「尊厳を取り戻す!」北京で視覚障害者を支援するNGOを立ち上げた夫婦の戦い 〜心目(しんもく)〜
中国に1200万人いるという視覚障害者を、街中で見かけることはほとんどない。特に農村部では差別意識がまだ強く、就学していない子供や、一生をほぼ家の中で過ごす人もいるという。視覚障害者が自立して生活できる世の中を目指して、民間企業からかき集めた少ない寄付をやりくりしながら、支援を続けてきた夫婦がいる。2003年、非政府組織(NGO)紅丹丹を立ち上げたワンさん(夫)、ジョンさん(妻)夫婦だ。変化の激しい中国社会の中で、長年活動を続けてきた裏には、並々ならぬ情熱があった。
国の発展とともに障害者に対する福祉は徐々に改善されてきたが、盲学校での教育や、職業の選択においてまだまだ遅れている中国において、夫妻の考え方は非常に先進的だ。“最低限の生活を保障する”のではなく、“社会で共に生きる”ために。視覚障害者には社会で生きる上で必要な支援を、健常者には視覚障害者の気持ちがわかるように目隠し体験や、ボランティア講座を行ってきた。視覚障害者のためにまず始めたのが生解説付きの映画上映だった。ワンさんが全盲の友人を家に招いた時に、映画に即興で解説をつけたのが始まり。音声からは分からない画面の描写や、主人公の表情を言葉で伝えると、全盲の友人は「今日は僕の人生のおいて一番楽しい日だった! ずっと映画を“観た”かったんだ」と言ったという。「多様な物語を描く映画を観せることによって、視覚障害者の知識を増やすことにもなる」そう考えたワンさんは映画の上映会を16年間続けてきた。
その他、自分たちで制作した季刊の音声図書を全国100カ所の盲学校に送ったり、アナウンス講座などの職業訓練、子供向けの英語レッスンの開催など、その活動はどんどん広がっていった。中国初の全盲のアナウンサー、ドン・リーナーは紅丹丹が支援し育てた、いわば視覚障害者の“スター”だ。今ではリーナーに憧れ、紅丹丹の門を叩く人もいる。
活動の原点には、夫婦が幼いころ経験したつらい出来事があった。ジョンさんは、文化大革命の時に両親と引き離され、その後“親なし子”として育つ中でつらい目に遭った。ワンさんには知的障害と聴覚障害を持つ妹がいて、周囲から差別を受けながら育った。視覚障害者の尊厳を取り戻す戦いは、すなわち彼らの尊厳を取り戻す戦いでもあったー。民間のスポンサー頼みの紅丹丹の経営は常に火の車だ。運営に悩んだジョンさんは、奨学金を得て、アメリカのハーバード大学への短期留学を決めた。アメリカでNGO運営のヒントを掴んだジョンさんだったが、帰国後思いも寄らない事態が待っていたー。長年活動の拠点であった場所からの立ち退きだ。それでも、夫婦の心の中には熱い炎が燃え続けていたー。
クレジット
監督・編集 商明 山本 妙
撮影 商明