勝新太郎という極上のジャズ・シンガーがいたことをボクらは忘れていた
ジャズのジェンダー論でも語ってみようかと、性に合わないことを始めたものだから、すぐに頓挫してしまった。
というのも、ジャズでは人種差別と同じように性差別が激しいからだった。
まず、名前が残っているレジェンド・ミュージシャンのほとんどが男性だし(これはクラシック音楽においても同様の傾向があると思うが)、女性の活躍が目立つのはピアノとヴォーカルだけという時代が長く続いていたと言える。
ところが、女性優位と思っていたヴォーカルの世界も、よくよく考えてみればビング・クロスビーやフランク・シナトラが突出していて、ルイ・アームストロングが象徴的存在になっていたりする。
♪ 92歳のジャズ・シンガーが現役で活躍!
つい最近だって、92歳のジャズ・シンガー、トニー・ベネットが「ギネス世界記録に認定!」というニュースで世間を賑わせていた。
これは、トニー・ベネットのジョー・バリ名義でのレコード・デビュー曲というのが1949年に録音した「ファシネイティング・リズム」で、それから68年342日を経た今回の新作(ダイアナ・クラールとのデュオで制作されたアルバム『ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ』)で同曲を収録したことが世界記録になったもの。つまり、「同一アーティストによる、同一楽曲のオリジナル録音から再録音までの最長期間」にあたるので認定されたのだ。
デュオ相手のダイアナ・クラールだって5度もグラミー賞を受賞しているシンガーなんだから、彼女がメインでトニー・ベネットに盛り立て役を引き受けてもらったっておかしくないはずなのに……。
実際、トニー・ベネットの歌いっぷりは、まったく老いを感じさせないと言っていいほど見事だったりするから、トニー・ベネットありきの世間の反応は真っ当というしかないんだけどね。
♪ “昭和の名優”が意外な歌声を遺していた!
92歳というのは、日本で言えば大正15年(昭和元年)生まれなんだけど(ボクの父親と同い年だったんですね……)、現時点でトニー・ベネットに匹敵する日本のシンガーは思い付かないなぁというのが正直なところ。
……と思っていたら、「こんなアルバムが出ますよ」というインフォメーションをもらったので早速聴いてみたところ、「なんだ〜、日本にもトニー・ベネットに匹敵するどころか、バッサリと一刀のもとに倒してしまう殺傷力を備えたシンガーがいたんじゃないか!」と興奮してしまった。
それが『THE BLIND SWORDSMAN〜侠(おとこ)』というアルバム。
2018年6月リリースではあるけれど、内容は古い音源を使った新録音などが混ざっていたりする。
概要をサラッと紹介すると、「勝新太郎の未発表音源や井上堯之のラスト・レコーディングと、佐藤允彦書き下ろし新曲、御諏訪太鼓などの新録を取り混ぜた、“ニッポンのミュージック”を感じるコンピレーション」ということになるかな。
このなかでボクをいちばんビックリさせたのが、勝新太郎が歌う「サマータイム」「ムーン・リバー」「想い出のサンフランシスコ」だった。特に「想い出のサンフランシスコ」はすごい。
この3曲はおそらく映画会社所属時代に系列レコード会社からリリースされていた音源だと思うのだけれど、勝新太郎という名前は主演作のイメージが強いために、こうした洋物を余技的に歌っていてもあまり注目されなかったんじゃないだろうか。
ところが、こうして改めてジャズ・スタンダードのカヴァーだけを取り出してみると、ジャズ・シンガーとして卓越していたことがわかってしまった、というワケなのだ。
いや、遅い。遅すぎる……。
自分の迂闊さを責めなければならない。
石原裕次郎はジャズっぽいけどジャズじゃないよなぁなんて言っている場合ではなかったのだ。
♪ シンガーとしての勝新太郎を評価すると……
勝新太郎は1931年(昭和6年)生まれだから、生きていれば87歳。トニー・ベネットより5歳年下だった。
1997年に65歳で亡くなっているので、ベネットと比較しようがないのは重々承知しているけれど、こういう声質のシンガーがいてくれたら十分に太刀打ちできたんじゃないかと、ついつい妄想してしまうのだ。
かなりスモーキーなんだけど、甘い。この“甘さ”が表現できるシンガーって、なかなかいないと思う。“艶”とはまた別の要素だから、天性のものというしかないのかも。
あとね、井上堯之のラスト・レコーディング音源がまた“泣き”のギター全開で、シビれちゃったりするんだということも言わずにいられなかったので、最後に付け足しておきましょう。そうそう、勝新太郎と井上堯之は別々のトラックなので、混同しないでください。