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あなたの想い込みが 怪異を引き寄せる そんな経験ないですか? 落合正幸 映画監督/脚本家

落合正幸映像作家

恐怖の図鑑「囚われる恐怖」 岡本綺堂『影を踏まれた女』より

一つのことが頭から離れなくなり、繰り返し巡ることはありませんか?
同じ曲が、頭の中で何度も流れたり、今日のラッキーカラーが黄色と聴いてしまったら、その日一日、黄色いものばかりが目についたり。
そんな、偏執的な精神状態が、自身を闇に引き込む恐怖を描いているのが、岡本綺堂作、『影を踏まれた女』。この作品を例に、人が創り上げる内面の狂気について考えます。
影には、人格や魂が宿っていると思われていた時代の話。
主人公の、おせきは、影を踏まれると寿命が縮むと信じて疑わない純真な女性でした。
ある、大きな月が輝く夜、おせきが帰り道を急いでいると、幼い男の子たちの集団に出くわします。その男の子たちは、『影踏み遊び』をしていました。互いの影を踏みあって、踏んだ回数を競う、当時、流行っていたゲームです。
おせきは警戒しながら、その子たちから逸れて過ごそうとしましたが、おせきの影は、彼らの、格好の遊び材料となってしまいます。男の子たちは、影を踏まれまいと逃げ惑うおせきに構うことなく、彼女の影を、前後左右から思うままに踏みつける。おせきは、その衝撃に震える。
その日を境に、おせきは、自分の影を見ることすら怖くなり、部屋から出なくなります。
不安が不安を育てる日々、一年が過ぎると、おせきは痩せさらばえ、衰弱していました。
しかし、そんなおせきを、かわいそうに思う男性がいました。彼は、おせきを散歩に出ないかと誘います。すると、おせきは、それを受けました。おせきの心は、その青年によって救われたのでしょうか。
満月が照らす道を、肩を並べて歩く二人は幸せそうに映りました。
そこに、影踏み遊びの男の子たちが駆け寄って来ます。しかし、勢い込んで来た彼らは、足を止めます。そして、「お化けだ! お化けだ!」と、口々に叫んで逃げて行きました。
彼らは、おせきの影に怯えたのです。おせきの影は、人の形を失った化け物でした。
これが、おせきが恐れていた事だったのか。それとも、おせきの恐怖心が、世界を怪奇に造り変えてしまったのか。
東雅夫さんは、この恐怖をこう解読します。
満月・人の影にまつわる都市伝説・あどけない子供の遊び。それぞれの妖しさが掛け合わさって、潜在的な不安を読者から引き出す事に成功していると。
幼い頃、誰もが、闇に恐ろしい何かが潜んでいると考えたことでしょう。でも、成長に伴って、物事を論理的に捉えるようになり、不安は解消されたはずです。経験に無い事態に接しても、知識と知恵で把握できると学んだから。しかし、それが、人間特有の恐怖を生んでいます。何事にも答えがあると信じている人間の脳に、ひと度、理解不能の警告ランプが灯れば、自ら自身を、恐怖の底に引き摺り込むのです。人間は、人の理解が及ぶことなど、この世には僅かしかないということも、知っているはずなのに。

映像作家

日常に潜む不安を扱った、『世にも奇妙な物語』など、テレビ・映画で、恐怖を追求する作品を多く演出。アメリカ映画、『シャッター』を監督した折、固有の文化と歴史による恐怖感覚の違いを実感する。

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