北朝鮮は核(100発説も)・化学・生物兵器とサイバー攻撃能力を増強 米陸軍省報告書
[ロンドン発]北朝鮮は年6発の核兵器を製造する能力を有し、すでに20~60発の核兵器を保有しているとみられることが19日までに米陸軍省の報告書「北朝鮮の戦術」で分かりました。サリンやVXなど約20種類の化学兵器2500~5000トンを貯蔵していると推定されています。
核兵器は今年末までに最大100発保有説も
報告書によると、今年末までに最大で核兵器100発を保有している可能性があるという分析も一部にあるそうです。核戦争で放射性降下物にさらされた場合、朝鮮人民軍は、照射線量に基づいてミッションを継続するよう兵士たちに指示しています。
米軍も朝鮮人民軍も許容する線量はほぼ同じですが、大きな違いは、朝鮮人民軍の場合、20日間避難したあと汚染地域に戻れるという点です。
【北朝鮮の安全基準】
1日当たり50レントゲン= 1回限りの許容線量
1日当たり10レントゲン=反復可能な許容線量。 10日間で100レントゲンに達したら兵士は20日間、汚染地域から避難する
1日当たり1レントゲン=通常の曝露
北朝鮮は核兵器と化学兵器を保有しているだけでなく、生物兵器の研究も行っている可能性が高いそうです。北朝鮮の核兵器計画については「核兵器を持てば他国が北朝鮮の体制転覆を企てるのを阻止できると北朝鮮の指導者たちが考えたから」と報告書は分析しています。
2003年にリビアの最高指導者ムアンマル・カダフィ大佐は核兵器開発を放棄。しかし核兵器がないため結局、リビア内戦で米英仏などの軍事介入を許し、11年10月にカダフィ大佐は殺害されてしまいます。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長はこのシナリオを望んでいません。
世界第3位の化学兵器大国
北朝鮮は長年にわたって神経剤、水疱剤、血液剤、窒息剤を生成する能力を持つ化学兵器プログラムを有し、世界で3番目に大きい化学兵器保有国です。報告書は、朝鮮人民軍が化学兵器を搭載した砲弾を使用する可能性は非常に高いと分析しています。
北朝鮮が貯蔵しているのは血液剤、神経剤のほか、マスタード、シアン化水素、ホスゲン、クロロピクリンガスなどです。朝鮮人民軍陸軍の化学物質検出ユニットは、偵察チームが車両を離れることなく汚染地域にマークを付けることができる能力を有しています。
これらのシステムは、旧ソ連製装甲偵察哨戒車BRDM-RKh、BRDM-2-RKh、UAZ-69-RKh、ハンガリー製の水陸両用装甲偵察車D-442 FUGなど、さまざまな車両に取り付けることができます。
化学兵器禁止条約は、化学兵器の開発・生産・保有を包括的に禁止するとともに、米露などが保有している化学兵器を一定期間内に全廃することを定めていますが、北朝鮮はこれに署名していません。
朝鮮人民軍陸軍の兵士が炭疽菌のワクチン接種
北朝鮮は1960年代から炭疽菌、コレラ、黄熱病、天然痘、チフス、腸チフスなどの生物兵器の研究も進めています。韓国、アメリカ、日本をターゲットにしたミサイルに搭載できる炭疽菌や天然痘を兵器化した可能性があると報告書は指摘しています。
ソウルで炭疽菌1キログラムが使用されると最大で5万人を殺害することができるそうです。最近、脱北した 朝鮮人民軍陸軍の兵士は炭疽菌に対するワクチン接種を受けていました。朝鮮人民軍陸軍は生物兵器が使われたかどうかを判定するためロシアの検出装置を導入しています。
サイバー戦争ガイダンス部隊「121局」
北朝鮮人民軍の「電子戦作戦」について、「121局」として知られるサイバー戦争ガイダンスユニットには6000人以上が所属。その多くはベラルーシ、中国、インド、マレーシア、ロシアなど海外の国々から活動しています。
北朝鮮は2010年に他国のコンピューターシステムを狙うエリートハッカー1000人以上を「121局」に配属。ハッカーは韓国の戦争計画も盗み出しました。「121局」には4つの下部組織があります。
(1)アンダリエル・グループ
1600人前後。敵のコンピューターシステムの偵察を行い、ネットワークの脆弱性の初期評価を作成
(2)ブルーノロフ・グループ
1700人前後。敵のネットワークを長期的に分析して、その脆弱性を悪用して金融サイバー犯罪を行う
(3)朝鮮人民軍電子戦妨害連隊
平壌にある。3つの電子戦大隊で構成される。大隊はそれぞれケソン、金剛山などに位置する可能性が高い
(4)ラザルス・グループ
敵のネットワークの脆弱性を兵器化し、指示があった場合にペイロードを送信して社会的混乱を生み出す
北朝鮮がコンピューター戦争を行う理由は3つあるそうです。(1)敵の優れた従来の軍事力に対抗(2)低コスト、低リスクで敵のコンピューターの脆弱性を標的にできる(3)平時には報復をほとんど恐れることなく現状を混乱させる手段になる――からです。
北朝鮮は安全な自国の領土から侵略的なコンピューター戦争活動を成功させることができます。インターネットに接続されている限り、世界中の狙ったコンピューターに到達する分散機能を備え、敵の高度に統合された情報システムを継続的に悪用する能力を持っているそうです。
金正恩は核・大陸間弾道ミサイル実験を一時停止
北朝鮮は大陸間弾道ミサイルで米全土を核攻撃できる能力を獲得し、対米核抑止力を確立することを最終目標に、核・ミサイル開発を進めてきました。これを従来の軍事行動を通じた挑発行為に織り交ぜ、交渉の賭け金をつり上げる「瀬戸際外交」を展開してきました。
今年6月、シンガポールで開かれた史上初の米朝首脳会談からちょうど2年になりました。金正恩は、アメリカを刺激する大陸間弾道ミサイルの発射試験と核実験を一時停止(モラトリアム)していますが、昨年2月にハノイで開かれた首脳会談以降、全く両国間の協議は進展していません。
しかし核兵器の材料となる高濃縮ウランの生産や弾道ミサイル開発は継続し、核・ミサイル能力を向上させています。北朝鮮は3月に入って、短距離弾道ミサイルの発射実験・訓練を繰り返しました。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年次報告書は、北朝鮮の核弾頭総数は昨年の20~30発から今年1月時点で30~40発に増強されたと指摘しています。偵察衛星でも探知しにくい新型固形燃料短距離弾道ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発を強化しています。
北朝鮮の核・化学・生物兵器やサイバー攻撃能力については確実な情報はなく、実際にどうなっているのかは「闇の中」です。しかし金正恩が後退することなく、そうした能力を増強させているのは間違いありません。
その背後には軍備を拡大し、南シナ海や東シナ海で活動を活発化させる中国が控えています。日本はミサイル防衛や敵基地攻撃能力を含め、防衛政策の根幹的な見直しを迫られています。
(おわり)