遅すぎた富士通・時田社長の謝罪 英ポストオフィス勘定系システムの欠陥と賠償の道義的責任認める
■「このひどい誤審に私たちが関与したことをお詫びしたい」
[ロンドン発]富士通が英国のポストオフィスに納入した勘定系システム「ホライズン」の欠陥で民間郵便局長ら700人以上が横領などの冤罪に陥れられた事件で、富士通のポール・パターソン欧州最高経営責任者(CEO)は16日の下院ビジネス・貿易委員会で被害者救済制度に資する「道義的義務」があると述べた。英国政府は8月までの賠償を目指している。
これまでポストオフィスの陰に隠れてダンマリを決め込んできた富士通は英国政府が冤罪に問われた全員の有罪判決を撤回し、賠償に応じる方針を突如として表明したため、方針転換を迫られた格好だ。富士通は倫理的な企業かと尋ねられたパターソン氏は「このひどい誤審に私たちが関与したことをお詫びしたい」と全面的に謝罪した。
「私たちは最初から関与していた。システムにバグやミスがあり、ポストオフィスによる民間郵便局長らの起訴を手助けした。そのことについて本当に申し訳なく思う。私たちは倫理的な会社だ。現在の会社は2000年初頭の会社とは全く異なっており、顧客や政府に対しても、より広い社会に対してもそのことを示す必要がある」
「委員会や公聴会で示された証拠からも当時の富士通の対応は私たちの順守すべき基準ではなかった。証拠やテレビドラマ(1月1日から4日連続で放送された民放ITVの『ミスター・ベイツ vsポストオフィス』)をみて、公聴会での被害者たちの証言を聞き、個人的に愕然とした。当時の富士通が基準を満たしていなかったのは明白だ」(パターソン氏)
■無実の人々を刑務所に入れるために富士通の証拠が使われた
無実の人々を刑務所に入れるために富士通が提供した証拠が使われたのかと尋ねられ、「その通りだ。私たちはポストオフィスによる訴追を手伝った。起訴をサポートするために富士通からポストオフィスに提供されたデータがあった」と答えた。次に富士通の従業員は2010年以前にホライズンのシステムに問題があることを知っていたかと尋ねられた。
この質問に対し、パターソン氏は「私たちの契約ではポストオフィスと情報を共有することは非常に明確だった。10年以前に富士通がホライズンに問題があるのを知っていたのかどうか私個人は知らない。現在進行中の公聴会もまさにその点に注目している」と答えるのがやっと。「どう思ったのか」と追及され「私の直感では知っていたと思う」と返答した。
被害者への賠償責任について「公聴会は非常に複雑な問題を扱っている。富士通は救済制度に拠出する道義的義務がある。最終的に判断するのは富士通の責任が非常に明確になってからだ。この騒動には多くの関係者が関わっている。道徳的義務があると信じている」と条件付きながらも1人60万ポンド(約1億1200万円)とされる賠償責任について初めて認めた。
「すべての関係者とともに、富士通にも果たすべき役割がある。透明性をもたらし、真実を明らかにするためには、すべての問題を明らかにする必要がある。集団訴訟を起こした元民間郵便局長のアラン・ベイツ氏が言う通り、富士通には果たすべき役割があり、救済制度に資する義務がある」
■富士通からホライズンへのリモートアクセスはあった
富士通の秘密ユニットが民間郵便局長らに知られることなくホライズン端末にアクセスし、データを変更することができたかどうかを尋ねられたパターソン氏は「私はその場にいなかったので秘密かどうかは分からない。公聴会が調査しているが、富士通のオフィスからシステムへのリモートアクセスはあった」とバックドアからのリモートアクセスを認めた。
富士通の遠隔サポートや介入は文書化されており、ポストオフィスは認識していた。しかしポストオフィスはこの事実を否定してきたことをパターソン氏は明らかにした。これについてポストオフィスのニック・リードCEOは「私は19年に入ったばかりなのでコメントするのは難しい」と回答を避け、「賠償が遅れたのは『否定の文化』のせいだ」と述べた。
なぜ不具合に気付いていたのに何もしなかったかについて、パターソン氏は「分からない。19年に就任してから状況や証拠を精査したが、どうしても分からない。誰がいつ何を知り、その懸念に注意を向けるためにどのような行動を取ったか取らなかったかという、まさにこの点について公聴会が調査しているということ以外、私には分からない」と弁明した。
「システムには非常に早い段階で既知のバグやエラーがあった。いつからかは答えられないが、当初からシステムにはバグやエラーがあった。95年から99年にかけて何が起きていたのかは分からない。どんな大規模なIT(情報技術)プロジェクトでも、特にこの規模のシステムにはバグやエラーがつきものだ」
■情報を起訴にどう使うかはポストオフィスの責任
「重要なのは情報をどうするかということだ。その情報を起訴にどう使うかはポストオフィス側の責任だ。私が信じているのは真相をすべて明らかにし、その真実が透明であることを確認する必要があるということだ」とパターソン氏は指摘した。ホライズン・スキャンダルの被害者への賠償について富士通はまだ引当金を計上していない。
パターソン氏は日本の富士通本社とも連絡を取っていることを認めており、「英国政府との話し合いの席で賠償に対する富士通の拠出額を決定する予定だ。その段階になれば引当金を計上しなければならないだろう。英国における富士通ブランドと価値が疑問視されているのは明らかだ」と述べた。
富士通の時田隆仁CEOはスイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム年次総会で英BBC放送の取材に応じ「これは大きな問題であり、富士通は非常に深刻に受け止めている」とこの問題について初めて口を開いた。謝罪するかとの質問に「はい、もちろんだ。富士通は元局長らの生活とその家族に影響を与えたことを謝罪する」と述べた。
富士通が謝罪したということは賠償に応じるということだ。しかし、その責任は道徳に基づくもので法的なものではない。次期総選挙が近づくリシ・スナク英首相が政治解決を決断したことが背景にあるとは言え、ホライズンを使った局長らの訴追が始まって24年目の遅すぎた謝罪だった。富士通ブランドは根底から揺らいでいる。