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「こいつ売国運動に必死やな」国際芸術祭の慰安婦像が引き起こした集団ヒステリー 表現の自由vs嫌悪

木村正人在英国際ジャーナリスト
韓国・臨津閣に設置された慰安婦像(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」

[ロンドン発]愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」では元従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」などを展示する企画展に約1400件もの抗議や電話が殺到し、開幕わずか3日間で打ち切られました。

「撤去しなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する」と、死者35人を出した京都アニメーション放火事件を想起させるファクスも送信されてきたそうです。

実行委員会会長の大村秀章知事は5日の定例記者会見で「ガソリンを散布する」との脅迫メールが新たに送りつけられてきたことを明らかにしました。

一方、米南部テキサス州エルパソや中西部オハイオ州デートンの繁華街で週末の3日と4日にそれぞれ銃の乱射事件が起き、29人が死亡、53人が負傷。デートンでは容疑者の男が警察官に射殺されました。

エルパソで逮捕された21歳の男は「ヒスパニックによるテキサスへの侵略」を非難する文書をオンラインに投稿していたとみられています。

ロンドンでは4日、美術館テート・モダン10階展望台から17歳の少年が6歳の男児を投げ落としたとして逮捕されました。男児は重体ですが、容体は安定しているそうです。

どうしてこんな異様な事件や出来事が日米英3カ国で同時多発的に起きるのでしょう。共通しているのは「嫌悪(ヘイト)」、その背後にある「格差拡大」、アイデンティティーの分断を利用する「政治」だと筆者は思います。

キーワードは分断

銃乱射事件はもはや米国社会の慢性疾患と言える状況です。米誌マザー・ジョーンズが公表している統計によると、今年に入って起きた銃乱射事件はすでに7件、死者57人、負傷者76人。

1982年以降では114件、死者932人、負傷者1406人。事前にメンタルヘルスの兆候があったのは58件(50.9%)です。銃規制を強化すれば被害者数は抑えられても、日本のように自動車や刃物、ガソリンを使った無差別殺傷事件が増えるだけかもしれません。

米国では「白人至上主義」を漂わせるドナルド・トランプ米大統領が「Squad(分隊)」と呼ばれる民主党のマイノリティー出身の女性下院議員4人を念頭に「米国にいて幸せでないなら、この国を出て行け」と言い放ちました。

トランプ大統領は16年の大統領選でイスラム教徒の米国入国禁止を呼びかける一方で、メキシコ系移民を犯罪者やレイプ犯人と決めつける差別発言を行い、メキシコ国境に壁を建設しようとしています。アイデンティティーと分断、壁がキーワードです。

帝国のノスタルジー

英国のボリス・ジョンソン新首相は昨年8月、保守系英紙デーリー・テレグラフに、イスラム教徒の女性が全身を覆い隠す民族衣装「ブルカ」を「郵便ポスト」「銀行強盗」と比べ、大問題になりました。

ジョンソン首相はそれ以外にも大英帝国ノスタルジーを煽る発言を繰り返しています。

日本と韓国の間にある歴史問題が元徴用工問題や日本の対韓輸出規制強化をきっかけに改めて燃え上がり、日韓関係は国交正常化以来、最悪の状態に陥っています。

「あいちトリエンナーレ」の「平和の少女像」問題では、河村たかし市長は「最低限の規制は必要」と述べました。

個人間でも、国家間でもいったん謝罪を受け入れて和解したら蒸し返さないのが礼儀ですが、日韓の場合はそうではないようです。韓国の前進的左派と日本の右派が全面衝突し、戦後70年間の和解のプロセスが台無しになってしまいました。

世界中で「分断」が広がり「嫌悪」が渦巻く

『永遠の0』や『日本国紀』で知られる日本のベストセラー作家、百田尚樹氏は7月31日「なんで芸術祭に慰安婦少女像が?あ、芸術監督が津田大介氏か…。こいつ、ほんまに売国運動に必死やな」とツイート。

百田氏は京アニ放火事件の際は「京都の事件はひどすぎるやろ。あんまりや。犯人は死刑じゃ足りない」とツイートしています。百田氏のフォロワーは37万人強もいるので影響力は絶大です。

どうして日本だけでなく世界中でこんなに「分断」が広がり「嫌悪」が渦巻くようになってしまったのでしょう。グローバル化とデジタル化で格差が拡大し、大勢の人が「勝ち組」から「負け組」に転落してしまったからです。

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日本はグローバル化と金融バブルの崩壊で完全に「勝ち組」国家から「負け組」国家に転落してしまい「失われた世代」が生まれてしまいました。

「負け組」国家から「勝ち組」国家になった韓国では過当競争のため国内に大量の「負け組」が発生。「勝ち組」国家とみられていた米国や英国でも「勝ち組」から「負け組」への転落者が生まれていました。

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日本と米国の所得分布を見ても低所得者に偏っていることが一目瞭然です。

政治やメディアは「歴史の分断」「人種や民族の分断」「社会の分断」を利用してはいけません。分断を煽るのではなく和らげるのが政治やメディアの仕事だからです。

利用すれば制御不能となってブーメランのように戻ってきて国家を破綻させてしまう恐れがあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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