長引く腰痛の救世主?週に1回・40分の「リングフィット」が鎮痛薬より有効との研究が発表
長引く腰痛、つらいですよね。新型コロナの感染拡大後、新たに4人に1人が腰痛を発症しているとの調査結果も出ています(1)。
この4月「腰痛持ちの人に、リングフィットアドベンチャーをやってもらったところ、痛み止めの薬を処方するより、痛みが改善する人が多かった」という研究が発表(2)され、話題になっています。
概要と、研究を行った清水啓介さんへのインタビューは下記の記事にまとまっているので、ぜひご一読を。
任天堂「リングフィット」が腰痛などに効果 論文が学術誌に掲載、研究者「稀有な治療デバイス」 J-CASTニュース2021年05月12日20時24分
リングフィットアドベンチャー(以下、RFA)と言えばご存知、2019年発売で大ヒットした、Nintendo Switch専用フィットネスソフト。リングのようなコントローラーを傾けたり引っ張ったりしつつ、ゲームを進めていくものです。
まあフィットネスをすれば体も鍛えられるだろうし、改善は当たり前じゃない?とも思いますが、論文を読んでみると、ゲームをやったのは「週に1回・40分」だけです。しかもゲームをした人を調べても、「筋肉が増える」などの変化は見られなかったそうです。ではなぜ、痛みが改善したのでしょうか?
興味を持って論文を読んでみたところ、「痛みへの自己効力感」というキーワードが注目されていることが分かりました。実はこれ、長引く痛みのコントロールにとても大事な要素だとして、最近注目されているものなんです。
週に1回・40分の「リングフィット」で腰痛が改善
論文によれば、研究の対象は3か月以上にわたって腰痛に悩み、これまで他の医療機関で治療を受けても改善のなかった40人。参加者たちは20人ずつ2つのグループに分けられ、片方は週に1回、40分間ゲーム(アドベンチャーモード30分+腰痛改善プログラム10分)を、もう一方は、一般的な治療(鎮痛薬の処方)を受けました。
およそ2か月(8週間)続けた後で、それぞれのグループの人に腰痛の状態を報告してもらったところ、鎮痛薬の処方を受けたほうは痛みに変わりがなかったのですが、週に1回RFAをしたグループは、有意に改善していました。
(10段階のVASスコアで7.42→4.81)
ゲームをしたほうが、お薬より良い結果!と言われると、驚きますよね。
先述した通り、RFAをやったのは週に1回、40分だけです。汗を流して気持ちよくはなりそうですが、体を鍛える効果がすごく見込めるかというと疑問もありますよね。実際に研究チームが調べたところ、前後で筋肉量の変化などはなかったそうです。
もちろん体を動かしたことで血行の改善などがあったのかもしれませんし、論文ではRFAにはヨガセッションがあり、そこで呼吸に関するアドバイスが繰り返し行われたことで、リラックス効果が得られ、痛みが軽減された可能性にも言及しています。
とはいえやっぱり、体が鍛えられたわけでもないのに痛みが改善したというのは不思議なことでもあります。その理由のひとつとして研究グループが目を付けたのは、「痛みへの自己効力感」というキーワードでした。
「痛みがあっても○○できる自信」が痛みに与える影響とは
「痛みへの自己効力感」とは、ざっくり言えば「痛みがあっても特定の活動ができるという自信」のことを指します。
たとえば朝起きて、多少の腰痛があったとき。「まあ、そのうち治まるだろうし、大丈夫」と思って仕事を始める人もいます。一方で、「どんどん痛みが強くなるかもしれないし、大事をとろう」と仕事を休む人もいます。後者のほうが「痛みへの自己効力感が低い」状態です。
自己効力感が低いと、痛みを強く感じたり、長引いてしまったりすることが報告されています。メカニズムが完全に分かっているわけではないのですが、日常生活で大事をとりすぎて運動不足になってしまったり、不安がちな考え方が痛みを感じる脳のメカニズムに影響したりするのではないか?と言われています。
先ほどの研究で、週に1回RFAを行ったグループに、この「痛みへの自己効力感」を調べるアンケート調査(PESQ)を行うと、以前と比べて点数が高まっていました(19.71→30.13)。一方でお薬を処方されたグループに変化はありませんでした。
ゲームをすることを通じて「痛みがあっても動ける」という経験をしたり、「痛みがあっても動ける方法はないだろうか?」と試行錯誤をしたりしたことによって、自信がついた(自己効力感が高まった)のではないか?と考えられます。
痛みがあって動けないと思い、不安を抱えている人に「まずは運動してみよう」と働きかけても、なかなか一歩が踏み出せなさそうですよね。でも「楽しい最新のゲームをやってみよう!」という風に言われると、ちょっと心が動くかもしれません。
しかもRFAなどのゲームには、「もっともっと続けたい!」と思わせるような様々な工夫が随所に埋め込まれています。そういった特徴が、腰痛に悩んでいた人に体を動かすことの喜びを思い出させ、自己効力感を高め、ひいては痛みの改善につながったのかもしれません。
薬だけじゃない痛みへの対策 「ゲーム」の可能性
3か月以上長引く痛み、いわゆる「慢性痛」に悩む人は、日本だけで2000万人いるという調査もあります。世にたくさんの鎮痛薬は販売されており、飲み薬や注射、シップなど種類も豊富です。これだけ薬がたくさんあるのに、なんで治療できないの?と不思議に感じてしまいますよね。
最近の研究で、人が痛みを感じる仕組みは複雑で、まだ解明されていないメカニズムがたくさんあることが分かってきました。例えばスポーツに夢中になっているときはそれほど感じない痛みが、休んでいるときには耐えがたく感じられる、なんて経験は誰にでもありますよね。
痛みが長引く背景には、単にどこが傷ついたり炎症が起きていたりなど単純な理由だけではなく、本人の精神状態や痛みの捉え方、さらには環境や周囲の接し方など様々な要素が複雑に絡んでいると考えられています。
もちろん、だからといって薬や手術に意義がないわけではありません。薬や手術、さらにはカウンセリングや周囲の接し方の改善も含め、その人その人で違う痛みの背景を解きほぐすために、多様な手段があることが大事なのです。
その意味で、RFAなどの「エクサゲーミング(体を動かすことを目的としたデジタルゲーム)」が、痛みへの新たな治療の選択肢になりうるという今回の論文の示唆する点は、とても意義があるものだと感じました。
(念のためですが、いま痛みを抱えている人が自己判断でお薬を中断したりすることは危険です。ゲームをやってみようかな?と思った方は、かかりつけの医師など専門家に相談のうえで始めてください)
【備考】
論文の中で、著者たちは任天堂を含むゲーム関連を含む企業からの資金提供などは受けていないと宣言しています。またこの記事である市川衛自身も、執筆にあたって、いかなる関連の企業・組織から金銭的なものを含む利益の提供を受けていません。
【参考文献】
(1)株式会社ヒュノプス プレスリリース
https://min-katsu.com/sleep/24133/
(2)Effects of Nintendo Ring Fit Adventure Exergame on Pain and Psychological Factors in Patients with Chronic Low Back Pain
Games Health J. 2021 Apr 22. doi: 10.1089/g4h.2020.0180.