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マガトの鳥栖監督就任は現実的ではない

小宮良之スポーツライター・小説家
サガン鳥栖監督が内定したと言われるマガト監督だが・・・。(写真:アフロ)

Jリーグ、サガン鳥栖の監督としてドイツ人、フェリックス・マガトの就任が内定したと報じられた。しかし本人は帰国後に否定。交渉は暗礁に乗り上げたと思われる――。

しかしそもそも、マガトに鳥栖を最強クラブに導く力はあるのか?

マガトは「鬼軍曹」の異名を取り、徹底したフィジカルトレーニングと規律や秩序によってチームを強くする辣腕で知られる。ヴォルフスブルグでは長谷部誠、シャルケでは内田篤人を指導。その才能をドイツで開花させるなど、日本人選手との相性も悪くないと言われる。

鳥栖はユン・ジョンファン監督が率いた時代、「地獄」とも形容された走り込みの多さと練習量によって力を付けてきた。

「まるでゾンビに見えた」と対戦相手を畏怖させるほど、走り勝つチームとして勇名を馳せるようになった。走力を生かした縦に速い攻撃が際立ち、パスをつなぐ遅攻型が多いJリーグでは異色のクラブと言えるだろう。

そのフィジカルインテンシティに根ざしたチームスタイルを、「マガトが継承して革新させる」という意見もある。

しかし、そこまで楽観的に捉えるべきなのか?

チームをケモノに喩えるとしたら、監督がその頭になるわけだが、マガト監督就任は体全体の釣り合いの悪さを感じる。マガトの年俸は1億円とも報道されるが、これは考えられない。彼のようなタイトル経歴の監督の欧州における相場は200~250万ユーロ(約2億6千万円~3億3千万円)。ヨーロッパでは監督を補佐する数人のスタッフが一つのチームで指導に当たるのが一般的で、5億円程度のお金が動くことが予想される。

鳥栖はそこまで裕福なチームではない。

1億円以上の年俸の選手はいないだろう。つまり、別口の大きなスポンサーが付いたということだろうが、やはり体のバランスが悪い。もしうまくいかない場合、その頭を手術するには激痛が走る。しかもそれは、元に戻るか分からない美容整形手術のようなもので、今回の一件はその覚悟が必要になるだろう。

そもそも、鬼軍曹はクラブ人生を懸ける価値があるのか?

マガトの指導方法は有力選手をフィジカル的に鍛え上げ、有力なチームを作るやり方である。フットボールのボールゲームとしての有機性や閃きは認めない点が、「時代錯誤」と言われる。3年前にはヴォルフスブルグを最下位で解任。一昨シーズンはイングランドのフラムを2部に落とし、今シーズンは2部でも最下位で解任されている。国外ではそのやり方がまったく受け入れられていない。

「マガト監督は自分のなにを気に入って入団させたのか分からなかった」

そう語っていたのは、ヴォルフスブルクに半年間在籍してマガトの指導を受けた大久保嘉人(川崎フロンターレ)である。

「ヒールキックをしたら、『二度とやるな』と注意され、オーバーヘッドでシュートを狙ったことがあったんやけど、そのときは『なんでトラップしてからシュートを打たないんだ!』と本当にキレていた。でも、トラップするスペースはなかったし、そもそも自分の持ち味はトリッキーなプレーヤから、それをなくしてしまったら、相手のパワーに押されてなんもできん。そんなサッカー、やっていてもなにも面白くないと感じた」

マガトはひたすら堅実さと規律を求める。しかし、それに反発する選手も少なくない。サッカー選手は生来的にボールプレーを好むもので、それを長く抑圧されることに堪えきれないのだ。

すでに62歳になるマガトは開明さを欠き、固陋さが指摘されている。監督として、欧州フットボールの第一線に戻ることは難しいだろう(欧州のトップクラブにおいては、40代、50代がほとんどで、60歳以上で最前線にいるのはルイス・ファンハールとアーセン・ベンゲルくらい、前者はマンチェスター・ユナイテッドで風前の灯火)。その結果、"年金を求めて"アジアにマーケットを求めたのだとすれば・・・。

マガトというネームバリューに引きつけられる気持ちは分からないではないし、ニュース性はあるだろう。

しかし、大物に大金を叩いてニュースにする、というマーケティング的補強は、世間一般的には面白がられても、当事者にとっては賭博性が高いことを思い知るべきだろう。例えば、セレッソ大阪に鳴り物入りで入団したディエゴ・フォルランは、投資に見合うなにかを残せたか? なにも彼が悪かったというわけではない。出回った移籍金額や受け入れる体勢など、あの移籍にはどこかに歪みがあった。

指導者を名声や経歴ではなく、力量を見極めて招聘する、そうした試みがこれからのJリーグは必要だろう。個人的にはガイスカ・ガリターノ、ファンマ・リージョ、セルヒオ・ロベラのような監督を推薦するが、身の丈にあった監督は必ずいる。ビッグネームを呼ぶのは一つのエンターテイメントで、ビジネスの一環だろうし、本質的に監督招聘は博打性を孕む。しかし、うっかりが長い歴史を積み上げてきたクラブに亀裂を与える可能性も忘れるべきではない。

そもそも、鳥栖は当時首位に立った時点でユン監督を突然、解任しているが、これはお粗末なマネジメントだった。そしてポゼッションサッカーへのシフトチェンジをするかのように、森下仁志監督を招聘したにもかかわらず、たった1年で見切りを付けようとしている。フィジカル能力の向上はこれ以上は望めず、戦術レベルの向上やスキルアップ(選手補強も含め)の方が望まれたはずだったが・・・。

「育成」

クラブはマガトに若手の才能開花を求める様子だが、鳥栖の主力は半数以上が30才前後の選手で、これには疑問が残る。ドイツ人選手のような負荷をかけられたら、けが人続出は避けられない。そうなったら、育成どころの話ではなくなる。最悪の場合、ベテランは壊れ、若手は育たず、クラブは闇の歴史に向かうことも――。

マガトは鳥栖を最強クラブに導けるのだろうか?

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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