Yahoo!ニュース

欧米は香港問題で日本に失望している? 日英FTA交渉「トランプ後」にらみ日米英豪の対中包囲網を

木村正人在英国際ジャーナリスト
「香港独立」の旗を掲げる香港の反中派(写真:ロイター/アフロ)

香港国家安全法を巡る日本の対応に「失望の声」という報道

[ロンドン発]6月7日、共同通信が、香港国家安全法を巡り、米英などの共同声明に日本政府も参加を打診されたが、拒否していたことが分かったと報じました。

アメリカなど関係国の間で「日本の対応に失望の声が出ている」という内容です。心配になって香港問題に詳しい元英外交官に尋ねてみたところ次のような答えが返ってきました。

「多国間の国際的な動きへの日本の関与はとても素晴らしい。日本はさらに関与を強めようとしています。われわれはそれから利益を得ています。日本がさらに関与を強めれば自由社会もより強さを増すでしょう」

9日、日英両政府は自由貿易協定(FTA)締結に向けた交渉を正式に始めました。イギリスのEU離脱移行期間が切れる2021年1月からの発効を目指しています。

「日本はTPP11のリーダー」

日本の茂木敏充外相と30分間にわたってビデオ会議を行ったエリザベス・トラス国際貿易相はこう話しました。

「日本はTPP11(アメリカを除く環太平洋経済連携協定)のリーダー。TPP11は世界の国内総生産(GDP)の13%を占め、イギリスが参加した場合、16%以上に増える。日本とのFTAは、TPP11へのイギリス加盟に向けた重要な一里塚となる」

日本にとって重要なのはEU離脱によって、イギリスに進出する日系企業約1000社と約1635億ドル(約17兆5800億円)にのぼる直接投資(2018年末残高)への影響をできるだけ小さくすることです。

しかしボリス・ジョンソン英首相はEU離脱交渉の着地点が全く見えないのに、今年いっぱいで移行期間を終わらせてEUから離脱するという強硬姿勢を崩していません。

さらに中国の香港国家安全法導入を巡って英中関係も急激に悪化しています。

EU離脱交渉のデッドラインは10月末に後ずらしか

新型コロナウイルスの影響でEU加盟国とイギリスは深刻な打撃を受けています。

10日に発表された経済協力開発機構(OECD)の経済見通しでは今年の成長率はイギリス-11.5%(新型コロナウイルスの第2波を想定したシナリオでは-14%)、ドイツ-6.6%(同-8.8%)、フランス-11.4%(同-14.1%)、イタリア-11.3%(同-14%)です。

英・EU主要国とも惨憺たる状況なので離脱交渉はルーズ・ルーズの最悪シナリオを回避するように動くのではないでしょうか。

6月末が移行期間を最大2年間延長する期限なのですが、メディアで報じられたドイツ出身の欧州議会議員や独外交官の発言を聞く限り、実質的なデッドラインを10月末に後ずらししているように見受けられます。

イギリスはコロナの第2波を乗り切れるか

イギリスを取り巻く環境はとても楽観できません。

コロナ危機で過去5年間の死亡者数(平均)より多い超過死亡は6万3629人。新型コロナウイルスによる直接の死者は4万883人。その他はコロナの影響で治療を受けられなかった人など間接的な死者とみられています。

それでなくても医療が逼迫する冬に新型コロナウイルスの第2波が来た場合、どれぐらい被害が拡大するのか、ロンドンで暮らす筆者は想像しただけでめまいを覚えます。

自動車生産台数も過去20年で最高だった2016年の172万台から118万台に激減。日産自動車は「合意のないままEUを離脱し域外関税がかかったらイギリスの工場を維持できなくなる」と悲鳴を上げています。

イギリスの大学と製薬大手が世界の先頭を走る新型コロナウイルス用のワクチンや、特効薬の開発に成功すれば状況は一変するとは言うものの、香港国家安全法を巡って英中間の緊張が高まっています。

ファーウェイの5G部分参入を見直し

香港国家安全法導入を強行する中国に対してジョンソン首相は香港市民285万人を対象に英国民(海外)旅券のビザ発給権を拡大、市民権の付与まで視野に入れています。

さらに中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入について今年1月に決めたばかりの限定容認方針を撤回し、3年以内に排除する考えを明らかにしています。

これに対して中国はイギリスでの原発計画から撤退すると脅しています。情報隠しや偽情報の拡散など、新型コロナウイルスの対応についてイギリスは中国への不信感を強めています。

採算がとれず日系企業が撤退した原発計画はともかく、5G市場では日系企業が食い込む余地が出てきます。イギリスは韓国とはすでにEU離脱後をにらみFTAを結んでいます。日本も遅れをとるわけにいきません。

日英FTAの狙い

日英間の貿易量をみると日英FTAに経済的なメリットがそれほどあるとは思えませんが、政治・外交的なメリットは非常に大きいと言えるでしょう。

米大統領選ではコロナ対策の遅れ、白人警察官による黒人男性暴行死事件の対応への反発からドナルド・トランプ米大統領は民主党候補のジョー・バイデン前副大統領に対して劣勢に立たされています。

バイデン大統領が誕生したらアメリカがTPPに復帰する可能性が出てきます。

安倍晋三首相はイギリスのTPP11参加を手助けし、日米英豪で中国に対する、自由と民主主義、法の支配、人権の包囲網を構築する布石にする必要があります。

日本の国益はTPPを通じて日米英豪の連携を強め、中国に国際ルールを守らせることにあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事