全株式売却の「大江戸温泉物語」いったいどんな宿?
大江戸温泉物語の全株式売却がニュースに
大江戸温泉物語(大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ)は、東北から九州にかけて温泉地、リゾート地を中心に全国約40の施設を運営、既存の旧態施設をリブランドしリニューアルを施すスタイルで規模を拡大してきました。そんな大江戸温泉物語の全株式について、米投資ファンドのベイン・キャピタルが米投資ファンドのローン・スターへ売却されるというニュースが大きく拡散しました。
実は、大江戸温泉物語の全株式売却については、昨秋ベイン・キャピタルが複数の企業に打診しているという話が一部囁かれました。今回のローン・スターへの売却について金額は非公表とされていますが、昨秋の打診の際には1100億円超での売却を目指しているという金額も話題になりました。
そもそも、ベイン・キャピタルが大江戸温泉物語を買収したのは2015年。当時500億円という金額もニュースになりましたが、投資ファンドの参画による店舗拡大、売り上げ増加、採算やコスト管理、投資の回収といった点は、近年の大江戸温泉物語において特徴的な部分でもあります。
買収や売却についても細かく考察していきたいところですが、専門的な部分は別に譲るとして、今回は運営面に絞り大江戸温泉物語が集客力を高めてきた特色などについて取り上げていきたいと思います。
大型観光ホテルの買収・リブランドそしてリニューアル
旅行のスタイルが団体から個人へといわれるようになり久しいですが、バブル華やかなりし頃、全国各地の温泉地では団体客需要に呼応する大型観光ホテルといわれる施設も賑わいをみせていました(淵源は昭和40年代からの全国的な観光ブーム)。それらは宿泊料金数万円といった高級施設というケースが多く、団体客に対応するという点でも多彩な設備を擁しました。
他方、リーマンショック、東日本大震災といった試練に加え、オンラインが予約の主流となっていくことから、旅のスタイルが団体旅行から個人旅行へ移行していくと大型タイプの施設はその規模が仇となっていきました。団体客に対応するために為された投資が仇となり、個人客対応への方向転換もできないまま経営不振に陥る施設が続出していくことに。
大江戸温泉物語はそのような施設を買収、リニューアルを施し、従前は高額だった施設を格安で提供することで集客力を高めてきました。近年、温泉地では大型施設の廃墟問題がクローズアップされていますが、集客力を誇る全国チェーンが入ってくることに対してのアレルギーがある一方で、経営不振で廃業し廃墟化を待つばかりの施設という運命という流れにあって、大江戸温泉物語のような引き受け先があらわれるのは、温泉街からすればある種“救世主的存在”という関係者の声も聞かれます。
高い集客力の肝は“温泉”と“バイキング”
旅行のスタイルが団体から個人へ移行してきたと前述しましたが、大江戸温泉物語が買収し再生を手がける施設は概して大規模であり、相当の集客力が必要というのは間違いありません。団体旅行であれば大きなパイで効率的に客室を埋められたのでしょうが、個人旅行となれば集客の数が肝となります。筆者自身の体験でいえば、コロナ禍は例外としても大江戸温泉物語の施設を利用した際に、平日にもかかわらずチェックイン時刻前からロビーに人々があふれる光景に驚いたことが何度もあり、その集客力に感心したものです。
コロナ禍で大打撃を受け続けているのは大江戸温泉物語に限らずで、今回の全株式売却もコロナ禍が要因と報じられているわけですが、そうした事情は別として大江戸温泉物語が集客力を高めてきたポイントを分析すると、“温泉施設”と“レストラン”の徹底したリニューアルが鍵になっていることがわかります。
この二つのポイントは、大江戸温泉物語自身も既存施設のリニューアルに際し大きく着目する部分でもあり、かつて仇となった“大きなスケール”をうまく活用していると指摘できます。温泉施設でいえば脱衣所のリニューアルや規模を活用した露天風呂の新設などでコンセプト性をもたせ、温泉施設についても嗜好が多様化する個人客のニーズを充足させようとする試みが多く見られます。
もうひとつの肝となるレストランですが、バイキングスタイルの食事は、「大江戸温泉物語といえばバイキング」といわれるほどゲストから人気を博しています。食材のクオリティやメニュー数に驚きますが、この仕組みを作ったのが同グループの最高料理顧問である高階孝晴氏です。同氏は元プリンスホテル調理部長として、ブッフェレストランで年間100万人の集客を達成し続けた男として知られますが、大江戸温泉物語においても日々各地の店舗へ指導に出向き、店舗間のクオリティの担保に注力します。
同氏によると、リブランドの際にはディスプレイから照明の照度まで徹底して研究の上、相当の費用を投じてリニューアルするといい、会場が混雑しないような動線や料理の温度管理まで気遣っているとのこと。食材については「グループ全体で大量に仕入れていることからハイコスパなメニューが提供できる」というスケールメリットも特色といいます。投資の回収と集客のツボを徹底して研究し実行していると分析できますが、事実、バイキング会場にはスタート時刻前から人々が列を作ります。
従前は多彩な設備を擁する大型施設だったこともあり、ショーの開催や多様なアクティビティの提供など、それぞれ好みも異なる個人客へのエンターテインメント性の打ち出しも、施設のスケールを強みに変えています。運営としては、客室案内や部屋食といった個別サービスをやめるなど効率的なオペレーションに切り替えることでコストを削減、ターゲットを分析し必要とするサービスのみに特化したことも低料金の鍵になっています。結果として、高齢者やファミリー層の個人旅行という多くのリピーターに支えられ、大江戸温泉物語=利用しやすい料金というブランドイメージを定着させてきました。
コロナ禍を経て多様化する大江戸温泉物語
近年では「TAOYA志摩」(三重県鳥羽市)のように、高級温泉宿ではなく高級リゾートホテルのリブランドや、「仙台 秋保温泉 岩沼屋」(宮城県仙台市)のように伝統ある老舗宿リブランドなど、格安でリーズナブルというイメージとは一線を画す取り組みも見られます。
そんな大江戸温泉物語もコロナ禍で大きな打撃を受けてきたことは言うまでもありません。他方、エンターテインメントやバイキングスタイルの供食など、コロナ禍と宿泊施設という点ではこれまでの運営スタイルの根幹に関わる部分だけに、安心・安全の徹底した感染対策を続けながら、新たな運営手法の模索がみられます。
前記の岩沼屋ではバイキング形式ではなく、グルメなメニューを個別に提供するスタイルとし、さらにオールインクルーシブもテーマにするなど、コロナ禍を経て運営手法にも変化がみらます。オールインクルーシブといえば、新たにリブランドオープンした「西海橋コラソンホテル」(長崎県佐世保市)は、地中海の雰囲気を楽しむオールインクルーシブの温泉リゾートホテルと銘打ち、優雅なリゾート感もテーマにしつつゲストへ訴求します。
従来の大型観光ホテルのリブランドというイメージとは一線を画す大江戸温泉物語の展開には、コロナ禍(とかかわる施策や環境)が宿泊業界全体に大きく牙をむく中で、多彩な施設の引き合いという買収の環境変化も感じます。