ヒムナスティックの試合と鈴木大輔の言葉からはかる「スペイン2部」の戦術レベル
日本代表MF井手口陽介のクルトゥラル・レオネッサへの加入(リーズからのローン移籍)が発表されたことで再び日本でも注目されている「スペイン2部」とはどういうリーグ、レベルなのか。
それを探るべく、現在ラ・リーガ1|2|3(スペイン2部リーグ)のヒムナスティック・タラゴナ(以下、ナスティック)でプレーする鈴木大輔の試合とコメント、試合映像のキャプチャー画像(※)を用いながら戦術的駆け引きを読み解きたい。
※使用するキャプチャー画像は全て筆者が契約アカウントを保有するスカウティングシステム「Wyscout」で提供されている映像のもの。
対象とするゲームは、1月6日(土)に行われたラージョ・バジェカーノ対ヒムナスティック・タラゴナの第21節。4日から10日までスペインで活動していた筆者は、現地で取材を行った。試合は降格圏(下位4チーム/19〜22位)からは抜け出たものの20節を終えた時点で18位に位置するナスティックが、敵地でプレーオフ圏内(3〜6位)の4位に付けるラージョに2−3で勝利した。
開始4分にマイケル・メサのゴールで幸先よく先制したナスティックながら、2度追いつかれた中でアディショナルタイムの94分にエース、バレイロがこの日2点目となる勝ち越しゴールを決めて劇的勝利をおさめた。
試合後、「苦しい試合でした」と鈴木大輔が話したように、ラージョがボール支配率(65%対35%)、シュート数(31本対10本)共に圧倒した内容ながら、ナスティックは鈴木を中心としたソリッドな守備組織でリズムを作り、少ない決定機をものにして金星を奪った。
まずは両チームの先発フォーメーションから確認。ホームのラージョは中盤がひし形の1−4−4−2。試合前のインサート図では1−4−1−4−1ながら、実際にはデ・トーマス(22番)、エムバルバ(11番)が2トップ、トレホ(8番)がトップ下という配置だった。
一方、アウエイのナスティックは1−4−2−3−1、鈴木大輔はこのインサート図とは逆の左センターバックでの出場だった。
上の画像はキックオフ直後の実際のピッチ上での選手の配置。白のラージョの中盤がひし形ゆえに、中央に選手が集結し、サイドにスペースが空いている特徴がはっきりと出ているのがわかる。
試合後、鈴木大輔にラージョのシステムと選手の配置からナスティックの両サイドバックがフリーになりやすいかみ合わせについて質問したところ、ナスティックのゲームプランを次のように説明してくれた。
「(ラージョは)ひし形の4−4−2で前からはめてくるというところで、相手のインサイドハーフが絞り気味になったところを上手く(ナスティックの)サイドバックにつける、自分たちのサイドハーフと相手のサイドバックが1対1になっているところを上手く利用するという狙いでした」
その上で、開始4分の先制点は「得点は狙い通り」と鈴木は振り返る。
得点は、ナスティックが右から左へ素早く、大きなサイドチェンジを実行したことで左SHモレンテ(20番)とラージョの右SBバイアーノ(14番)が1対1となり、中にカットインのドリブルを仕掛けたモレンテからの横パスをフリーで受けたトップ下のメサ(14番)がエリア手前からミドルシュートを決めた形。
ただ、上の画像の通りモレンテが左サイドで相手SBと1対1になった局面で、ナスティックの左SBアブラハム(22番)がスプリントをかけてモレンテを追い越す動きを入れている。ここで「2対1」の状況が生まれことが得点につながった。見ての通り、モレンテの中への仕掛けに対するマークが一瞬甘くなっている。(=右SBがSBの上がりを気にしてマークを放している)
つまり、鈴木が説明してくれたナスティックのゲームプランにあったように、ひし形の中盤を使うラージョはナスティックのSBの上がりに対してついていく選手が定まらず、素早くサイドチェンジを起こされ、そこにナスティックのSBが関われば1対2の数的不利な局面を作られてしまうシステムと選手配置のかみ合わせがキックオフ直後から発生していたということ。
その上で、ナスティックは立ち上がりから徹底してそこを突き、4分で得点という結果を出した。
ファーストチャンスを即得点に結びつける現象は個の能力が1部に比べ全体的に低い2部では稀ではあるのだが、スペインの2部のゲームでは立ち上がりからこのように両チームの狙いがはっきりと現象として出ることが多く、その再現性も高いため監督やチームの戦術を詳しく知らなくともスタンドやテレビから見ていれば一目瞭然だ。
例えば、攻撃では「ボール保持」、守備では「ハイプレス」をプレーモデルとするラージョは「2トップ+トップ下」の前線3枚をこの試合ではナスティックの「2CB+ピボーテ(ボランチ)」にマッチアップさせ、前線の守備は常に「3対3」の局面を作るようにしていた。
ダブルボランチながらビルドアップの局面ではボランチの2枚が縦関係となるナスティックからすると、ビルドアップで数的同数のハイプレスをかけられた時には、ボールの前進に問題を抱えることが多い。そのため、この試合の序盤はGKをフリーマンとして使い、そこからマークの緩いSBに対してミドルパスを入れ込むオプションを多用した。
前半はGKからSBへのフィードの精度が高く、ラージョのハイプレスを回避することができていたため、ナスティックのペースでゲームが進行する。23分にエムバルバのミドルシュートでラージョに1点を返されたものの、33分にはカウンターからの右サイドを攻略した攻撃で追い越し、ナスティックが1−2とリードをして折り返す。
ただし、鈴木が「今日やっていて思ったのは正直、強いなと。スタジアムからの圧力もすごく感じた」と口にしたように、前線から個の力で局面打開されるシーンが何度もあり、内容と決定機の数では前半からラージョに分があった。
中でもCBの鈴木、ナスティックの守備陣が苦戦したのがラージョのサイド攻撃だった。「クロスに対してかなり多く入ってきたり、前に人数をかけて攻撃を仕掛けてきた」と振り返るように、ラージョはビルドアップの局面から両SBをウイングのような高い位置に上げ、そこからのクロスに対し2トップ+トップ下の3枚が必ずエリア内で反応するサイド攻撃を徹底してきた。
ロドリ監督になってから(=昨年10月末から指揮)ナスティックのゴール前でのクロス対応はマンツーマンではなくゾーン。ゴール前の一番危険なエリアを2CBと逆のSBの3人が距離を詰めた中で、横一列に並び自身の前のエリアを管理、ケアする約束事で守っている。よって、自身の背後は後ろの選手がカバーするエリアで、大外のSBの背後は「捨てる」約束事になっている。
実際、鈴木は次のように説明する。「マンツーマン気味というよりは、ゾーンで守ろうというところ。おそらく前の選手をもう少し動かさないといけないかなというのはありましたけど、(人数が)足りない中で一番外を捨ててゾーンで守るべきところは守れたと思います」。
ただし、戦術的な駆け引きが盛んで分析スピードも速いスペイン2部では、ナスティックのクロス時のゾーン対応での守り方はどのチームにも丸裸にされている。前半からラージョはクロスが入る場面で必ず2トプ+トップ下の前線3枚がナスティックのゴール前でクロスを待ち受ける3人のDFの間を狙う立ち方、入り方を徹底していた。
また、後半に入るとピンポイントで合わせるクロスと同時に、ナスティックが捨てている「大外の選手」を使うファーサイドへのクロスも多用するようになっていた。
「クロスが入る前に人数足りてないな、というのもあって。前のボランチの選手も含めて、上手く縦のラインの連動ができていない時間帯があったので、声をかけながらやっていましたけれども」
こう鈴木が話すように、DFラインの横のスライドは徹底されていたが、それでもラージョがクロスの選択肢を増やした上でサイドを攻略してきたことで、ナスティックはボランチのプレスバックやスペース管理が間に合わず、クロスのこぼれ球からも決定機を作られるようになる。
後半は開始からの15分間で、ラージョが完全に押し込む展開に持ち込み、「得点は時間の問題」とも言える状況を意図的に生み出していた。一方、1−2とリードするナスティックも心理的に「リードを守りたい」という意識が働いたのか、後半の入りから前線のハイプレスが機能しなくなるどころか、トップ下のみならず前線1トップの選手も中盤に吸収されてしまう。下の画像は後半開始直後のナスティックのスリーラインだ。
ナスティックに前線からのハイプレスのオプションが消えたことで、ラージョは楽にボールを敵陣深くまで前進させることができ、失ってから強度の高いトランジションで素早くボール奪取をして厚みある攻撃を続けた。
この状況をナスティックがどう判断するのか。
ある意味で、ここが勝負の分かれ目となった。ナスティックが選んだ戦術は前半同様に相手が深い位置でビルドアップをする局面ではハイプレスをかけること。チームとしてこう決断した理由について、鈴木は次のように説明した。
「前半は上手く戦えて、ボールもセカンドを拾えていたんですけど、後半相手に押し込まれた時に、『もう一回(前から)プレッシャーをかけに行こう』と中で話していて。中盤の選手を含めて、残り30分以上ある中でこれはずっと引いて守るのは違うからと。第1ライン、一番前のラインからプレッシャーをかけて行こう、というところで勇気を出して前からプレッシャーをかけていったところと、そこを突破された時の戻りの判断はしっかり修正しました」
実際、後半15分過ぎには下のように前線のファーストラインに引っ張られる形で中盤以下のツーラインが押し上がっている。
「(ピッチ上で)話していたのは、残り時間が多い中で守りに入ってしまうというのは、ここ2、3試合カウンター気味にやられることが多かったので、もう一度守備の流れを作るというところをやりたかったし、そこでちょっと盛り返せた部分はあったと思います」
鈴木大輔の言葉からもわかるように、この立て直しは鈴木を中心としてナスティックの選手たちがピッチ上で手を打ったもの。その直後に、ロドリ監督も素早く体力的な消耗の見えるボランチとサイドハーフの2枚を入れ替える交代策(64分、68分)を打っている。
「これは危ない展開」と思った時に「耐えよう」ではなく、「改善しよう」と戦術的な手を打つのが2部のみならずスペインサッカーの特徴であり、2部のプロ選手であればピッチでプレーしながら、平面で戦況を見ながら分析をかけ、改善のために周囲を動かし、最終的にはチーム全体を動かすことができる。
今の鈴木大輔は、すでにそのようなフガドール(選手)へと成長を遂げている。
ナスティック、スペイン2部で的確に戦況を理解し、先を予測しながら周囲を動かすコーチング、リーダーシップを発揮できるようになっているのだ。そのためにはスペイン語のみならず高いレベルでの戦術理解が必要で、スペイン2部で3シーズン目を迎える鈴木が3シーズンの月日をかけて徐々に獲得してきたものがそれになる。
「少しずつ試合を客観的に見れるようにはなってきているので。あと、自分の意見を伝えるところでは、後ろから見えている選手が舵をとらないといけないと思っています。今どういう時間帯なのか、というのがわかってきたということは、それだけ余裕ができたのかな、とは思っています」
試合は冒頭に記したように終盤にラージョが2−2と追いつきながらも、ナスティックはバランスを崩して勝ち越しを狙いに来た相手にカウンターのサイド攻撃からアディショナルタイムの94分に劇的な勝ち越しゴールを奪い、2−3の勝利をあげている。
この試合も目まぐるしく両チームの選手と監督が戦況を読みながら戦術的な手を打ち合うスペイン2部らしい好ゲームとなったわけだが、鈴木は改めてスペイン2部について「攻撃よりも守備の戦術の方が細かい」とした上で次のように説明する。
「インテンシティが高い中で、まず気持ち的に負けてはいけない。戦術的な駆け引きがすごく多い中で、今日の11番のような選手(FW)が絶対に1チームに一人はいるので。そういうところで自分の個人としての駆け引き、チームとしての戦術の駆け引きというところは、すごくレベルの高いものがあると感じています」
「本質がわかってきた」、「今日みたいな強度の高い試合を求めてここに来た」と話す鈴木は「やっていて楽しかったし、それを再確認できたので。この試合強度の中でどんどん、一試合一試合、成長できればいい」とまとめてくれた。
「スペインのサッカーの戦術的なところだったり、彼らの人間性だったり。このリーグで戦うということはどういうことなのか、というのを2部リーグですけどリーグの本質が今はすごく見えてきていて。(スペインに)来た時は勢いだけでやっていましたけれど、今は頭を使いながら、徐々に自分本位でプレーできているのですごく成長は感じています」
昨季の柴崎岳(鹿島→テネリフェ/現ヘタフェ)に続き、日本代表のハリルホジッチ監督が期待を寄せるMF井手口が新たにスペイン2部に来ることで俄然注目を浴びることになるラ・リーガ1|2|3でひたむきに、けれども知的に闘っている鈴木大輔を通して丹念に彼やナスティックの試合を見ていけば、そこには「2部」というリーグの概念を覆すほどのレベル、戦術があることが見えてくる。
試合ハイライト/ラ・リーガ1|2|3公式チャンネル(YouTube)