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新型コロナ重症化リスクが高い高齢者に行動自粛を求めることで重症者・死亡者を減らすことが期待できるのか

忽那賢志感染症専門医
(写真:アフロ)

第7波の流行により医療体制が逼迫する中、政府は7月29日に追加の対策を発表しました。

この中で、重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人、その家族に行動の自粛を求めています。

果たしてこの対策は妥当なのでしょうか?

第7波の新規感染者数は引き続き増加している

新型コロナ新規感染者数の推移(厚生労働省. データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-より)
新型コロナ新規感染者数の推移(厚生労働省. データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-より)

新型コロナ新規感染者数はいまだ増加を続けています。

7月28日には1日に23万人が陽性となり過去最多を記録しています。

東京都や大阪府など都市部の検査陽性率は50%を超えており、もはや完全にコントロール不能といった状況です。

新規感染者数に遅れて、いよいよ死亡者数も増加してきました。

新型コロナ死亡者数の推移(厚生労働省. データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-より)
新型コロナ死亡者数の推移(厚生労働省. データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-より)

現在、1日100人以上の人が新型コロナによって亡くなっています。

第6波と比べると高齢者の3回目のワクチン接種率が高くなったこともあり、重症化・死亡する人の割合は減っているものの、分母となる感染者数が増えすぎているため、死亡者数も増加してきています。

このまま増加が続けば、過去最悪の死亡者数となった第6波を超えてしまう可能性もあるでしょう。

また、医療の逼迫も深刻になってきました。

新型コロナが蔓延し、医療従事者が感染者・濃厚接触者になる事例も増え、病院機能の維持が困難になってきています。

沖縄県の重点医療機関21機関における医師・看護師の休職者数の推移(第92回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードより)
沖縄県の重点医療機関21機関における医師・看護師の休職者数の推移(第92回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードより)

例えば沖縄県では医療従事者の休職者が第6波を大きく超えています。

こうした状況のため、全国的に一次救急外来や一般外来を休止せざるを得ない医療機関が増えています。

その影響もあり、救急車が要請されても搬送先が見つからず、搬送困難となる事例も増加しています。

大阪府における搬送困難事案件数(第92回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードより)
大阪府における搬送困難事案件数(第92回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードより)

医療が逼迫すると重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人が診察を受けようとしても受診できなくなり、診断・治療が遅れて重症化してしまうという悪循環が生じます。

同様に、高齢者施設でのクラスターも増えてきていますが、軽症中等症病床が逼迫し、入院できずに施設内で重症化してしまう事例が増えてきています。

このように医療体制が逼迫する中、政府は7月29日に追加の対策を発表しました。

医療の負荷の増大が認められる場合、地域の実情に応じて各都道府県が「BA.5対策強化宣言」を行い、以下のような対策を実施することができるようになります。

  1. 基本的感染対策の再徹底(「三つの密」の回避、手洗い等の手指衛生、効果的な換気等)
  2. 早期にワクチンの3回目までの接種を受けること、高齢者や基礎疾患を有する者、重症化リスクが高い者は早期にワクチン4回目接種を受けること
  3. 高齢者や基礎疾患を有する者、同居する家族等について、混雑した場所や感染リスクが高い場所への外出の自粛等、感染リスクの高い行動を控えること
  4. 帰省等で高齢者や基礎疾患を有する者と接する場合の事前の検査
  5. 高齢者施設等の利用者のお盆等の節目での検査
  6. 飲食店での大声や長時間の回避、会話する際のマスク着用
  7. 症状が軽く重症化リスクが低いと考えられる者は、発熱外来の受診に代えて、都道府県が行う抗原定性検査キットの配布事業の活用も検討すること
  8. 無症状の者は、都道府県が行う無料検査事業を活用すること
  9. 救急外来及び救急車の利用は、真に必要な場合に限ること

このうち、1、2、6については普段から言われていることですので、特に目新しい対策というわけではありません。

7の検査キットの活用、9の救急外来や救急車の利用の制限は、どのように実現するのかが問題となりますが、医療の負担を軽減するためには有効な対策と考えられます。

私が気になったのは、3の高齢者や基礎疾患のある人への行動自粛についてです。

重症化している高齢者、亡くなっている高齢者はハイリスクな行動をして感染しているわけではない

第6波における大阪府の新型コロナによる死亡者の特徴(大阪府の資料より)
第6波における大阪府の新型コロナによる死亡者の特徴(大阪府の資料より)

確かに重症化したり亡くなっているのは高齢者や基礎疾患のある方であり、こうした方々が感染しないようにすることを優先するというのは一見正しそうな判断に見えます。

しかし、彼らは感染リスクの高い行動をして感染しているわけではありません(もちろん中にはそういう方もいるとは思いますが)。

例えば大阪府で第6波で亡くなったのは、大半が70代以上の高齢者ですが、医療機関や高齢者施設で感染したと考えられ事例が7割以上を占めています。

こうした事例は、外から施設にウイルスが持ち込まれたことによって感染しています。

つまり、施設のスタッフや面会者が発端となっていることがほとんどです。

典型的な新型コロナ感染の連鎖(Furuse et al. J Infect . 2022 Feb;84(2):248-288.)
典型的な新型コロナ感染の連鎖(Furuse et al. J Infect . 2022 Feb;84(2):248-288.)

このように、典型的には医療機関や高齢者施設における「施設クラスター」は感染のリスクの下流にあり、上流にある政府の言うところの「混雑した場所や感染リスクが高い場所」で感染した人が持ち込んで広げています。

つまり、上流での感染機会を減らさなければ重症化リスクの高い高齢者の感染を減らすことはできません。

政府としては全ての世代を対象に行動制限はしたくないので、とりあえず重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人を対象として選んだのだと思いますが、特定の世代だけに負担を求めるからにはそれなりの科学的根拠が必要なのではないでしょうか。

とは言え、仮に幅広い世代に行動制限を取るにしても、10代以下の世代が多い今の流行状況においては以前のように飲食店の営業時間を制限しても効果は大きくは期待できないかもしれず、どのような行動制限を取れば良いのか政府としても悩ましいところなのだと思います。

いずれにしても、今後どのような状況になれば行動制限を取るのか、あるいは行動制限は取らずに医療が逼迫することや高齢者が亡くなっていくことを許容してでも経済や社会活動を優先するのか、国民への十分な説明が必要な時期ではないでしょうか。

人との接触を積極的に減らすことを意識する時期に

現状を改善するためには私たち一人一人が自主的に感染対策を徹底することで感染者数を減らすしかありません。

残念ながら今の流行状況を考慮すると、人と会う機会を減らすことを積極的に考慮すべき時期と考えます。誰かと会うのも、もう少し感染が落ち着いてからにしてからの方が良いかもしれません。特に大勢で集まるイベントはリスクが高いので今は避けた方が安全です。

テレワークが可能であればテレワークに切り替えることは感染機会の減少に繋がります。

体調が悪いな、と思ったら無理に出勤・登校せずに、可能なら検査を受けるようにしましょう。

帰省をされる場合には、ご自身のご家族と帰省先の方々、お互いの感染リスクを下げるために、会う前には検査を活用しましょう。

また、できる限りワクチン接種を

60歳以上または基礎疾患のある人:4回

12歳以上で上記以外の人:3回

5歳〜11歳の人:2回

の状態にアップデートしておきましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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