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小惑星探査機OSIRIS-REx、初のサンプル採取へ。候補地選定に「はやぶさ2」が協力

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
(C) NASA/Goddard/University of Arizona

NASA・アリゾナ州立大学による小惑星探査機「OSIRIS-REx(オサイリス・レックス)」は、2020年10月20日に小惑星ベンヌから最初のサンプル採取を行う。候補地の選定には、協力関係にあるJAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」のデータが役立っていた。はやぶさ2が探査した小惑星リュウグウと小惑星ベンヌは同じ炭素を含む物質で構成され、形状などもよく似ているが、両者の違いも明らかになってきた。

小惑星探査機オサイリス・レックスは、NASAとアリゾナ州立大学による小惑星探査、サンプルリターン計画。2016年9月に打ち上げられ、2018年12月に小惑星ベンヌに到着。2020年にベンヌの表面から物質を採取し、2023年9月に地球に帰還する予定となっている。小惑星ベンヌと小惑星リュウグウはどちらも炭素を含む物質でできており、そろばん珠型やダイヤモンド型と言われるよく似た形状をしている。同時期に同じ炭素質の小惑星を探査することから、小惑星探査機はやぶさ2のプロジェクトと協力関係にあり、はやぶさ2が2020年12月に持ち帰る予定のリュウグウのサンプルとベンヌのサンプルを交換して研究することになっている。

小惑星ベンヌの観測から作られた物質マップ。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona
小惑星ベンヌの観測から作られた物質マップ。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona

オサイリス・レックスによる最初のサンプル採取は10月20日に行われる予定だ。最も重要なミッションを前にした10月8日、米科学誌サイエンスとその姉妹誌にこれまでの観測から明らかになった小惑星ベンヌの「素性」に関する論文6篇が掲載された。ベンヌ全体に水が関連する鉱物「フィロシリケート(層状ケイ酸塩)」が存在しているといい、ベンヌからサンプルを採取する候補サイトには、太陽光の影響で表面の物質が変化する「宇宙風化」の影響が他の場所よりも少ないとみられる場所が選ばれた。比較的フレッシュで変質の少ない、フィロシリケートを含むサンプルを得られると期待されている。

OSIRIS-RExが小惑星ベンヌの表面で撮影した炭素質の物質を含む岩石。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona
OSIRIS-RExが小惑星ベンヌの表面で撮影した炭素質の物質を含む岩石。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona

ベンヌはリュウグウと同じように小惑星ポラナ、または小惑星オイラリアの衝突、破砕から生まれた小惑星だと考えられており、きょうだいのような関係にあたる。その大本は45億年前の太陽系初期に木星よりも外側にあった水の豊富な微惑星だったと考えられている。リュウグウの元になった天体は、加熱による「脱水」という水を失うプロセスを経ている可能性がある。このことが、同じ炭素質の物質でできた小惑星でありながら、ベンヌのほうがより水の豊富な小惑星になった理由と見られている。同じ母天体から生まれ、やや異なる進化をとげた小惑星ベンヌと小惑星リュウグウ、2つのサンプルを比較することで、地球の水の起源の解明が飛躍的に進むと期待されている。

はやぶさ2と同様に太陽系の歴史を解き明かす期待を背負ったオサイリス・レックスは、できるだけ元の天体の名残をとどめ、太陽光にさらされて変質していない物質を持ち帰るという目標を持っている。オサイリス・レックスのサンプル採取方式は、窒素ガスを噴射して表面の砂を巻き上げ、「TAGSAM」と呼ばれるアームの先端に取り付けられた採取機構に物質を取り込むというもの。地面を掘り起こすような仕組みを持っていないため、オサイリス・レックスは天然に掘り返された穴、隕石衝突によるクレーターから物質を採取することとなった。

OSIRIS-RExが小惑星ベンヌから表面の物質を採取する候補地点「ナイチンゲール」。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona
OSIRIS-RExが小惑星ベンヌから表面の物質を採取する候補地点「ナイチンゲール」。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona

オサイリス・レックスがサンプルを採取する第一候補地点は、ベンヌの北半球にある直径16メートルほどの場所で「ナイチンゲール」と名付けられている。ナイチンゲールサイトは、できてから10万年以内と比較的新しいクレーターの中にある。このクレーターの年代推定に役立ったのが、2019年4月にはやぶさ2が実施した「SCI(衝突装置/インパクター)」による人工クレーター生成実験だった。

SCIによるクレーター生成では、重量も速度もわかっている物体を小惑星の表面に衝突させ、地下の物質を露出させた。SCIの実験で、ベンヌと似ているリュウグウの表面でのクレーターのでき方を観察することができ、クレーターの大きさも判明したことから、オサイリス・レックスの科学者はより確度の高いクレーターの年代推定が可能になった。日米が同時期に小惑星探査とサンプルリターンを行うことで、小惑星の歴史により深く迫ることができる。

リュウグウとよく似たベンヌは、サンプル採取の厳しさの点でもよく似ている。リュウグウの表面にゴツゴツとした岩塊が多く、はやぶさ2のチームを苦しめたのと同様に、オサイリス・レックスもできるだけ平坦で探査機を傷つける懸念の少ない場所を探さなければならなかった。ナイチンゲールサイトはその中でも条件が良く、細かい砂が多い場所と見られている。とはいえ周囲には探査機が衝突する危険のある岩塊がいくつか存在し、そのひとつはJ・R・R・トールキンの『指輪物語』に登場する火山の異名から「Mount Doom(滅びの山)」と呼ばれているという。

オサイリス・レックスは、採取したサンプルの重量を計測する機能を持っている。10月20日の採取でサンプルの重量が目標の60グラムに満たない場合は、バックアップサイトの「オスプレイ」からもサンプル採取を試みる予定となっている。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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