「被害を訴えてもカウントされない実態の調査を」 性犯罪刑法の改正から1年半、現場の実感は?
110年ぶりの大幅な改正となった昨年の性犯罪刑法から約1年半。改正による変化はあるのか。11月21日に衆議院議員会館で行われた院内集会で、性暴力救援センターの担当者らが現場からの実感を語った。
■改正前、213件の相談事例中、逮捕に至ったのは16件
「(子どもに性虐待を行った親や養親など)監護人が逮捕されていること。これはいいこと、画期的だと思います」
そう話したのは、性暴力救援センター・大阪SACHICOの加藤治子さん。昨年の刑法改正では、新たに「監護者性交等罪」が創設された。これにより、親や養親など、子どもを監護する立場の大人が子どもに対して性交やわいせつ行為を行った場合、13歳以上であっても暴行・脅迫の有無にかかわらず罪に問われることとなった。
これまでは家庭内の性虐待でも「暴行・脅迫要件」の壁に阻まれるなどして、逮捕に至らない事例が多かった。SACHICOでは、2010年からの8年間で213件の家庭内性虐待の相談を受けたが、そのうち逮捕に至ったのはわずか16件(7.5%)。しかし改正後、目に見えて逮捕に至る事例が増えたという。
「今年の4月から10月の7カ月間で、56件の相談があり、そのうちの10件、17.9%がすでに逮捕されています。かなり早く、逮捕に至っていると思います」
逮捕後に起訴に至ったかまでは確認できていないが、これまでは被害届が受理されないケースも多かったことから「今までにない動きが起こっていることを感じている」という。「暴行・脅迫要件(13歳以上)」のハードルの高さを感じさせるエピソードと感じる。
一方で、捜査を優先させるために、被害者である子どもへのケアが後回しになっている状況について警鐘を鳴らした。
「(親や養親である)加害者に(捜査を)勘付かれてはいけないので、(子どもからの訴えがあった時点で)子どもの保護ができないことや、司法面接が優先され診察が後回しになっているケースもある。今後は、司法面接と被害者の回復を並行して行えるような、本格的なレイプクライシスセンター(性被害救援センター)で対応していくことが大切」
SACHICOがこれまで相談を受けた1991人の被害当事者のうち、約60%にあたる1091人が未成年。子どもの性被害が多いことを強調した。
■警察で「被害届を出さない」の念書
刑法は改正されたものの、「残された課題はたくさんある」と話したのは、性暴力救援センター東京(SARC東京)の田辺久子さん。
刑法改正後の警察の対応として、「被害者が警察へ相談する際に、(SARC東京などの)支援員の同席を認める場合もあるが、警察署によって対応にばらつきがある」などと語った。改正は「被害届の受理や認知件数の増加にはつながっていない」実感があるといい、
「(被害者が)『暴行・脅迫の構成要件に当てはまらない』という理由で事件化できないと説明されたりするようになった。また、被害相談に行くと『事件性はない』と言われ『被害届を出さない』という念書を書かされるなどの新たな二次被害も起こっている」
平成29年の強制性交等罪の認知件数は1109件。しかし、被害届を受理されなければ認知件数にはカウントされない。筆者も、事件から2日後に交番を訪れた被害者が「犯人の顔を覚えておらず、(DNAなどの)証拠採取もしていないなら捕まらないだろう」と言われたケースなど、被害届を出せなかった事例を複数聞いたことがある。院内集会でSARC東京が行った提案のひとつ、「被害申告が認知件数になっていない実態の調査」の必要性は強く感じる。
■障害者の性被害リスク、知って
「2047年までに性暴力をゼロにする」をビジョンに掲げる特定非営利活動法人しあわせなみだの代表、中野宏美さんは、障害者の性被害の実態について、手話を使いながら報告した。中野さんらが行った発達障害当事者へのアンケートによれば、32人中23人が何らかの性暴力を経験。そのうち11人は複数の性暴力を経験していたという。
発達障害が性暴力被害のリスクを高める可能性が考えられることから、しあわせなみだでは「刑法性犯罪に、障害者の概念を入れてほしい」と提案。具体的には、「被害者が障害児者であることに乗じた性犯罪」の創設、それが難しい場合は、被害者が障害者であることをもって「準強制性交等罪」や「準強制わいせつ罪」を適用することなどを求めた。
海外で、身体障害者に対する性犯罪規定を設けている国は、フランス、ドイツ、韓国、アメリカの複数の州など。発達障害については、米・カリフォルニア州やドイツなどで規定がある。
今夏、イギリスの性犯罪被害者支援を取材した際、現地のソーシャルワーカーが「最も狙われやすいのは障害を持つ人」と話したのが印象的だった。日本ではまだ、障害者の性被害について、ようやく知られ始めたところかもしれない。性犯罪は、社会的に弱い立場の人が狙われやすい犯罪であることの周知も必要だ。
■被害者が被害を訴えやすい社会に
昨年の刑法改正にはさらなる見直しを行うかを検討する附帯決議がついた。被害者団体や支援団体が「残された課題」と位置づけているのは、次の点。
(1)暴行・脅迫要件の撤廃
(2)性交同意年齢の引き上げ
(3)配偶者間の「強制性交等罪」についての明文化
(4)公訴時効の撤廃もしくは停止
(5)地位関係性を利用した性行為の処罰規定の対象拡大
(6)強制性交等罪の対象の拡大
それぞれの点について欧州など先進国では、日本よりも細かな規定が設けられるなどしている。昨年の刑法改正は一般に「厳罰化」と表現されるが、先進国と比べれば「適正化」とも言い難い状況がある。被害者団体などが求めているのは、加害者をより厳しい量刑にかけろということではなく、被害者が被害を訴えられず、加害者が罪を免れている現状を少しでも改善するための施策だ。
院内集会の冒頭では、ヒューマン・ライツ・ナウの伊藤和子弁護士が性犯罪刑法の各国比較を紹介。性暴力の被害当事者を中心とした当事者団体、一般社団法人Springが作成した「見直そう!刑法性犯罪~性被害当事者の視点から~」では、10カ国の性犯罪刑法を比較した頁もある。これについては別記事にまとめたい。