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ホーム秩父宮でサンウルブズ、ブルズに劇的な逆転で17年度初勝利! 

永田洋光スポーツライター
ゲームキャプテンを務めたティモシー・ラファエレ。(写真:7044/アフロ)

そのとき秩父宮はものすごい雄叫びに包まれた!

サンウルブズが南アフリカに本拠を置くブルズを破って初勝利を挙げた。

21―20。

後半25分に一度は11―20と9点差まで離されながら、29分にWTB中鶴隆彰のトライ(コンバージョン)で2点差に迫り、34分に途中出場のSO田村優がPGを決めての劇的な勝利。逆転した直後にブルズが再逆転をかけたPGを狙いながらもキックが外れるなど、サポーターが“神風”を送ったような勝利でもあった。

80分間ハラハラドキドキ、さまざまな感情を溜め込んだ1万2千940人の観客は、終了の瞬間にものすごい雄叫びを上げた。

体中に渦巻くさまざまな思いを、17年度の初勝利に立ち会った歓喜に突き上げられて一気に吐き出した――そんな大音量だった。

勝因は、田村をはじめ、この試合で再三再四ブルズのハイパントを身を挺して捕球したFB松島幸太朗、休養明けでリズム良くボールを配球した先発SH田中史朗、ともに途中出場ながら、ラストシーンに至る過程で低いタックルとジャッカルでブルズからボールをもぎ取ったPR稲垣啓太、HO木津武士といった、15年W杯で修羅場をくぐった男たちがピッチに戻ってきたところにあった。

試合は、立ち上がりからサンウルブズがいいリズムでボールを支配。

5分にSOヘイデン・クリップスが狙ったPGは外れたが、直後のドロップアウトから攻撃を再開し、クリップスがブルズ防御の背後に上げたキックがラッキーバウンドとなる。ボールを手にしたゲームキャプテン、CTBティモシー・ラファエレが突破。大きくゲインしてラックに持ち込み、そこから左へ展開して、この試合が21歳でのスーパーラグビーデビューとなったNO8ラーボニ・ウォーレンボスアヤコがインゴールに駆け込んだ。

クリップスのコンバージョンは外れてスコアは5―0だが、続くキックオフからのリターンでは、こちらもW杯代表組のWTB福岡堅樹が魅せた。

自陣からハイパントを追走し、一度はタックルを外されながらも懸命に駆け戻り、再度タックルするや、低い姿勢でボールキャリアに鋭く絡んでノット・リリース・ザ・ボールの反則を誘ったのだ。

11分にはクリップスがPGを追加して8―0。

このまま得点を重ねれば順当な勝利――と思い始めた次の瞬間、ラグビーがそんな予断を許さぬ競技であることを、サポーターは教え込まれた。

13分に、ラインアウトから一発のプレーでCTBバーガー・オデンダールに走られてトライを返されたのだ。コンバージョンも決まってリードは1点に縮まった。

失点の原因は、PGで3点を追加した直後のキックオフリターンが拙かったから。せっかく相手ボールを奪い、自陣深くから攻撃を仕掛けながら、クリップスが蹴ったボールがタッチラインを割り、自陣10メートルライン付近という相手が一番攻めやすい地域でラインアウトを与えてしまった。しかも、後述するが、ほぼ同じ地域から、サンウルブズは前回の対戦でトライを奪われている。この辺りの微妙な試合運びのつたなさが、これまでサンウルブズが健闘しながらも勝てずにいた要因だった。

連敗中のチームとは何が違ったのか?

前回=3月17日(日本時間18日未明)の対戦では、ブルズにレッドカードが出たため、サンウルブズは後半のほぼすべてを15人対14人で戦うビッグチャンスに恵まれた。しかし、サンウルブズは「トライを取り急ぎ」(田邉淳コーチ)、ブルズは逆にFW戦に持ち込んでの力比べで優位に立って、ハーフタイムに17―14だったスコアを34―21に広げて勝った。

退場という緊急事態に、瞬時にゲームプランを切り替えて自分たちが優位な局地戦に持ち込んだブルズは、後半24分には、サンウルブズが近場勝負を警戒していると見てとるや、ラインアウトからCTBヤン・サーフォンテインを走らせて一気にトライを奪った。

いわば、ボディに重いパンチを何発もたたき込んでガードが下がった瞬間に、狙い澄ましたストレートを顔面に見舞ったのである。

9番10番12番といったゲームを司る中枢部にベテランを欠くサンウルブズは、こうした危機管理意識が薄く、しかも臨機応変にプランを変えるような柔軟性に欠けていた。チームを結成して日が浅く、選手たちが懸命に首脳陣から与えられたプランを遂行しようとするあまり、いわゆる「プランB」を持っていないし、それだけの大局観を持つベテランも少なかった。だから、ゲーム運びに余裕がなかったのである。

そんなサンウルブズに勝利をもたらした最大の立役者が、後半最初からクリップスに替わってSOに入った田村だった。

まず3分、いきなり自陣に攻め込まれたサンウルブズは、スクラムから田村のタッチキックでピンチを脱する。自陣22メートルライン後方から田村が蹴ったボールは、ハーフウェイラインを越えて相手陣10メートルライン付近でタッチを割った。

この飛距離のあるキックに、秩父宮は沸いた。

クリップスが多用するショートキックや、さほど飛距離の出ないキックを見慣れた目には、飛距離だけではなく、ボールをミートした音も弾道も、すべてが頼もしく感じられた。

特にFWには、ものすごい安心感があったのではないか。

ピンチを脱するキックがハーフウェイライン手前で落ちるのと、それを大きく越えるのとでは、心理的に大きな違いがある。これは草ラグビーでもスーパーラグビーでも変わらぬ真実だ。

もちろん、勝負の流れはそれほど単純ではないので、サンウルブズは1PGを追加され、さらに20分35秒のブルズ投入のラインアウトから約3分間に及んだ長い長い攻防の末にトライ(コンバージョン成功)も奪われて、11―20とワンチャンスではひっくり返せない9点差まで点差を広げられた。

司令塔が体を張れば、チームは勢いを増す!

それでも、9点差を追い上げるサンウルブズには勢いがあった。

圧倒的なホームの声援に後押しされた上に、司令塔の田村が体を張り続けたからだ。

この試合を録画された方も多いと思うが、そういう方には、ぜひ前半と後半を、SOの動きだけに注目して見直していただきたい。

前述したキックの飛距離や弾道だけではなく、田村が攻守にわたって攻防の接点で体を張っているのがよくわかるはずだ。

たとえばディフェンスでは、プレーが連続した状況ではSOがタッチライン際の狭いスペースに立つことがしばしばある。そこでブルズが、強いランナーを狭いサイドに走らせてSOと1対1の状況を作り、これをはね飛ばして前進しようとする。しかし、田村は全身で相手を受け止めて前に出させない。

攻撃では、後半13分に強引に前に出て、相手にタックルに入らせながらボールをつなぐオフロードをLOリアキ・モリに決めて、大きなチャンスを作り出している。

田村が前に出たことで、残る14人も安心して前に出られる。そして、前に出てボールを継続すればトライチャンスが生まれることになる。そんなリズムをリードされた状況で全員が確信できた。だから、逆転劇が演じられたのである。

直接のきっかけは、松島のカウンターアタックからラックを連取。一度右に運んだあとで左に振り、田村→ラファエレ→CTB山中亮平とつないで松島がブレイク。左に福岡がサポートしてトライチャンスを生み出したプレーだ。だが、「相手のディフェンスが上手かった」(福岡)。つまり、外側でパスを待つ福岡をケアするように視線を動かし、「外に行きそうだったのでダミーを振った」(松島)ところで、松島をしっかりタックルしてトライを許さなかった。

しかし、続くラックでサーフォンテインが意図的に倒れ込んで攻撃の継続を阻止。イエローカードをもらって、10分間のシンビンとなった。

サンウルブズはこのチャンスを逃さずに、中鶴がトライを挙げて2点差と迫り、続くキックオフリターンからも松島の大きなキックで相手陣に深く入り、田村の逆転PGに結びつけた。日本代表のジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ(HC)が「後半に入った選手が良かった」と、W杯組の活躍を勝因に挙げたのも当然のことだろう。

サンウルブズは現在、さらに過酷なニュージーランドからアルゼンチンへと渡る長期遠征中だが、遠征明けのチーターズ戦(5月27日 秩父宮ラグビー場)には、現在負傷中のキャプテン、立川理道が復帰する可能性を、ジョセフHCは示唆している。

スーパーラグビー参加初年度の昨季は1勝しか挙げられなかったサンウルブズが、今季は2勝目、3勝目と白星を積み重ねられるか――メンバーがそろえば、世界に日本ラグビーの実力を示すチャンスが訪れるのだ。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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