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【ラグビーW杯】アイルランド代表はどうして2つの旗を掲げ、自分たちの国歌を歌わないのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
サモア戦でトライを決めるアイルランドの司令塔セクストン選手(写真:ロイター/アフロ)

独立戦争で歌われたアイルランド国歌「兵士の歌」

[ロンドン発]ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で12日、日本と同じグループAのアイルランドはサモアと対戦、バンディー・アキ選手が前半28分、危険なタックルで退場になったものの、7トライ、47対5の猛攻で決勝トーナメント進出を決めました。

筆者はロンドン・ソーホーの中華街にあるアイリッシュのスポーツパブ「オニールズ」でアイルランドサポーターに交じってTV観戦しました。日本戦は負傷欠場した司令塔ジョナサン・セクストン選手のいるアイルランドの強さを改めて実感しました。

ロンドンの中華街にあるアイリッシュパブ「オニールズ」(右端、筆者撮影)
ロンドンの中華街にあるアイリッシュパブ「オニールズ」(右端、筆者撮影)

日本の決勝T進出は13日に予定されるスコットランド戦の結果を待つことになりました。勝ち、引き分けの場合は決勝T進出。負けでも「トライを4つ以上決めた場合」や「7点差以内の負け」のボーナスポイント次第で決勝T進出の可能性があります。

ラグビーはサッカーや五輪と違ってアイルランドと英・北アイルランドの南北統一チームが出てきます。選手たちは緑・白・橙(だいだい)の3色のアイルランド国旗と伝統のアルスター(北アイルランド6州を含む地方)旗の2つの旗を掲げて入場してきます。

アンセム(賛歌)は、アイルランド独立戦争(1919~21年)でアイルランド共和国軍(IRA)によって歌われたアイルランド国歌「兵士の歌」ではなく、♪アイルランド、アイルランド、ともに高く立つ―というラグビーアンセムの「アイルランズ・コール」。

「アイルランズ・コール」は95年に、英国との関係を維持しようとする北アイルランドのユニオニスト(プロテスタント系住民)の感情に配慮して作られました。アウェイでは「アイルランズ・コール」だけが、ホームのアイルランドでは国歌の「兵士の歌」も斉唱されます。

サッカーは南北別々なのにラグビーは統一チームの理由

英国とアイルランドの関係は日本と韓国の関係に似ています。日本は1910年の日韓併合から敗戦する45年まで35年間、韓国を植民地支配しました。

日本の帝国主義のお手本だった英国は1801年にアイルランドを併合。アイルランドは独立戦争を経て1922年に北アイルランド6州を除いて26州が英連邦内の自治領になり、37年に共和国として独立。

しかし、北アイルランドでは60年代後半からユニオニストと南北アイルランドの統一を目指すナショナリスト(カトリック系住民)の対立が激化し、3600人もの犠牲者を出します。

こうした分断の歴史は北アイルランドのスポーツ、特にプロテスタント系のサポーターが大半のサッカーに暗い影を落とします。

北アイルランドの首府ベルファストに拠点を置くアイリッシュ・フットボール・アソシエーション(IFA)がかつてはアイルランド全体のサッカーを統括。1921年のIFAカップ決勝はベルファストで行われ、地元クラブとアイルランドの首都ダブリンのクラブが対戦しました。

引き分け再試合になり、IFAはダブリンの治安悪化を理由に再びベルファストでの試合を主張。これに反発したダブリンのクラブが試合をボイコットしたことが引き金になり、フットボール・アソシエーション・オブ・アイルランド(FAI)がダブリンに誕生しました。

スコティッシュ・プレミアシップのセルティックFC(カトリック系)で元日本代表MF中村俊輔選手のチームメイトだった北アイルランド出身の元サッカー選手ニール・レノン氏(48)が2002年に南北アイルランドの統一チームでプレーしたいと述べたところ、殺害予告を受けたことがあります。

カトリック系のセルティックFCでプレーしていたこともプロテスタント系のサポーターには許せなかったようです。

爆破テロで引退に追い込まれたラグビー選手も

一方、アイルランドラグビー協会(IRFU)はダブリンにあり、レンスター、マンスター、コノート、アルスターの4地方を束ねていくことを決めました。IRFUはスコットランド、ウェールズとともにワールドラグビー(旧国際ラグビーフットボール評議会)の創設メンバーです。

ワールドラグビーの本部もダブリンにあります。ラグビーはサッカーほどナショナリストとユニオニストの対立には巻き込まれなかったものの、決して道は平坦だったわけではありません。

1972年の「ファイブ・ネイションズ(5か国対抗、現在は1カ国増えてシックス・ネイションズに)」ではスコットランドとウェールズが北アイルランド紛争の激化を懸念してダブリン行きを見合わせました。

87年のラグビーW杯前にはダブリンで練習に向かう途中の北アイルランド生まれの選手3人のそばの車が武装組織「アイルランド共和軍(IRA)」によって爆破され、負傷した1人が引退に追い込まれました。

しかしサッカーのようにラグビーは南北アイルランドに分断されることはありませんでした。

「ベルファスト合意は絶対に守らないといけない」

アイルランド対サモア戦をTV観戦したパブでアイルランドサポーターに尋ねてみました。

アイルランド出身で現在はロンドンで暮らすメーガン・クウィンさん(23)とダラ・ムーンスターさん(25)は「ラグビーは南北に分断されていないので、良い影響があるわ。アイルランド人コミュニティーは全世界に広がっており、日本に応援に駆けつけているはずよ」と話します。

右端がメーガンさん、左端がダラさん(筆者撮影)
右端がメーガンさん、左端がダラさん(筆者撮影)

「英国が欧州連合(EU)を出ていくとしても、北アイルランドに和平をもたらすため南北アイルランド間の国境をなくした98年のベルファスト合意は絶対に守らないといけない。これはアイルランドではなく、英国の問題よ。日本の決勝T進出を期待しているわ」

サイバーセキュリティーの仕事をしている北アイルランド出身のトビー・マクグラタンさん(28)は「日本人のガールフレンドと一緒に日本対アイルランド戦を静岡県で観戦してきたばかり。彼女は最初、アイルランドを応援していたのに最後はすっかり日本ファンに変身しました」と笑顔を見せました。

右がトビーさん、左がマーティンさん(筆者撮影)
右がトビーさん、左がマーティンさん(筆者撮影)

「スコットランドは調子に波があり、ディフェンスにスキがあるので、素早い日本に勝つチャンスがある。日本を応援しているのかって!? もちろん、そうせざるを得ない状況ですよ」

鉄道エンジニアのマーティンさんは「この10年、アイルランドではコミットメント(約束)やディシプリン(規律)を大切にするラグビーの人気がサッカーを上回っているよ。子供の教育にも良いからね。サッカーにはフーリガン文化がある」。

「ラグビーではレフリーのジャッジは絶対だし、紳士のスポーツさ。1つのアイルランド、1つの国だよ。ラグビーの南北統一チームはアイルランド人のコミュニティーにとってはとても良いことだよ」

ベルファスト合意をきっかけにサッカーでもアイルランド代表としてプレーする北アイルランド出身の選手が増えてきたそうです。

ラグビーでは「国の代表チームでプレーする資格」は次のように定められています。(1)当該国で出生(2)両親、祖父母の1人が当該国で出生(3)プレーする時点の直前の3年継続して当該国に居住(2020年12月末から5年に延長)(4)当該国に通算10年居住―のいずれかに該当。

神戸の中華街でリラックスするサモア代表の選手(9月27日、筆者撮影)
神戸の中華街でリラックスするサモア代表の選手(9月27日、筆者撮影)

一国のシニアチームでプレーしたプレーヤーは他の国の代表チームでプレーできないため、一度でもある国のジャージーを着た者は他の国のジャージーを着ることができません。壁や紛争を作るのは人間の心です。ラグビーW杯は私たちに壁とは何かを語りかけます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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