5億5千万円の賠償求めて文春提訴の松本人志氏 今後どうなる?裁判の焦点は
ダウンタウンの松本人志氏が週刊文春の編集長と発行元である文藝春秋社を提訴した。性接待疑惑を報じた文春の記事で名誉が毀損されたとして、約5億5000万円の損害賠償や謝罪広告の掲載を求めている。一方、文春は「記事には十分に自信を持っています」とのコメントを出した。全面対決の様相だ。
「立証責任」は文春側にある
大前提として、たとえ文春の記事の内容が事実でも、松本氏の社会的評価を下げるものだから、法的には名誉毀損に当たりうる。
もっとも、最高裁の判例によると、(1)公共性、(2)公益目的、(3)真実性の証明があれば、違法性が阻却されることになる。仮に(3)の証明ができなくても、(4)真実だと信じるに足りる相当の理由があれば、故意や過失が否定される。そうなると、松本氏の請求は棄却され、松本氏が敗訴する。
ただ、これらの「立証責任」は文春側にある。裁判では、文春側から証拠を提出し、一つ一つ立証しなければならない。記事の真実性のほか、取材を尽くし、記事を裏付けるだけの信用性のある証言や物証を得ていたのか否かがポイントだ。
松本氏側も反論可能
その意味で、本来であれば松本氏側から「真実は◯◯だった」などと立証する必要はない。それでも、この種の裁判では、女性ら関係者の証言の信用性を弾劾するため、それと矛盾する別の証言や物証を提出し、反論するのが通常となっている。
そこで、文春の記事のうち、松本氏側がどの点を争うつもりなのかが重要となる。次に挙げた事実の有無、特に名誉毀損の中核である(c)(d)(e)が今後の裁判の焦点となるだろう。
(a) 2015年から2019年の間、東京や大阪、福岡のホテルで、松本氏や後輩芸人と女性らとの飲み会はあったのか
(b) この飲み会に参加した女性らは、後輩芸人が松本氏と性的行為をさせる目的で集めた人たちだったのか
(c) 松本氏は女性と2人きりになった際、女性にキスをしたり、性的行為を迫ったり、実際に性的行為に及んだりしたのか
(d) それは松本氏や後輩芸人らが強要したもので、女性の同意はなかったのか
(e) 同意がなかったとすると、松本氏も当時からそのことを分かっていたのか
提訴後、松本氏の代理人弁護士は「記事に記載されているような性的行為やそれらを強要した事実はなく、およそ『性加害』に該当するような事実はないということを明確に主張し立証してまいりたい」とのコメントを出した。少なくとも(c)(d)(e)については全面的に争い、反論していく意向のようだ。
双方の主張や証拠が重要
そのための松本氏側の戦い方だが、文春の記事の中で後輩芸人として名前が挙げられているスピードワゴンの小沢一敬氏は前提となる(b)を否定し、たむらけんじ氏も(a)を認めた上で小沢氏と同じく(b)を否定している。
また、女性のLINEメッセージの存在も明らかとなっている。飲み会のあと、女性が小沢氏にお礼や感謝の言葉を述べたものだ。(c)(d)を否定する方向に傾くほか、特に(e)、すなわち仮に性的行為があったとしても、少なくとも松本氏は女性が同意していると信じ込んでいたのではないかと認定する方向の証拠となりうる。
松本氏側は、こうしたLINEメッセージや小沢氏らの証言のほか、女性が直ちに警察に被害を届け出ず、民事訴訟も起こさず、相当の年数が経過してから、それも警察ではなく文春に対して情報提供に及んでいるといった事実を挙げ、女性の証言の信用性を弾劾するだろう。
これに対し、文春側も再反論することになる。例えば、LINEメッセージの点については、性被害者によくみられる恐怖や不安からの「迎合反応」だと主張するといったものだ。
年数経過の点も、性被害者が被害を訴え出ること自体、相当のためらいや葛藤を感じるものであり、精神的に落ち着くまで時間を要するのが通常だとか、たとえ警察に告訴しても大手芸能事務所の大物芸能人である松本氏が相手だとまともに取り上げてくれないといったあきらめの気持ちがあって、やむなく週刊誌の力を借りることになったなどと主張することが考えられる。
裁判は「水物」
裁判では、こうした双方の主張や証拠を踏まえ、裁判所がどちらに軍配を上げるか判断することになる。週刊文春を巡っては、吉本興業所属の霜降り明星・せいや氏が提訴し、2022年に一審で勝訴した例がある。ファンの女性とのZoom飲み会の際、女性の意思に反して自らの下半身を見せるなどしたという記事だ。
このときも文春は「記事には十分自信を持っています」とのコメントを出していたが、東京地裁は真実だとは認めず、せいや氏の言動などを掲載したのはプライバシーの侵害に当たるとし、330万円の支払いを命じた。
ただ、裁判は「水物」であり、提訴したからといって必ず勝てるという保証はない。今回の裁判では、先ほど挙げた(c)、すなわち性的行為の有無が判決を大きく左右するポイントとなるだろう。裁判所が女性の証言を信用し、少なくとも性的行為があったのは確かだと認定すると、文春の記事の核心部分がほぼ正しかったということになるからだ。
たとえ(d)や(e)、すなわち同意の有無やその認識について双方の主張が平行線をたどったとしても、(c)を立証できれば、性接待の事実について取材を尽くし、真実だと信じるだけの相当な理由があったという方向に傾くのではないか。
女性の「証人」出廷はあるか?
その意味で、この女性が「証人」として出廷し、宣誓の上で証言するか、また、そこで何を語るかが重要となる。せいや氏の裁判の際は、セクハラ被害を訴えていた女性は出廷せず、陳述書すら提出されなかった。
この点につき、文春は、女性が身元の露見を恐れたため、取材源を守る目的で陳述書を出さなかったと説明している。一方、松本氏を文春に告発した女性は、いまのところ文春に対し、「証言台で自分の身に起きたことをきちんと説明したい」と述べている模様だ。それでも、本当に実現するか否かは未知数である。
今回の松本氏の提訴や約5億5000万円の賠償請求は、あくまで文春による第一報の記事に対するものだ。一連の続報についても追加で提訴し、請求額を拡大するのではないか。たとえ勝訴しても、裁判所の認容額はこの100分の1くらいになるだろうが、この種の訴訟の中でも特に請求額が大きく、松本氏の強烈な対決姿勢がうかがえる。民事にとどまらず、名誉毀損罪で編集長らを刑事告訴することも考えられる。
和解による解決はなさそうだから、全面対決のまま最後まで推移すれば、民事裁判の一審だけで2年程度かかるのではないか。控訴審や上告審まで考慮すると、最終的な決着がつくまでにはさらに数年の時間を要するだろう。
文春が何らかの物証を握っていて「隠し玉」にしているのか、それとももっぱら関係者の証言に依拠しているだけなのか、文春による二の矢、三の矢を含め、今後の展開が注目される。(了)