「70歳定年法」人生100年到来を踏まえ、雇用の在り方や賃金体系にバージョンアップが求められる
70歳定年法
2020(令和2)年2月4日に、70歳までの就業機会確保への努力義務を課す高年齢者雇用安定法の改正案、通称「70歳定年法」が閣議で決定された。我が国では少子高齢化による労働人口の減少に歯止めがかからず、政府は働き方改革を推進することで、企業の生産性向上を促している。今後、高齢者の雇用においても様々な変化が起きてくるだろう。
高齢者雇用の規定に関しては、「高年齢者雇用安定法」で定められている。同法第1条では、「定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もって高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする」としている。
人生100年を踏まえた生き方
日本は人生100年時代を迎えている。かつて「金の卵」と称された高度経済成長期の若者が、いまや半世紀を経て豊かな知識と経験を持つ高齢世代となった。2020(令和2)年厚生労働白書によると、1989(平成元)年では、65歳の人が90歳まで生きる確率は男性で22%、女性では46%と推計されていた。だが、2040(令和22)年の推計では男性42%、女性68%と算出した。さらに、女性の2割が100歳まで生きるとされている。
健康寿命は、2001(平成13)年と比べ2016(平成28)年では、男性が69.4歳から72.14歳に、女性は72.65歳から74.79歳まで延伸している。それによって、各ライフステージに応じてどのような働き方を選択するか、就労以外の学びや社会参加などをどのように組み合わせていくか、といった生き方そのものの選択がせまられている。
平均寿命とともに健康寿命も延伸するなかで、大幅に高齢者の就業率も上昇している。1989(平成元)年から2018(平成30)年の30年間で、かつて60~64歳高齢者の就業率は52.3%であったのが 70.3%に、65~69歳高齢者は37.3%から48.4%に増えている。厚生労働省(2021)「高齢社会白書」によると、働いている60歳以上の 9割が70歳以上まで働きたいと答えている。
同白書では、60歳以上の収入のある仕事をしている人は 4割近くであることを明らかとし、就業している人は就業していない人に比べて、経済的に安心して暮らしている割合や、生きがいを感じている割合が高い。
一方で、現在収入のある仕事をしていない人の9割が今後働くつもりはないと答えていることを報告している。就業しない理由として体力面の不安を挙げている人が増えている。そして、高齢者の就業を広げていくためには、就業意欲の掘り起こしとともに、収入の確保にこだわらず、個人の事情に合わせて参加可能な多様な就業機会の提供も重要であることも指摘している。
働く意欲のある高齢者の活躍
人口動態の変化を背景に、経済社会の活力を維持するために、働く意欲がある高年齢者が活躍できる環境が整備されてきた。2013(平成25)年4月には、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、65歳まで働ける仕組みの義務化に対応された。
確かに、定年延長は企業側にとっては、安定した労働力の確保に加え、人材育成のコストを抑えつつ、経験の豊富な従業員を雇用できる。従業員にとっても、継続的な社会参加によって働く意欲につながるだろう。
だがデメリットもある。年功序列的な賃金体系の場合は、人件費が増加する。同一労働同一賃金の原則を基準に考えた場合に、年齢的要素ではなく能力や職務に応じた賃金制度への見直しを検討する必要がでてくる。また、定年が遅くなることは、新卒採用および中途採用を問わず、新規の人員確保が困難になることを意味する。言い換えれば、組織の若返りが難しくなる。従業員にとっては、定年延長で賃金が低くなる可能性があるなかで、加齢によって健康と仕事の両立が難しくなり、自分の身体と気持ちに折り合いをつけるために、稼働時間や雇用形態の定期的な見直しが求められてくるだろう。
このような法改正による長寿化を意識した雇用制度の見直しが求められてくるなかで、2020(令和2)年2月には、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が、「65歳超雇用推進事例集2020」を公表した。当該支援機構では、2013(平成25)年4月に施行された高年齢者雇用安定法の改正に対応し、65歳を超えた雇用制度の導入手順を解説した「65歳超雇用推進マニュアル」や、制度を導入している先進企業の事例を「65歳超雇用推進事例集」で紹介してきた。
昨年2021(令和3)年4月の高年齢者雇用安定法の改正では、65歳までの雇用確保から70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となった。この改正によって、高齢者雇用を3階建てでとらえた場合、1階部分は60歳定年とする現役世代、2階部分は65歳までの雇用機会確保義務、そして今回の70歳就業機会の確保として3階部分ができた。
就業選択の多様化
2013(平成25)年法改正と2021(令和3)年の法改正では何が異なるのだろうか。2013(平成25)年では、雇用確保措置として「65歳までの定年延長」「定年廃止」「65歳までの再雇用」がすべての企業に義務づけられていた。一方、2021(令和3)年では、「定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主」「65歳までの継続雇用制度を導入している事業主」に対して、努力義務となる上限年齢が変わり、雇用の選択肢が増えた。
まず、「70歳までの定年引上げ」「定年制の廃止」「70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入」となり、65歳までの雇用確保措置と同じ内容が並んでいる。だが、継続雇用制度については、対象範囲が拡大した。2013(平成25)年の法改正では、継続雇用を行う事業主は、定年前に雇用されていた自社しくは、自社と人的資本的機関係があるグループ企業とされていたが、65歳以降は、これら関係が存在しない他の事業主で雇用される場合でも、就業機会の確保措置が講じられたとされることとなった。
そこに「創業支援等措置」とされる「70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入」もしくは「70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入」が新たに加わった。「70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入」においては、「a.事業主が自ら実施する社会貢献事業」か、「b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」のいずれかの措置を講じることを義務づけている。
法改正の背景には、65歳以降の就業について、多様な働き方が求められ、収入の確保にこだわらず、個人の事情に合わせて参加可能な多様な就業機会の提供に応えようとしていることが伺われる。また一律に雇用とすることは企業の大きな負担にもなることから、このような選択肢が設けられている。
新しい時代に対応したバージョンアップ
多くの企業の高齢者雇用の仕組みは、60歳定年制を前提に設計されてきた。だが、人生100年時代を迎え、定年自体が65歳に延長され、さらには70歳までの就業を確保しなければならない時代が到来してきた。そこには、自ずと人件費が増加する。いまや同一賃金同一労働が適用されることから、今後、処遇や賃金巡る紛争が増え、その対応が急務となるだろう。こうした変化を受け、雇用の在り方や賃金体系など新しい時代に対応したバージョンアップが求められている。