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日本代表対ニュージーランド代表は、約束された好試合だった。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
スクラム。日本代表の低い塊は時折、相手を窮屈にさせた。(写真:つのだよしお/アフロ)

 10月29日の太陽がまだ高い位置にあった。

 東京は国立競技場へやってきた65188人のうち何名かは、戦前、祈るように展望していた。

「せめてダブルスコア以内には…」

 果たして日が沈んだ頃には、ゴール裏の得点板に「31―38」と刻まれた。

試合後、オールブラックスのサム・ケイン主将とリーチが抱擁。2人は過去にチーフスで同僚だった。
試合後、オールブラックスのサム・ケイン主将とリーチが抱擁。2人は過去にチーフスで同僚だった。写真:アフロ

 ラグビー日本代表が、ワールドカップ過去3度優勝のニュージーランド代表、通称オールブラックスに迫った。

 ファンの予想を超えた形か。ただ実際には、今度の好勝負は約束されていたようでもあった。日本代表が十分な準備期間を設けていたからだ。

約束された好勝負の背景

 そもそも日本代表は、準備の量を試合の質に反映させてきた実績を有している。

 2019年のワールドカップ日本大会での初の8強入りの裏にも、過去4年間の国際リーグ参戦(スーパーラグビーに日本のサンウルブズを派遣)、大会直前期の長期キャンプがあった。

 その日本大会中、開幕前には世界ランク1位となっていたアイルランド代表を19―12で破った。16年秋に発足したジェイミー・ジョセフヘッドコーチ体制の日本代表は、17年春に2軍格のアイルランド代表に2連敗していたのに…。

 指揮官は言った。

「アイルランド代表はいいクオリティのチームです。ただ我々はこの試合のためにかなりの時間をかけて準備してきた。その意味では、我々にアドバンテージがあった」

日本大会のアイルランド代表戦は「シズオカショック」と謳われた。写真は松島
日本大会のアイルランド代表戦は「シズオカショック」と謳われた。写真は松島写真:森田直樹/アフロスポーツ

 そして今回の秋である。さる協会関係者は、候補合宿が始まった9月上旬の時点で「オールブラックスとはいい試合をする」と述べた。

 この時点で、日本代表が10月に対オーストラリアA・3連戦という非テストマッチで実地訓練ができると決まっていた。

 結局1勝2敗と負け越すこのシリーズは、来秋のワールドカップフランス大会に向けた下地作り、選手層拡大のために活用されるものだった。さらに、オールブラックス戦に向けた滑走路にも位置付けられた。

 ちなみに調子を乱高下させていたオールブラックスは、国立の試合をこの秋の初戦としていた。そのため、オールブラックス戦のジャパンが高い顧客満足度を示しそうなのは明らかだった。最終スコアは対戦相手の状態やレフリングに左右されるため、予想しづらいのだが。

 主将経験者のリーチ マイケルも予言していた。

「自分たちのラグビーは、勝てるラグビーだと信じている。力もあって、トライも取れて、ディフェンスも、できる時はできる」

 チーム発足時からいるトニー・ブラウンアシスタントコーチの攻撃戦術がスコアを重ねられ、今年仲間入りしたジョン・ミッチェルアシスタントコーチが唱える防御の「ダブルコリジョン(2人がかりでの衝突)」が遂行力次第で相手の球を奪えるのだと伝えた。

展開をひも解く

 その通りとなった。序盤に攻めが機能した。

 3―14で迎えた前半28分頃。始まりはハーフ線付近右で、相手のこぼれ球を日本代表の右プロップ、具智元が確保したことだ。接点ができ、スクラムハーフの流大が展開しにかかる。

司令塔の一角を担った流
司令塔の一角を担った流写真:REX/アフロ

 流のいる接点の左側後方には、斜め後方に向かって概ね3層、もしくは4層の列ができていた。

 1列目ではフォワードが3名、2列目ではフォワードとバックスの計2名が横並び。流がパスを出す瞬間、2列目の2名のうち、フォワード(ナンバーエイト)のテビタ・タタフが前方の1列目を飛び越えるように接点側へ駆け込む。パスをもらいにかかる。

 流は1列目の左端にいたロックのワーナー・ディアンズへさばき、ディアンズは2列目のうちの1人、スタンドオフの山沢拓也へバトンを繋ぐ。

 山沢の後ろでは、3、4層目以降の攻撃ラインが相手に数的優位を作っていた。山沢はそちらへパスを回す。

 ボールは、もともとの持ち場である右端から中央の3層目に回り込んでいたウイングの松島幸太朗、左中間に位置取ったフルバックの山中亮平を経由し、左大外のディラン・ライリーへ渡る。ライリーは快速自慢のアウトサイドセンターだ。

 その間、ライリーの近くにいたフランカーの姫野和樹は右斜め前方方向へ駆け込む。「外」から「内」へのおとりの動きだ。

 相手との間合いを十分に取ったライリーは、一気に加速する。キックに備えていたオールブラックスの後衛がせりあがる頃には、すでにトップスピードの状態だった。鮮やかに防御を破り、左端にいたウイングのシオサイア・フィフィタにオフロードパスを放つ。敵陣22メートルエリアへ進める。

 その後のつなぎにミスがあって得点できなかったものの、ジャパンの攻めがフィールドをコントロールできることはここで証明された。果たして、ブラウンのシステムが組織的に封じられることはなかった。

我慢が接戦招く

 防御も「全体的に、よかったと思います」とインサイドセンターの中村亮土が言う。

オールブラックスの鋭角のパスで「ダブルコリジョン」の的を外されたり、飛び出す選手の背後をえぐられたりし、それが前半11分、後半2分の失点をもたらしてはいた。

 そのため中村も「1対1のタックルでパワー負けして外されたところもあった。(今後は)前に出つつもコネクションを取って、2人でディフェンスできるようにしたいです」と話すのだが、ひとたび防御システムが攻略された後の粘りがピンチを最小化した。

 特に3―21と突き放されそうだった前半34分頃、オールブラックスは自陣からスペースへのロングパスとタックルされながら放つオフロードバスを連続。日本代表は一気に自陣22メートルエリアまで下げられたが、すぐに帰陣して「ダブルコリジョン」を重ねる。

 最後は好調のライリーが刺さり、その地点より球の出どころの近くにいたフランカーの姫野和樹がジャッカル。ターンオーバー!

左からライリー、姫野。2人とも躍動。
左からライリー、姫野。2人とも躍動。写真:REX/アフロ

 ここから即興的なラン、大外展開とキックを重ね、敵陣22メートルエリアでオールブラックスのミスを誘った。山沢のトライとコンバージョンで、10-21と流れを取り戻した。

 結局、17―21でハーフタイムを迎え、フッカーの坂手淳史主将は胸を張るのだ。

「厳しい流れのなかでも我慢していれば、自分たちのチャンスが来るのがテストマッチラグビー」

 前後半を通じて、ジョセフ体制の生命線たる蹴り合いでも応戦。キック自体の飛距離はもちろん、組織で駆け上がったり、駆け戻ったりする速度も概ね保たれた。

 さらにはジョセフが教えたモール、ラインアウトへの防御も機能した。

 オールブラックスの拙攻、拙守もあり、日本代表の良さが目立った。

勝ち切るには何が必要か。

 好パスでトライ演出の中村はこうだ。

「(結果には)悔しいですけど、あと少しのところに現在地があるというのは自信になる。いままでやって来たことが間違いじゃないと確認できた試合だったと思います」

 裏を返せば、突き進んでいる道が正解であっても、伝統的強豪国を制するにはよりレベルアップしなくてはならないとわかった。

 向こうが主力ロックのブロディ・レタリックをレッドカードで欠いた後半26分以降、日本代表は、その頃24—35だったスコアを31―35まで縮めるのが精いっぱいだった。その間、反則とエラーで好機を逸していた。

 この日復帰したてだった具は、試合途中から古傷のある首周りを痛そうにしていた。

 本人は「皆のエナジーは感じられました」としつつ、「自分は久しぶりの試合だったので、最後はバテバテだったところもあります」と述べた。格上とのゲームでは、ワンプレーごとにいつも以上に体力が削られる。

 ここから求められるのは、勝ち切るための身体、勝ち切るためのプレーの精度だ。

 再三のジャッカルで攻守逆転や相手の反則を誘った姫野和樹は、己に言い聞かせるように言った。

「日本代表は惜しい試合を『よかった』と見られがちですけど、僕らはそこに満足するチームじゃないですし、そんなカルチャーはもうない」

合言葉は『OUR TEAM』
合言葉は『OUR TEAM』写真:アフロ

 対するオールブラックスも、このままでいいとは思っていない。試合後、ノンメンバーやリザーブの選手が短距離ダッシュやストレッチで汗を流していた。

 どちらにとっても、いまは来秋のワールドカップフランス大会への道の途中だ。

 日本代表もまた一時、ブレイクを入れ、11月12日、20日、イングランド代表、フランス代表とそれぞれ敵地でぶつかる。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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