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【流行犬の闇】凍傷で耳先を失った繁殖引退犬のエマちゃん 人の温もりで見せた奇跡

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
エマちゃんの飼い主の太田垣さんから提供 エマちゃん

テレビのCMでかわいい犬が登場すると、その犬種の人気が一気に高まることがあります。

しかし、これには深刻な問題も潜んでいます。特にあまり知られていない犬種が注目されると、無責任な繁殖業者が一時的な需要に応えるために大量繁殖を行い、結果としてその犬種があまり、繁殖犬が過酷な環境で飼育されるケースが増えるのです。

今回紹介するエマちゃんは、多頭飼育崩壊を起こしたブリーダーから救出されたジャック・ラッセル・テリアです。

トップの写真を見れば、ジャック・ラッセル・テリアをよく知る人なら、何か違和感を感じるかもしれません。エマちゃんは、あるブリーダーが冬の寒い時期に外に放置していたため、耳が凍傷になり、地域猫のサクラ耳のようになってしまいました。

それを知るだけでも沈痛な思いがします。そんなエマちゃんの姿を通して、犬が流行した後に起こる闇を見ていきましょう。

ジャック・ラッセル・テリアとは?

イメージ写真
イメージ写真写真:アフロ

ジャック・ラッセル・テリアが日本で本格的に人気を集め始めたのは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてです。

彼らが登場したテレビのCMや映画、ドラマが大きな影響を与えました。特に、車や缶コーヒのCMなどでの露出がきっかけとなり、広く認知されるようになりました。

ジャック・ラッセル・テリアは、柴犬より小型で、その活発さや知能の高さ、愛嬌のある姿が日本の飼い主に評価され、特にアウトドア派やアクティブなライフスタイルを好む家庭で支持されるようになりました。

しかし、思ったより活発な犬なので、散歩時間がチワワなどの超小型犬より必要なので、忙しい日本人には、それが出来ない人がいて、遺棄されたりもしました。

犬の平均寿命は、約15歳であり人気に陰りが出てきても犬が生き続けます。流行した犬のブリーダー崩壊が起きるわけです。そして、エマちゃんのように、過酷な環境で生きている子が存在するのです。

エマちゃんの飼い主

エマちゃんと飼い主の太田垣さんから提供
エマちゃんと飼い主の太田垣さんから提供

エマちゃんの飼い主になったのは、太田垣亘世(おおたがき のぶよ)さんです。太田垣さんは、野良猫の子猫の里親探しなど、動物保護活動に関心がありました。

エマちゃんを迎えたのは、以前ジャック・ラッセル・テリアを飼っていた経験があり、同じ犬種なら飼えるかもしれないと考えたからだそうです。

エマちゃんはジャック・ラッセル・テリアにもかかわらず、耳が凍傷でちぎれてしまっていました。

太田垣さんは「ブリーダーのところで犬が多いから、喧嘩でもしたのかと思ったら、実は凍傷だったと聞いてショックでした」と語っています。

この耳の傷だけでなく、他にも繁殖引退犬が抱える過酷な現実があります。

繁殖引退犬の悲しい特徴

繁殖犬として飼育されている犬たちは、心身ともに深い傷を負っていることもあります。

表情が乏しい

彼らは表情が乏しいことが特徴的です。人間とのふれあいや遊びがほとんどなく、感情を表に出すことを忘れてしまっているのです。

鳴き声を抑えるために声帯を切られている

鳴きたくても鳴けない状態です。コミュニケーションの一つである鳴き声を奪われ、孤独に耐えています。エマちゃんもオッポを振るだけで、筆者が会ったとき、一度も声を出しませんでした。

散歩が苦手

こうした犬たちは散歩に連れて行かれることもあまりないので、一度も外の世界を経験していない場合が多いため、外出が恐怖となります。

少しでも外に出されると、恐怖心から怯え、周囲を警戒しながら小さく身を縮めます。

クレートのような狭いところが好き

そして、安心できる場所を探すために、狭いケージの隅や暗い場所、クレートのような隅っこに行き、そこで静かに身を横たえます。それは、彼らにとって唯一の安全な空間だからです。

太田垣さんは、エマちゃんを飼い始めて、繁殖引退犬がこんなに一般的な犬と違うことを体験しました。エマちゃんのいままでの境遇を考えると胸が張り裂ける思いだとそうです。

エマちゃんの名前の由来は、フランス語で「神はともに」、ドイツ語で「宇宙」、そして日本語では「絵馬」の意味を持ちます。太田垣さんのエマちゃんに、幸せになってほしいことが、名前からも伝わってきます。

先日、私らの犬好きの仲間がエマちゃんに会いました。その中のひとりはエマちゃんとゆっくり散歩にも行きました。

そんな体験をしたエマちゃんは、はじめてクレートでの外で寝るようになった、と太田垣さんは嬉しそうに伝えてくれました。

まとめ

イメージ写真
イメージ写真写真:アフロ

犬の流行がもたらす問題は、可愛らしい姿がCMやドラマで注目されると、20年後にはその犬種が売れ残り、ブリーダー崩壊を引き起こすリスクがあることです。

一時的な人気により、過剰に繁殖された犬が需要を超えると、その後の管理が困難になります。

このようなブリーダー崩壊は、繁殖能力を失った犬が適切に処置されないまま放置され、さらには遺棄やネグレクトのように虐待されるケースも少なくありません。

犬をファッション感覚で飼うのではなく、責任を持った飼育を心掛け、動物福祉を向上させるための社会的な取り組みが必要です。

そして、これらの繁殖引退犬たちが心の傷を癒やし、安心して暮らせる環境を提供することが、私たちの課題です。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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