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ノーベル賞受賞、中国はどう受け止めているのか

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国籍の女性医薬学者・トゥユーユー氏がノーベル賞を受賞した。平和賞受賞の劉暁波が思想犯として投獄されている中、中国政府は今回の受賞をどう受け止めているのか?庶民の反応も含めてご紹介する。

◆「西側の価値観に毒されるな!」

中国のノーベル賞に対するこれまでの基本的な姿勢は「西側の価値観に毒されるな」という「虚勢」に徹底されていた。

筆者は今世紀に入ってから日中韓の先端技術的学問領域における知的潜在力の比較を行うべく調査を実施したことがある。

そのころはまだアメリカ国籍を持つアメリカ在住の華人が「リー・ヤン理論」(パリティ 対称性の破れ。1957)でノーベル物理学賞を受賞したくらいで、中国とノーベル賞は無縁のものだった。

中国で調査をする場合は、まず関係省庁に許可をもらわないといけない。「調査」という言葉を使っただけで「スパイ行為」扱いされるからだ。

そこで科技部(科学技術に関する中央行政省庁)に当たり、調査の主旨を説明したのだが、そのとき科技部関係者の「ノーベル賞に対する中国の姿勢」が強い印象として残っている。彼はつぎのように述べた。

「ノーベル賞は西側的価値観による判断で出されている。中国には中国独自の社会主義的価値観がある。西側の普遍的価値観により受賞が決まるノーベル賞に対して、中国は関心を持っていない」

これは中国の虚勢であるとともに、ノーベル賞の中に「平和賞」があることへの警戒であることが直感された。

案の定、「零八憲章」の起草者として(2008年12月に)当局に身柄を拘束されていた劉暁波が、2010年10月8日に「民主化と人権の促進への貢献」でノーベル平和賞を受賞すると、中国政府は激しく抗議。「ノーベル平和賞は西側の利益の政治的な道具になった。平和賞を利用して中国社会を裂こうとしている」と批判した。

そしてノーベル平和賞に対抗して孔子平和賞を特設し、台湾の親中派の連戦が第一回受賞者となった(日本の鳩山由紀夫氏も候補者として挙がっている)。

◆奇妙だった莫言氏のノーベル文学賞受賞

一方、2012年10月11日、農民作家として知られる莫言がノーベル文学賞を受賞した。莫言氏は中国体制側の要求に沿った執筆活動しかしていない。

このとき、中国の中央テレビ局CCTVがノーベル賞発表会見場に来ており、誰が招待したのかといぶかる声が上がった。

というのは2012年4月、当時の温家宝首相がスウェーデンを訪問し、「環境問題の研究のため」として90 億クローナ(約1000億円)を投資すると発表していたからだ。

西側的価値観による奨であるとしてノーベル賞そのものを否定していた中国が、平和賞受賞者である劉暁波投獄に対する国際世論の批判を埋め合わせるためなのかいう疑問が、一時世界的な噂になったことがある。

このときはCCTVをはじめ、中国のメディアの扱いが異常なほど熱狂的だったこともまた注目すべきだろう。

特に当時、チャイナナイン(中共中央政治局常務委員9人)の中の党内序列ナンバー5だった李長春は莫言に祝電を送っている。李長春は当時、中共中央精神文明建設指導委員会の主任をしていた。つまり「イデオロギー」を管轄する中共中央のトップである。

文学だから、という理由もあろうが、筆者の目には、これもまた奇妙に映った。

◆トゥユーユー氏の受賞に関しては?

今般のトゥユーユー(屠○○、○:口偏に幼)氏のノーベル医学生理学賞の受賞に関しては、チャイナ・セブンの党内序列ナンバー2の李克強首相が中国国家中医薬管理局宛てに祝電を送り、また劉延東国務委員が中国科学協会を通して祝賀の意を表した。

1930年生まれのトゥ氏(84歳)は、漢方薬によく用いられるキク科の植物からマラリアに効く「アルテミシニン」という化合物を発見しており、「マラリアの新規治療法に関する発見」が高く評価されて今般の受賞につながった。

なんといっても、まさに中国の伝統である漢方薬の研究を通してノーベル賞を受賞したということは、たしかに中国にとっては自慢だろう。これぞ「特色ある社会主義国家」の成果であると、絶賛している。

中国は「ノーベル賞など西洋の価値観による賞で、取るに足らない」と虚勢を張り、また「平和賞」に関しては受賞者を投獄するという暴挙に出ていた状況から、「ノーベル賞受賞を礼賛する」姿勢へと少しずつ変わりつつある。

ただ、それも「思想弾圧」を前提としたものであって、「虚勢」が変わったという印象はあまり受けない。

◆賞金にフォーカスを当てている中国のネット

中国の検索サイト「百度(Baidu)」でトゥユーユー氏の受賞に関して検索したところ、自動的にその賞金に関する項目が候補としてリストアップされた。そして「賞金を折半して46万ドル獲得」とある。つまり3人の受賞者のうち、アイルランド人(米国の大学)のウィリアム・キャンベル氏と日本の大村智氏が合わせて半分で、トゥユーユーが残りの半分をもらうという情報である。

中国で生まれ育った筆者としては、中国人の感覚に慣れてはいるものの、さすがにこれには驚いた。いくら「銭に向かって進め!」と「金」に重点を置いて邁進している中国ではあっても、こういうときに「賞金」にフォーカスが当たっているとは……。

もちろん「他国籍の華人」ではなく「中国籍」の「正真正銘の中国人」が受賞したことに対する賞賛は溢れてはいる。しかし中国語で「トゥユーユー」と入力したら、賞金に関する項目が検索候補として上がって来るというのは、それだけ「賞金」に対する関心が強く、その分だけクリック回数が多いことを意味している。

複雑な気持ちで「中国人の受賞」を眺めた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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