優秀な学生を簡単に見つける方法
先月、とても優秀な学生(大学院生)が大勢いる場に出くわした。北九州市で開催された電子情報通信学会集積回路専門委員会主催の「LSIとシステムのワークショップ」において日本の半導体産業を議論する場に来ていた学生たちだ。
今回のテーマは、従来の研究開発の技術テーマとは違い、日本の半導体産業を強くするためのアイデアをさまざまな見地から議論するものであった。回路や半導体を実際に研究していない私がお話しさせていただいたテーマは「世界市場奪還を睨んだVLSI研究開発戦略」であった。ここでは世界の勝ち組がどのようにして成功したか、これまで世界のさまざまな企業の技術やビジネス戦略を取材してきたことから見えてくる世界をお話しした。他には、東京大学の藤本隆宏教授がモノづくりに対するご意見や、一橋大学でイノベーション研究センター長をされている延岡健太郎教授が半導体産業を見る立場から講演された。
ポスターセッションでは大学の発表が多い。学生たちが自分の研究を大きな紙(ポスター)に描き、講演会場外のホールで紹介するのであるが、自分の研究のイントロを数百名の聴衆の前で1分間だけ発表した。この発表が優秀な学生を見つけるのに絶好の機会となっている。
この1分間のプレゼンを見ていると素晴らしい学生たちが実に多い。ここには人事権を持たない研究開発マネージャーがシンポジウム参加者として来ている。これは実にもったいない。大手企業はこういった学生に目星を付けておけば、優秀な学生を好きなだけ採用できる。こういった機会に優秀な学生を探している企業の人事権を持つマネージャーが来て、目星を付けた学生とじっくり話をすればよいではないか。
米国では1980年代からそういったリクルーティング活動を行われていた。半導体のオリンピックと言われるISSCC(国際固体回路会議)やIEDM(国際電子デバイス会議)に行くと、リクルーティングしている光景をよく目にした。素晴らしい講演をした学生が発表を終えると、企業の研究開発部長はスタスタと近づき、「今晩、一緒に食事をしないか?」、「明日のランチはどうですか?」と誘っている。一緒に飯を食いながら1時間も話をすれば、学生の研究状況、生活状況、家族状況、将来の希望など企業が知りたいことはほぼ把握できる。学生も企業がどのような研究に力を入れているのかがわかる。
やがて、こういった採用活動が派手になり国際会議で目に余るようになった。IEDMやISSCCでは「アカデミックなコンファレンスだからリクルーティング活動を自粛するように」という張り紙を見かけるようになった。しかし、それでも「後で一緒に食事しよう」と誘っている企業人は後を絶たなかった。コンファレンスの主催者側が自粛を呼びかけても事実上、採用活動は行われていた。
ところが、日本ではこういった活動をいまだにほとんど見かけない。理由の一つは、大企業の人事権は「人事部」が握っているからだ。人事部などではセクショナリズムが強く、実際の現場の長に採用権を持たせていない企業が多い。こういった話をある外資系企業の方にお話ししたら、そのようなシンポジウムにぜひ行きたい、紹介してほしいと言われた。優秀な人材の採用はいつも悩みの種だからである。企業が中途採用などで一人採用するのにかかる経費は200~300万円にも及ぶ。
こういった企業の採用活動は、学生側にとってもメリットが大きい。就職活動に注力しなくて済み、自分の研究に没頭できるからだ。
今のところ、エレクトロニクスの世界で、学生に1分間のプレゼンの機会を与えているシンポジウムは、この電子情報通信学会の「LSIとシステムのワークショップ」と、STARC(半導体理工学研究センター)主催の「STARCシンポジウム」の2件は間違いない。この2件とも学生に1分間のプレゼンの機会を与え、さらにポスターセッションを設けている。ポスターセッションで学生と会話することもできるが、競争会社も来ているだろうから、やはり場所を変えてじっくり話を聞けばよい。
「LSIとシステムのワークショップ」運営委員会のメンバーやSTARCとこの話をしてみたところ、どちらもこの提案に賛同している。問題は、このコンファレンスに来られる研究開発部門の責任者に人事権がないことだ。彼らが採用を決める裁量を企業側が与えられるだろうか。優秀な学生を採用するためにも企業の変革が迫られている。
(2013/06/06)