risk stratification for predicting stroke and thromboembolism in atrial fibrillation using a novel risk factor-based approach: the euro heart survey on atrial fibrillation. Chest. 2010 Feb;137(2):263-72.