動画分析:ガザの病院の被害はロケット弾の推進剤の爆発による墜落事故か
※2023年11月27日追記:当記事は事件直後に書かれており推測が不正確な可能性があります。こちらの新しい記事の方を参照してください。
10月17日のアル・アハリ病院爆発はガザ側のロケット弾の発射失敗:国際人権団体HRWの調査報告(2023年11月27日)
10月17日(現地時間の夜間)、イスラエルにあるパレスチナ領域のガザ地区にある病院で爆発があり死傷者が出ていると報告されました。ガザを支配する武装組織ハマスはイスラエル軍の戦闘機による空爆だと非難、ガザ保健省(ハマス隷下)は病院の爆発で約500人が死亡したと主張しています。一方、イスラエル軍はハマスとは別の武装組織「イスラム聖戦」が発射したロケット弾が不具合を起こして病院に墜落したと主張、双方の言い分が真っ向から食い違っています。
※イスラム聖戦:パレスチナ・イスラミック・ジハード(略称PIJ)を名乗るガザの武装組織で、ハマスとは別組織になるが、イランの支援を受けている点では同じ。
※被害を受けたガザの病院の名称はアラブ・バプテスト病院(Arab Baptist Hospital)またはアル・アハリ・アラブ病院(Al Ahli Arab Hospital)。アル・アハリ(Al Ahli)とはアラビア語で国家、国民、人民などの意味。エルサレム中東聖公会が運営。
もしイスラム聖戦のロケット弾の発射直後の不具合ならば固体燃料推進剤の燃焼中の事故になるので、上昇する噴射炎の光っている様子が確認される筈です。一方でイスラエル軍の戦闘機から投下された航空爆弾による空爆ならば光ったりはしません。そして「上昇する光点」が空中で爆発した後に、地上で小さな爆発と大きな爆発が連続する様子を中東の衛星テレビ局アルジャジーラが撮影していました。これが病院に着弾した経緯の一部始終だとするならば、上昇する光点はロケット弾ないしミサイルの噴射炎だと絞り込まれます。
アルジャジーラ撮影:病院に着弾した一部始終と推定される映像
ロケット弾不具合墜落説を取る場合の動画解説
- 00秒~:画面の右から左に向かって光点が斜めに上昇中
- 06秒頃:閃光を発する
- 07秒頃:左側面に閃光。上昇しながら左から右に進路変更
- 09秒頃:長細い煙を吐き出し始める
- 10秒頃:空中で爆発
- 16秒頃:画面奥の地上で小爆発
- 18秒頃:画面手前の地上で大爆発
- 18秒~:地上の爆発後に炎上が続く
※視点はガザ内、病院の北西1.5kmの定点カメラ。カメラ方向は東向き。参考OSINT:GeoConfirmed
推定:固体燃料推進剤の不具合と爆発
動画を解釈すると「ロケット弾が上昇中に固体燃料推進剤が燃焼の不具合を起こして進路が変わってしまう。そして長細い煙を吐き出し始めて空中爆発。固体燃料推進剤の爆発と推定される。弾頭が外れて回転を始めながら落下(回転により急激な空気抵抗の増大で速度が急減、上昇から下降に転じる。ただしこの弾頭の挙動は映像には映っておらず現象からの推定)、落ちて来た弾頭が地上に着弾した。」と推定できます。ただし地上で2回爆発があった理由がよく分からず断定はできませんが、それぞれ燃え残りの推進剤と弾頭だった可能性が考えられます。
07秒頃:左側面に閃光。上昇しながら左から右に進路変更
09秒頃:長細い煙を吐き出し始める
10秒頃:空中で爆発
推定:弾頭とロケットモーターケースの残骸の墜落
固体燃料推進剤が空中で爆発、ロケットモーターケースが崩壊し弾頭が外れます。姿勢を乱したロケットモーターケースの残骸と弾頭は回転を始めます。これにより空気抵抗は急激に増大、速度は急減し、上昇を続けられなくなり下降に転じます。こうして墜落、地上に落下して着弾、病院に被害が生じたと推定されます。
アルジャジーラの撮影した動画が病院に着弾する一部始終を撮影したものであるならば、これはロケット弾が推進剤の爆発事故を起こして墜落する様子です。つまりイスラエル軍の説明した内容と合致した証拠の映像ということになります。そしてアルジャジーラがイスラエルに与するような報道をすることは考え難く、動画が意図的な捏造である可能性は低いでしょう。
アイアンドームの上昇段階迎撃である可能性は低い
もう一つの可能性としては「アイアンドーム防空システムの迎撃ミサイルがロケット弾を撃墜したが弾頭を破壊しきれず病院に落下した」というものがありますが、この説は実施困難な点や矛盾する点が数多くあり可能性としては低くなります。
- アイアンドームは有効射程が短く、展開配置から考え難い。
- 上昇段階迎撃は接近した配置である必要があり、なおさら困難。
- 動画の06秒~09秒頃の挙動がアイアンドームでは説明できない。
アイアンドームは短距離地対空ミサイルに相当し、対ロケット弾迎撃の有効射程は数km、遅いドローン相手ならば有効射程10kmくらいと推定されます。(※アイアンドームの公表数値の4km~60km対応とは迎撃目標のロケット弾の射程性能の話)
そして上昇段階迎撃はアイアンドーム本来の使い方ではなく、これをやらせようとしたらよほど接近した配置でないと間に合わず不可能です。しかしイスラエル軍はそのような配置をしたことがなく、上昇段階迎撃を試みた実績もありません。そして被害を受けた病院はガザの境界から3.5kmの奥にあり、おそらくアイアンドームをガザ境界ぎりぎりに配置したとしても上昇段階迎撃は無理でしょう。
また動画の上昇する光点は一つだけです。これがアイアンドームのタミル迎撃ミサイルと仮定すると、目標のロケット弾は光っていない以上は推進剤の燃焼が終了した段階での上昇中になります。つまり上昇段階迎撃の場合、ガザ南部からテルアビブを狙った射程100kmの大型ロケット弾を想定しなければなりません。しかしこの時点で目標が速過ぎてアイアンドームで上昇段階を狙っても追い付けません。目標の方が速いのです。
結論としては想定される状況でアイアンドームによる上昇段階迎撃は非常に困難です。また迎撃が成功したという仮定だとアイアンドームのタミル迎撃ミサイルが正常飛行した想定になりますが、その場合では動画の06秒~09秒頃のおかしな挙動が説明できません。
追記:アイアンドームの迎撃が地上爆発と関係無い可能性
ただし前提を変えて「動画の空中爆発と地上爆発は時間が似通っただけで関係が無い」とした場合、そもそも上昇段階迎撃ではなく終末段階迎撃だとすれば、空中爆発はアイアンドームによる迎撃であった可能性があります。
アイアンドーム迎撃説を取る場合の動画解説
- 00秒~:画面の右から左に向かって光点が斜めに上昇中
- 06秒頃:閃光を発する
- 07秒頃:左側面に閃光。上昇しながら左から右に進路変更
- 09秒頃:長細い煙を吐き出し始める
- 10秒頃:空中で爆発
- 16秒頃:画面奥の地上で小爆発
- 18秒頃:画面手前の地上で大爆発
- 18秒~:地上の爆発後に炎上が続く
※動画の06秒~09秒頃の挙動がアイアンドームの正常な飛行だと仮定した場合、06秒と07秒の閃光は「迎撃ミサイルの噴射炎の光が雲に反射した」、09秒頃の長細い煙に見えたものは「迎撃ミサイルが雲を通過する際にそう見えた」あるいは「ずっと出ている噴射煙が自己の噴射炎に照らされて見える角度になった」という可能性があります。ただしこれらの挙動は過去に同様の例がなく、はっきり確定していません。
小さ過ぎる着弾痕と500人死亡という多過ぎる被害報告の矛盾
そして夜が明けて正確な被害状況が判明します。奇妙なことに病院の棟はほとんど損傷しておらず、駐車場の自動車が何台か燃料の火災で燃えた程度です。そして着弾痕が見つかったのも駐車場ですが、その穴は小さ過ぎるものでした。深さ数十cm程度しかないのです。着弾痕の位置座標(31.504890, 34.461640)
この小さな爆発規模で500人死亡というガザ側の報告はとても釣り合わず考え難いでしょう。推定される弾頭重量はせいぜい数kgから数十kg程度の爆発規模です。しかし航空爆弾ならば数百kgあるので桁が違います。つまりこの着弾痕からでもイスラエル軍の空爆という可能性はほぼ消えました。もし航空爆弾なら着弾痕は遥かに大きな穴になっていなければおかしいのです。
※追記:フランス軍事偵察局(DRM)の推定は炸薬量5kgの爆発
10月20日のAFPの報道では、フランス軍事偵察局(DRM)の分析として「約1m×75cm、深さ30~40cmの穴」「最も可能性の高い仮説は約5kgの炸薬が爆発したパレスチナのロケット弾」とあり、これは炸薬量5kgだと弾殻を含めた弾頭重量はおそらく15~20kgで、122mmロケット弾の弾頭に近いサイズです。
※追記:エアバースト(空中炸裂)説の否定
一部で病院の被害について空中炸裂説が唱えられだしましたが、空中炸裂ならばこのような中途半端に小さな穴自体が生じません。また被害状況の全体を見渡しても、炎上した自動車の上面に弾殻破片が上から命中した貫通痕跡が見当たらないですし、路面や屋根(トタン屋根含む)にも空中炸裂で生じる方向からの爆風破片の痕跡が見当たりません。しかも着弾位置に近い1台の車両が上下逆さに引っ繰り返っているので、上からの爆風圧力ではなく側面からです。付近のフェンスと煉瓦積みの壊れ方も側面からの圧力を示しています。
参考:Gaza hospital: What video, pictures and other evidence tell us about Al-Ahli hospital blast - BBC
過去の事例との比較
なお過去に1発の攻撃で500人以上が死亡した例(通常弾頭に限定)は本当に稀にしかありません。建造物の中で密集した人々に1トン級の弾頭が炸裂したケースでした。
- 1944年12月16日、ベルギーのアントワープの映画館「Cinema Rex」にドイツ軍のV2弾道ミサイルが直撃し567人が死亡。 ※弾頭内蔵の炸薬量738kg。
- 2022年3月16日、ウクライナのマリウポリの劇場にロシア軍の戦闘機からの航空爆弾が直撃し300〜600人が死亡と推定(戦争が継続中で検証できず)。 ※弾頭重量1トン相当と推定。500kg爆弾2発の可能性もある。
過去の前例と比べると、今回のガザの病院は着弾箇所が屋内ではなく屋外で、推定される弾頭重量は遥かに小さなもので、条件を照らし合わせても合致する部分がありません。
果たしてガザ当局(つまりガザを支配しているハマスを指す)の申告している死亡者数は本当に正しいのでしょうか? きちんと集計し直して正確な数字を再報告することを望みます。