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非モテ男子が暴発するミソジニー(女性嫌悪)無差別テロの恐怖 英で22歳男が散弾銃で7人を殺傷して自殺

木村正人在英国際ジャーナリスト
倒錯した「インセルのヒーロー」になったエリオット・ロジャー容疑者(写真:Splash/アフロ)

交際相手を見つけられない「インセル(非モテ)」とは

[ロンドン発]英南西部プリマスの住宅街で12日夕、地元の軍需企業で実習中のジェイク・デイヴィソン容疑者(22)がポンプアクション式散弾銃で母親のマキシンさん(51)を殺害したあと自宅から路上に出て通りがかった43歳と3歳の父娘を射殺しました。

デイヴィソン容疑者はさらに3つの現場で2人を殺害、2人を負傷させて自殺しました。

「銃大国」アメリカと違って銃の保有が厳格に規制されているイギリスで乱射事件が起きるのは2010年にイングランド北西部カンブリアでタクシー運転手が12人を殺害し、自殺した事件以来のこと。

デイヴィソン容疑者は銃を保有する免許を持っており、警察では殺傷能力の高いポンプアクション式散弾銃の入手経路、犯行に至った背景や動機を調べています。警察は「テロ」ではないと発表しましたが、果たしてそうでしょうか。

デイヴィソン容疑者はユーチューブやReddit への投稿で「人生に打ち負かされた」「殴打された」「社会的に孤立し、交際相手の女性を見つけるのに苦労している」と告白。

自分で恋愛やセックスの相手を見つけられず、性的経験がないのは女性やモテる男性に原因があると攻撃するネット上の非モテ・コミュニティー「インセル」に言及していました。

「インセル」のフォーラムにも投稿し、「私は全く女性をひきつけることができない童貞男だ」と告白。「ほぼ完全なシステム障害に達したにもかかわらず、彼は使命を達成しようとし続けている」「私はクレーンの操縦士として良い仕事を見つけている」などと語っていました。

不本意な禁欲主義者たち

2014年5月、米カリフォルニア州アイラビスタでエリオット・ロジャー容疑者(当時22歳)がカリフォルニア大学サンタバーバラ校近くで銃や刃物を使って6人を殺害、14人を負傷させたのち自殺しました。

『ハンガー・ゲーム』などハリウッド映画製作者の息子のロジャー容疑者は自分が童貞であることへの欲求不満と女性への嫌悪に満ちていました。

「女の子にキスしたことさえなかった。女性がなぜ、理想的で偉大な男性である自分とセックスしたがらないのか理解できない」と訴え、自分への愛とセックスを否定した社会への「復讐以外に選択肢はない」「私は真の犠牲者だ」と訴えて凶行に及びました。

141ページのマニフェスト(犯行声明)によって倒錯した「インセルのヒーロー」になります。「インセル」とは「インボランタリー・セリベイト」の略で「不本意な禁欲主義者」を意味します。

もともと愛を見つけるのに苦労している「孤独な処女」のために1997年にウェブサイトを開設したカナダ在住の女性は、それがのちのち女性に向けられた憎しみと怒りのサブカルチャー・コミュニティーになるとは夢にも思っていませんでした。

ロジャー容疑者の事件が引き金となり、15年10月にオレゴン州のアムクワ・コミュニティ・カレッジで26歳の男子学生が准教授や学生計9人を射殺、8人を負傷させたあと自殺しました。

犯行に及んだ学生は「友だちも仕事も彼女もいない」と不平を漏らし、童貞であることを公表。「インセル」に触れ、ミソジニー大量殺人者のロジャー容疑者を称賛していました。

18年4月には、カナダのトロントで男の運転するバンが10人をはねて殺害、16人を負傷させました。

動機は女性による性的・社会的拒絶への復讐で、男はFacebookに「インセルの反乱はすでに始まっている。われわれはみな最高の男性であるエリオット・ロジャーを歓迎する!」と投稿していました。

「インセル」によるミソジニー無差別テロはアメリカを中心に続発。Redditは4万人を超えるメンバーがいる「インセル」コミュニティーを閉鎖したことがあります。

しかし交際相手に困らない男性「チャド」や魅力的な女性「ステイシー」に嫌悪や憎悪、怒りを暴発させる「インセル」のSNS投稿は今回の事件のように野放しになり、ミソジニーや女性嫌悪や蔑視の「温床」になっているのが現状です。

日本でも「インセル」のミソジニー無差別テロは起きている

日本でも「インセル」のミソジニー無差別テロは起きています。

6日、東京・世田谷区を走行していた小田急線の車内で男が刃物を振り回して乗客に切りつけ、10人にケガを負わせた事件で、警視庁に殺人未遂の疑いで逮捕された職業不詳の容疑者(36)は「幸せそうな女性を見ると殺したいと思うようになった。誰でもよかった」と供述しました。

法務省の「無差別殺傷事犯に関する研究」で52人を実際に調べたところ7人が性的問題を抱えていました。

日本では金融バブル崩壊後、「失われた20年」に当たる1992年から2015年の間に、18~39歳で性交渉の経験がない日本女性(処女)が21.7%から24.6%に、日本男性(童貞)は20%から25.8%に増加しました。30代の10人に1人は性交渉の経験がないと回答。無職、非正規・時短雇用、収入の低い日本男性ほど童貞が多かったそうです。

10年時点で日本の18~39歳の処女は326万人、童貞は380万人と推定されています。30代の処女や童貞は156万人とみられています。スウェーデン・カロリンスカ研究所の上田ピーター氏と東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室のサイラズ・ガズナビ氏らの研究チームの調査で分かりました。

童貞とミソジニー無差別テロを短絡的に結びつけるわけにはいきません。しかし、筆者は格差を拡大させた08年の世界金融危機によって世界中で大量の「負け組男子」が生み出され、欲求不満が社会に充満していることがミソジニー無差別テロの背景の一つになっているのではないかとみています。

格差はさまざまな影を社会に落とします。コロナ危機の接触制限によりサイバー空間で欲求不満や嫌悪、憎悪、怒りが増幅している恐れがあります。

プラットフォーム企業は金儲けばかりに走るのではなく嫌悪、憎悪、怒りを煽る投稿を野放しにしていてはなりません。また社会全体でメンタルヘルスの問題に取り組む必要があるのは言うまでもありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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