瀕死の債券市場が意味するものとは?
瀕死状態にある日本の債券市場
日本の金利は、ほとんど動かなくなっている。もはや、債券市場は瀕死状態にあるといってもおかしくない。なぜこうなったのだろうか。そして、それが将来日本経済にどういった影響を及ぼすのだろうか。
債券市場で何が起きているか?
今、債券市場では、取引が減少している。時々、業者間取引で売買が成立しない日が出てきている。また6月には新発国債10年物国債の利回りが連続7日終値で変わらない状況が起きている。債券を取引する魅力がなくなって、参加者が減り、売買が細っている結果だ。
こうした売買が低迷した状況では、ディーラーやトレーダー、金利の調査・予測をする債券アナリスト、債券運用担当者など債券市場に関わる人達は、することがなくなり、将来的に職を失う可能性が出てきている。実際には、証券会社では債券業務の人員の削減を行ったといわれる。また欧州系の証券会社では国債売買業務の縮小・撤退も噂されているという。
債券を売買する魅力がなくなって、債券取引が低迷し、債券を扱う人が減少していく状況は、まさに債券市場が瀕死の状態にあるといえよう。
なぜ債券市場が瀕死の状態なのか?
ひとえに、日銀の金融緩和政策によるものといえる。黒田氏が日銀総裁になって、日本経済を回復させるにはなんとしてもまずデフレから脱却することが必要だとして、物価の上昇を目指した。そこで、2%の安定的な物価目標を掲げて、これまでの金融緩和政策を一段引き上げて、量的・質的金融緩和政策、つまり異次元緩和政策を採ってきた。
しかし、当初2年で2%の物価を目標にしたものの、思うように物価が上がらず、ゼロ近辺に推移する状況となっている。そこで、なんとか物価2%目標を達成しようとして日銀は、国債などの債券を中心とする資産の買い上げの額を引き上げ、直近では金融機関等から国債を年間80兆円買い取っている。
一方で、金利を低めに抑え、昨年の2月にはマイナス金利政策を採用、短期金利をマイナスに導き、それにつれて指標である10年物国債の長期金利もマイナスにまで下げてきた。ただ、最近は、欧米の金融緩和からの出口論の影響から、長期金利はマイナスからプラスに浮上、それでも0.1%未満で推移している。
しかも、日銀は、マイナス金利政策に加えて、昨年の9月長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和政策を採用した。それは、指定した金利で国債買い入れ(指値オペレーション)を行って10年物国債の長期金利をゼロ近辺に推移するようにして短期から長期まで金利水準をコントロールしようとするものである。
こうした一連の日銀の異次元緩和政策は、債券の魅力を奪い、売買の低迷を招いて債券市場での流動性を低下させ、自由な取引により適正な金利を決定する本来の機能を奪うものとなっている。結果として、債券市場は機能しない、瀕死の状態になっているといえよう。
瀕死の債券市場の影響は?
6月「日銀は大丈夫か?」(https://news.yahoo.co.jp/byline/tsudasakae/20170616-00072179/)で書いたが、まず年間80兆円の国債を市中から吸収してきたことで、日銀は5月末時点で長期国債保有残高は390兆円強、一方で金融機関の保有残高は230兆円前後と、日銀の異次元緩和政策が行われた2013年4月からみてウェイトが逆転し、国債が金融機関から日銀に移動しているのが分かる。
ここまでくると、これから80兆円(最近では70兆円規模)の国債を、日銀が買い続けられるかといえば、金融機関が日銀への担保として一定量を保有しなければならないことから、まもなく限界が来ることが予想される。運用しなければならない金融機関や機関投資家から見れば、もはや金利のある国債を手放すことは経営上も無理である。
そして、日銀のマイナス金利政策と長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策の弊害は、金利が日銀にコントロールされて、長期金利が0~0.1%でほぼ固定化されてしまっていることにある。このことは、金融機関や機関投資家にしてみれば、ほぼゼロ近辺の国債を買う魅力がほとんどなく、よりリスクの高い外債や株式以外に資金の行き場がなくなっている。こうして、取引が少ない債券市場は瀕死の状態となっている。
また、債券市場が機能しなくなったことから、その負担を利用者も負っている。つまり、企業融資・ローンから預金までのお金に関わる金利が、国債の利回りに従って変動するが、その利回りが日銀に決められていることによってひずみを生み出し、経済にマイナスに働いている。
すなわち、金融機関の普通預金の金利は0.001%、定期預金でも0.01%とほぼゼロに近い。金融機関は預金というよりもはや金庫に近い存在になっている。その結果として、年金受給者などは、支給される年金が減額されたことに加えて預金からの収益がないために、生活費を切り詰めることになり、消費を通じて景気にマイナスに作用している。
一方、金融機関としては、債券で収益があげられず、企業融資でも思うように伸びないために、前回の「個人破産の増加、その裏に何があるか?」(https://news.yahoo.co.jp/byline/tsudasakae/20170731-00073939/)で述べたように、銀行カードローンに力を入れ始めている。将来、景気が悪くなって返済不能から個人破産が増加すれば、経済に暗い影を投げかけることになる。
瀕死の債券市場の先に何があるのか?
瀕死にある債券市場は、このまま続けば、いずれ死に至る、つまり、全く機能しなくなるということだ。そうなったときは、本来景気の過熱・冷え込みなどによって金利が動くことで経済の状況を示す指標の役割を失うことになる。今、日本の経済は、弱いながらも景気回復して、雇用がバブル期を超えるほどの改善をし、人手不足になっているにもかかわらず、物価が2%にはるかに届かないということで金利をゼロ近辺に置くのが果たして正しいのか疑問がもたれる。
また、本来、債券市場が正常であれば、金利によって財政健全化を促す役目も持っている。しかし、金利を日銀が決めてしまい、債券市場が全く機能しなくなれば、国の財政規律が緩み、財政支出の拡大につながってしまう恐れがある。それが、市場の参加者の不信を招き、国債の消化が上手くいかないことも起こりうる。そうなると、禁止されている日銀の国債直接引き受けになってしまうことが起こりうるかもしれない。
そして、今後起こることで問題になるのは、景気悪化により、日銀ができることは、もはや少ないということである。債券市場が全く機能しなくなれば、金融政策がもはや取りようがなくなり、対応できなくなる可能性がある。一方、逆に海外の要因で金利が急騰するなどしたときに債券市場が機能しておらず、債券に関わる人もいなくなっていたら、金利急変に対応できず、経済が混乱する可能性もある。
こうして見てくると、瀕死状態の債券市場を回復させることが必要なのではないか。マイナス金利政策は解除し、長短金利操作も、狭い範囲を徐々に広げて、最後は自由な金利形成を認め、そして、国債の買い取り額も徐々に減らすなどして、悪影響が出ないように注意しながら金融緩和政策の出口を少しずつ具体化していくべきではないだろうか。
最後に
日銀は、7月の「展望レポート」で、6回目の2%の物価目標の先送りをし、2019年を達成時期としたが、果たして、それで本当に実現できるのだろうか。もはや物価が上がらないのは、構造的な問題であって、金融政策では動かないことが明らかになりつつある。
債券市場を機能不全により瀕死の状態にまで追い詰めたのは、2%という物価目標を設定し、それを意地になって達成しようとして採られてきた一連の異次元緩和政策によるのではないであろうか。ここは、2%という物価目標を緩めて、金融政策を正常化する方向に向かうのがいいのではないだろうか。