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中国の軍事パレードは台湾への威嚇

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国は抗日戦勝記念日とする9月3日に、初めて軍事パレードを行う。日本では日米への威嚇とみなしているが、中国の真の目的は「台湾に対する威嚇」だ。中国のこの内部事情を知らないとアジア情勢を読みまちがえる。 

◆中国にとって、解放戦争(国共内戦)は終わっていない(まだ内戦中)

日本が「中華民国」との戦いであった日中戦争に敗戦した直後、蒋介石は「中華民国」国民党の政府主席として日本の軍民200万以上の日本帰国を優先し、1946年に引き揚げ作業を完遂した。それと同時に国民党と共産党との間の内戦である国共内戦が再燃するのだが、蒋介石が日本軍民の引き揚げに力を注いでいる間に、毛沢東率いる中共軍は猛烈な勢いで西の延安から東へ北へと進軍し、戦局を有利に持って行った。

中共軍は国共内戦の最終段階で「中国人民解放軍」と名称を改めたため、国共内戦を「解放戦争」あるいは「革命戦争」(中華民国を倒す戦争)と称する。そして中国人民解放軍が、ある地域で戦勝することを「解放した」と表現し、戦勝により支配した地域を「解放区」と称した。

その意味で台湾はまだ「解放」されていなかったが、事実上、大陸全土を解放したとみなして、毛沢東は1949年10月1日に中華人民共和国の誕生を宣言する。未解放の台湾は、ソ連の援助を得て、すぐに解放できると計算したからだ。

というのは、台湾は海を隔てているので、主として陸軍しか持ってない解放軍は、空軍および海軍の力をソ連に頼るしかない。だからソ連のスターリンに頼み、空軍の支援を得ることになっていた。しかし、北朝鮮の金日成がスターリンに甘い声をささやいて、朝鮮半島統一を優先し朝鮮戦争を起こしたため、「台湾解放」は後回しになってしまった。

それ以来、「台湾はまだ解放されてない」状態が続き、解放戦争はまだ終わっていないということになる。

1971年10月に中華人民共和国が国連に加盟し、中華民国が国連を脱退して、「中国」を代表する国名は「中華人民共和国」となった。中国は直後の米中国交正常化や日中国交正常化に当たって「一つの中国」を認めさせ、国際社会は「台湾」を「中国のもの」と承認してしまった。

しかし実際上、台湾は「中国」に併合統一されることを拒んでいる。

◆いざとなったら「反分裂国家法」を発動する

台湾の独立を志向する民進党が勢いを増していた2000年代半ば、中国(北京政府)は「反分裂国家法」を制定した。2005年3月のことである。これは「もし台湾が独立しようなどという動きを見せたら、国家分裂をもくろんだものとみなして、武力攻撃を辞さない」というものである。2008年に行われる総統選への威嚇だった。

2014年11月、台湾で行われた地方統一選挙において、北京政府寄りの与党国民党が惨敗し、台湾独立を志向する民進党が圧勝した。国民党主席の馬英九総統は責任を取って党主席を辞任した。

大きな敗因としては、両岸(台湾と大陸間)のサービス分野の市場開放をめざす「サービス貿易協定」を強引に推進したことが挙げられる。同じ年の3月18日、サービス貿易協定批准に反対した台湾の若者たちが、国会に相当する立法院を占拠し、「ひわまり運動」を起こした。台湾の憲政史上、民衆によって議場が占拠されたのは初めてのことである。

街でも大々的なデモが発生して、馬英九政権の過度な親中政策に国民全体が激しく抗議した。

香港の雨傘革命と同じく、「金か尊厳か」において、台湾の若者も香港の若者も「尊厳」を選んだのである。

いま香港で施行されている「一国二制度」は、本来は台湾に適用するはずだったが、80年代初頭に蒋介石の息子である蒋経国(総統)が一言のもとに断ったので、まずは香港に適用して「良いモデル」を創り、台湾に見せようとした。

しかしその香港においては、若者による激しい抗議デモが頻発し、今年はついに2017年の香港特別行政区長官選挙において北京モデルが否決された。

香港では2012年に、北京の愛国主義教育を香港に導入することに対して巨大な抗議デモが起き、北京政府はその提案を引っ込めている。

台湾では今年、教科書を北京政府寄りに改定していく動きに対して、やはり若者たちが抗議運動を展開し、にらみ合いが続いている状況だ。

◆2016年の台湾総統選挙への威嚇__本土意識への挑戦

このような中、2016年には台湾の総統選挙が行われる。

今のところ、野党の民進党からは蔡英文(58歳、女性。民進党主席)が総統候補として立候補し、与党の国民党からは洪秀柱(67歳、女性。立法院副院長)が立候補している。それ以外にも最近になって親民党の宋楚瑜(73歳、男性。親民党主席)が立候補を表明した。

総統選挙は2016年1月に行われるが、現在のところ民進党の蔡英文氏の支持率が圧倒的に高い。

最も大きな原因は、台湾に根強く芽生えている「本土意識」だ。

香港でも同じことだが、自分たちは「台湾人」であり「香港人」だという、本土アイデンティティが強烈なのである。

それは香港でも台湾においても、「大陸から逃れた民」の意識ではなく、香港あるいは台湾で生まれた若者たちが増えているからだ。そこが自分たちの「魂の置き処」とみなしている。

金のために動く大人たちとは異なる。

これが今、本来は「尊厳」を重視したかった大人たちの魂を揺さぶっている。

北京政府にとって、こんな恐ろしいことがあるだろうか?

だから、「独立などしたら、反分裂国家法がものを言うぞ!」という威嚇を台湾の独立志向を抱く者たちに発信し、威嚇をするのが、9月3日の軍事パレードの主目的なのである。2016年の総統選で、「独立志向の強い民進党を選んだら、承知しないぞ!」というメッセージだ。

その証拠に、今般の軍事パレードでは、「日中戦争時代、国民党軍にも功績があった」ことを認めるために、台湾にいる元軍人の生存者を特別に招聘し、習近平国家主席が一人一人と握手することになっている。

また9月3日に軍事パレードを行うと発表してまもなく、北京政府は台湾の少数民族代表を人民大会堂に招聘して、チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7名)の党内序列ナンバー4の兪正声・全国政協(中国人民政治協商会議全国委員会)主席が接見した。少数民族は最も本土意識を強烈に持っているからだ。

また台湾の青年を大陸に招聘して歓待する事業などにも力を注ぎ、若者への引き込みに必死だ。

中国にとっては、台湾ほどウェイトの高い問題はない。

それに比べれば、日本の存在など、二の次、三の次なのである。

軍事パレードを日本への威嚇と受け止めて、過剰に反応しない方がいい。

習近平政権の反腐敗運動を権力闘争とみなす一部メディアや中国研究者がまだいるが、その勘違いが実に危険であるのと同様に、中国に潜んでいる深い内部情勢を見誤ると、日本国民にとって利をもたらさない。注意を喚起したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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