彗星サンプルリターン対土星の衛星ドローン 制したのは「ドラゴンフライ」
2019年6月28日、NASAは太陽系探査計画「ニューフロンティア」の第四弾として、土星の衛星タイタンを探査するDragonfly(ドラゴンフライ)を選定したと発表した。ミッションを実施するのは、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)。最終候補のもう一方は、NASA ゴダード宇宙飛行センターが提案した彗星物質のサンプルリターン計画CAESAR(シーザー)だった。
ドラゴンフライ計画は、土星の最大の衛星であるタイタンを飛行探査する計画。2026年に打ち上げられ、2034年に目的地へ到着する。探査機はドローンのように複数のローターを備えた回転翼機で、太陽系の中でも珍しい、窒素を多く含む濃い大気を持つタイタンの上空を飛行して移動できる。飛行ミッションは何度も行われる予定で、地表や大気に含まれる物質から生命の起源に迫ることが期待されている。
土星には大小合わせて60個以上の衛星が発見されており、中でも大きなものが7個ある。タイタンは7衛星の中で内側から6番目にあり、衛星総質量のおよそ9割を占める最も大きな衛星だ。そのため大きな速度で隕石が衝突し、衝撃で熱が発生し氷を蒸発させ、大気が形成されたと考えられている。現在は表面の温度はマイナス179度、メタンの雲ができ雨が降る世界だ。
現在のタイタンは地球とは異質が環境だが、初期の地球に似ているといわれる。ドラゴンフライ探査機はおよそ2年9ヶ月のミッション中に有機物を含む砂丘や、隕石が衝突したクレーターの底の水などを観測するという。地下の海も探査する予定で、全く新しい世界の展望が開けることになる。
土星は13年にわたって探査機カッシーニが探査し、搭載された欧州宇宙機関の着陸機ホイヘンスがタイタンへパラシュートで降下、観測している。ホイヘンスミッションで得られた知見から、科学的に意義があり、かつ安全な着陸地点や季節を選定する予定で赤道付近の「シャングリ・ラ」砂丘が候補となった。この地域は、南アフリカのナミビアにあるナミブ砂海と似ているとされている。この地域でドラゴンフライ探査機は、最大8キロメートルまでの距離を“馬跳び”するように繰り返して飛行し、異なる特徴を持つ地点で物質の調査を行う。
過去に隕石が衝突したクレーターでの探査も予定している。クレーターの底には液体の水が残っていると期待され、生命の素になった炭素、水素化合物、酸素、窒素などが含まれた物質が見つかる可能性がある。こうした探査を繰り返し、タイタンのドローン探査機は総計で175キロメートルの飛行を行う予定だ。
ドラゴンフライミッションを選定したNASAのニューフロンティア計画は、太陽系の天体を探査するNASA最大級の計画。これまで、冥王星とカイパーベルト天体探査機New Horizons(ニュー・ホライズンズ)、木星探査機Juno(ジュノー)、小惑星サンプルリターン計画OSIRIS-REx(オサイリス・レックス)を実施してきた。第四弾となるドラゴンフライ計画は、ニュー・ホライズンズ計画を成功させたジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)が提案、実施する。主任研究員にAPLのエリザベス・タートル博士が就任し、女性が率いる大型宇宙探査計画でもある。
2017年にドラゴンフライと共にニューフロンティア計画の候補として選定されていたのが、ゴダード宇宙飛行センターが提案した彗星サンプルリターン計画CAESAR(シーザー)だった。欧州の水星探査機ロゼッタが探査した67P/チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸し、核の部分を持ち帰る計画で、実現した場合はJAXAが小惑星探査機はやぶさ、はやぶさ2計画の経験を元に、サンプルリターンカプセルの開発に参加する予定だった。日本の参加はならなかったが、水星探査機メッセンジャー、冥王星探査機ニュー・ホライズンズで太陽系の全く新しい世界を見せたAPLが異星にドローンを送り込むドラゴンフライ計画に期待が膨らむ。