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ゴーン被告の「逃げ恥」身柄引き渡しは無理でも日本はレバノンでの訴追求め圧力を

木村正人在英国際ジャーナリスト
再保釈された際のカルロス・ゴーン被告(昨年4月)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]レバノンに逃亡した前日産自動車会長カルロス・ゴーン被告(65)について、東京地検の齋藤隆博次席検事は5日「自らの犯罪に対する刑罰から逃れようとしたにすぎず、その行為が正当化される余地はない」と厳しく批判しました。

これに先立ち、レバノンのアルバート・セルハン法相は共同通信の電話取材に対し「日本とは身柄引き渡しの合意はない」と引き渡しを全面否定する一方で、ゴーン被告が国籍を持つレバノンで刑事訴追される可能性もあるとの見方を示しました。

仏在住ジャーナリストで日仏プレス協会副会長、西川彩奈さんの協力で、国際犯罪の司法手続きや身柄引き渡しに詳しいフランスのウィリアム・ジュリー弁護士にスカイプを通じて今後の展開についてお伺いしました。

――カルロスという名前とレバノンで連想するのは数々の国際テロを首謀したベネズエラ人テロリストのカルロス・ザ・ジャッカル(本名イリイチ・ラミレス・サンチェス、70歳)です

ウィリアム・ジュリー弁護士(本人提供)
ウィリアム・ジュリー弁護士(本人提供)

「カルロス・ザ・ジャッカルはゴーン被告と違って、1994年にスーダン・ハルツームでフランスの秘密情報員に身柄を拘束され、フランスに移送されました」

「参考になるケースがあります。コカインを隠したスーツケース26個が飛行機から見つかり、フランス人パイロット2人がドミニカ共和国で逮捕される事件がありました。彼らはドミニカ共和国で禁錮20年の判決を受けました」

「パイロット2人は、おそらく準軍事組織グループの力を借りてドミニカ共和国から脱出したと見られています。フランス政府は関与を全面否定しましたが、情報機関の協力なしにはできなかったというウワサが立ちました」

「フランスの右派ナショナリスト政党、国民連合(旧国民戦線)の欧州議会議員が国外脱出に関与していたことを認めました。ドミニカ共和国の不公正な司法制度からフランス国民を守る愛国的な行為だったと主張しました」

「パイロット2人はボートでカリブ海のフランス領に逃げた後、航空会社で働いている何者かとの共謀で、一体どこの誰なのかを一切、問われることなく飛行機に乗り込みました。彼らはフランスのパスポート(旅券)を所持していなかったと思います」

「このケースはゴーン被告の事件と共通点があります。パイロット2人はドミニカ共和国の司法制度は公正ではないと訴えて国外に脱出することを正当化し、フランスに逃れました」

「フランス政府は2人をドミニカ共和国に引き渡さないことを再確認しました。このあと2人はフランス国内で起訴され、特別法廷で6年の刑を言い渡されました」

「2人は20年ではなく6年の刑になったため、彼らにとってドミニカ共和国からの脱出は成功だったわけです。おそらく最終的にゴーン被告は訴追に直面するでしょう」

――ゴーン被告はフランス、レバノン、ブラジルの3つの旅券を日本の弁護士に預けていました。2つ目のフランス旅券を持つことは可能なのでしょうか

「確かにそれは可能です。しかし非常にまれです。ビジネスで頻繁に旅行する必要がある場合は2つ目の旅券を申請できます。しかしいつ2つ目を申請したのか非常に興味深いです。もし保釈中に2つ目の旅券を発行していたとしたらフランス政府は説明に窮するでしょう」

――ゴーン被告はどうしてレバノンに逃げたのでしょう

「ゴーン被告は日本への身柄引き渡しから守られることを知っていたからレバノンに行きました。日本とレバノンの間では身柄引き渡し条約は結ばれていませんが、条約を結んでいない国に引き渡されることもあります」

「しかし、フランスでもレバノンでも自国民の身柄を他国に引き渡すことはありません。ゴーン被告は身柄引き渡しから自国民を保護しているレバノンに行ったのです。ゴーン被告はフランスよりも政治的結びつきが強いレバノンを選んだのでしょう」

「2番目の理由はゴーン被告に対する捜査がフランスで進行中だからです。フランスに逃れるのは彼にとって良い選択ではなかったと思います。もしフランスに来ていれば2つの事件で起訴されていた可能性があります」

――レバノンはすでに国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)からゴーン被告の身柄拘束を求める「国際逮捕手配書(赤手配書)」を受け取りました

「レバノンはICPOの規則を順守しなければならないので赤手配書に基づく手続きを進めるでしょう。少なくともゴーン被告から事情聴取しなければなりません。それから身柄引き渡しには応じないのでゴーン被告の逮捕には関心がないことをICPOに通知する必要があります」

「私はレバノンで同国とフランスの二重国籍者のケースでこれを経験したことがあります。事情聴取されただけで、何も起こりませんでした。ゴーン被告は最終的に赤手配書を取り除こうとするでしょう」

「ゴーン被告は”灯りを消して眠ることを許されなかった””取り調べに弁護士の立ち会いが認められなかった”と主張しています」

「もし私がゴーン被告なら、日本の司法制度に対する不満や、人権と基本的自由の保護のための条約(欧州人権条約)の拷問・非人道的待遇または刑罰の禁止(3条)や公正公開の審理と裁判を受ける権利と無罪の推定(6条)違反を主張します」

――身柄引き渡しが難しいなら日本に他に打つ手はありますか

「2つの多国間条約があります。国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)と国連腐敗防止条約です。もし私が日本の当局に助言するなら、レバノンに国際的な規制を順守するよう求めるでしょう。日本もレバノンもこれらの2つの条約に署名しています」

「日本の身柄引き渡し要請に対してレバノンがノーと言った場合、レバノンで起訴しなければなりません。条約には共通の捜査チームの構築、捜索令状の支援、資産の特定、押収命令、証人の聴取など国際捜査共助に関する非常に具体的な取り決めが含まれています」

「レバノン政府は要請に応じなければならないことを条約は示唆しています。フランスでの捜査は、腐敗に関するルノーの株主の申し立てに基づいて開始されました。ゴーン被告は巨額の資金を動かしていたので、携帯電話だけではできないでしょう」

「今回の事件では複数の企業が使われ、様々な国の多くの人物が関与しています。ある会社はレバノンに拠点を置き、オマーンやサウジアラビアへの資金の動きもあったという記事を読んだ覚えがあります」

「日本政府はレバノン政府に対して“犯罪を構成する行為のいくつかがあなたの国で行われたので、私たちの捜査に協力しなければならない”と伝えることができます。私ならその方向で働きます。身柄引き渡しではなく、国際捜査共助の圧力をかけ、進行中の捜査を行います」

「日本政府がどれほどレバノン政府に政治的な圧力をかけられるのかは分かりません。中国とレバノンのビジネス上の関係が非常に強いことは知っていますが、日本については知りません」

「緊急の場合、パレルモ条約に基づき日本政府はゴーン被告の投獄を求めることができます。結果的に成功しなくても、少なくともレバノン政府に圧力をかけ、行動を促すことができます」

――トルコの検察当局はゴーン被告が民間機で非合法にトルコに入出国したとしてジェット機2機のパイロット4人と、ジェット機の運航会社幹部1人を逮捕しました

「最初の疑問はトルコ当局が今回の脱出劇について知っていたかどうかです。知らなかったら驚くでしょう。彼らがこれを認めないとしてもね。ゴーン被告に関して容疑があれば、トルコはゴーン被告から事情を聴きたいと言うことができます」

「この事件に関する誰もが外交的なレベルでこの事件を利用しようとするだろうと推察します」

――ゴーン被告の今後の戦略は

「ゴーン被告は2つの反撃方法を持っています。1つは日本の司法制度と適正手続を批判することです。これで身柄の引き渡しとICPOの赤手配書を完全に退けることができるでしょう。第2に、訴追は政治的動機に基づいて行われたと主張し、国益問題と結び付けることです」

(おわり)

取材協力:西川彩奈(にしかわ・あやな)

仏在住ジャーナリストで日仏プレス協会副会長。1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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