【泉佐野市】こどもと紡いだ『愛の往復書簡』にポロポロ泣いた。老舗菓子店の「世界一やさしいギャラリー」
テクノロジーの進化により効率化が求められる時代。
大切な想いを届ける手段さえもスピード化され、ときにそのやりとりに心が渋滞
ることも。
筆を持ち、言葉を選び、書きしたためる。
伝えあい、響きあうことの大切さを教えてくれた先生がいます。
あのね教育
泉佐野市出身の教育者 鹿島 和夫(かしま かずお)氏(以下、かしま先生)は、こどもの素直な視点を表現できる教育を模索し、小学一年生のこどもたちの文化と表現を育てるべく「あのね教育」という独自の教育観を打ち立てました。
それは、日々感じた出来事や心にとまった想いを先生に宛てて書くというもの。
そのきらめきに満ちた純粋無垢なまなざしは、「昔こどもだった大人」の心に響き、大切ななにかを思い出させてくれます。
鹿島 和夫氏プロフィール
昭和10年生まれ。泉佐野市立第二小学校、和泉高校から神戸大学教育学部を経て約40年小学校教諭を勤め上げた。子どもの素直な視点を表現できる教育を独自に模索。現在も小学校等で取り上げられることが多い「あのね教育」創始者。その独特の教育がマスコミにも取り上げられ、鹿島教育を追ったドキュメンタリー「1年1組」は文化庁芸術作品賞優秀賞受賞。著書は「一年一組 せんせいあのね」(理論社)など多数。北原白秋賞や読売教育最優秀賞も受賞している。
「小さな詩人たちの言葉と写真展」
明治25年創業 老舗菓子店「むか新」本店2階のギャラリーには、こどもたちが かしま先生に宛てて書いた 詩とも作文とも言えない「小さなものがたり」が展示されています。そのどれもが思いやりと優しさに満ちていて、作品を読むごとに心が浄化され、こどもの頃の自分を思い出します。
うみ みねゆき よしえ
よるになったら
うみにはだれもおれへん
うみとそらが
まっすぐよこにのびて
おなじいろで
ひっついてみえる
夜の海の静寂。地平は消え、ひと続きに見えた紺青(こんじょう)。
もうながい間、この世界に美しい色と形があることを忘れていました。
大人なら、ただ夜の海の寂しさだけを感じるような場面も、海と空の色がひっついた可笑しみや不思議さが表現され、ただ寂しいだけじゃない「地球」の神秘をも感じさせる力強いまなざし。
ゆうやけ わだ まさよ
あかしのかえり
ゆうやけがでた
どこまでも
どこまでもついてくる
ずっとついてきたら
わたしのうちに
ゆうやけができる
幼い頃、どこにいても太陽と月が見えることを不思議に思い、おもいきりダッシュをしてみたり、高台にのぼって近づいてみたりしたことを思い出しました。
大人になった今は、空を見上げることも少なくなりました。ゆうやけと純粋に格闘するこどもの姿は、朝が来て、夜を迎えることができる日々は、決して当たり前ではないということを感じさせてくれます。
また、空を見上げてみようかな。今日のゆうやけはどんな色かな。そんな素朴な興味が蘇(よみがえ)る小さなものがたり。
ふゆ くるま ちなつ
このごろ
木や
花たちのこえが
きこえなくなった
なつだったら
みどりのはっぱが
きらきらひかって
みどりのおんがくが
きこえるけど
いまは
よぼよぼのおじいちゃんの
こえしか
きこえない
“よぼよぼのおじいちゃん”は、朽ちた植物を意味しているのでしょうか。巡る季節を慈しむ素直な気持ち。色は消え、寂しさが増す冬をユーモラスな言葉で表現し、冬への愛情も感じさせてくれます。
みどりの合唱団と“よぼよぼのおじいちゃん”のささやきの対比がとても愉快。
あいじん こめはなまさこ
せんせいは
あのねちょうのおへんじに
こどもにならなくていいから
あいじんになってほしい
とかいたでしょう
せんせい
あいじんてどういういみですか
こんなことは
まだ がっこうで
ならっていないでしょう
そんなこと
せんせいが
いっていいんですか
「あいじん」という言葉にドキッとしました。
おそらく今の時代、教師がこのような発言をしたら大問題になるのではないでしょうか。けれど、学校で習わないその言葉の意味を深く考えるこどもの姿を見て、その言葉の投げかけが とても意味深いことのように思えました。価値観や道徳心を養う情操教育の現場では、性愛など人間が生まれながらに持っている本能的な部分をタブー視するのではなく、オブラートに包むわけでもなく、直球でぶつける。不純物も内包する世界が、正真正銘ありのままの世界なのだと。
そんな かしま先生の熱いメッセージに心打たれます。
人 なかたに ゆうすけ
えらい人より
やさしい人のほうがえらい
やさしい人より
金のない人のほうがえらい
なぜかというと
金のない人は
よくさみしいなかで
よくいきているからだ
優しくて強い言葉にポロポロと涙がこぼれ落ちました。
育まれた心に「家庭環境」が映し出されています。おそらくゆうすけくんは、親の苦労をしっかり見てきたのだと思います。すべてを包み込むまなざし、励ましの言葉、ちいさなからだで精一杯 この世界と対峙しています。その心をずっと失わないでほしい。そんな願いが込みあげてきます。
ここでご紹介した作品は、わたしの心にとまったほんの一部の「小さなものがたり」です。ほかにも胸に響く作品がいっぱい。
また、感想は主観によるものです。人生経験によって感じ方もさまざまかと思います。
ギャラリーではこどもの作品の展示のみですが、「あのね教育」の現場では、かしま先生から「赤ペン」で返事もありました。それは、ひとことの時もあれば、長い文になる時もあったそうです。生き生きとしたこどもの表情をとらえた写真も かしま先生の手によるもの。今にも話し出しそうなこどもたちの様子は強いメッセージ性を秘めていて、しおれた心に水を与えてくれます。
未完成の世界にただよう言葉と感性。毎日に散りばめられた幼いきらめきを掬(すく)いとり、心の機微をつぶさに見つめ、この世界に奥行きがあることを教えてくれた。
その かしま先生は、第11回「あのね文庫」 詩コンクール開催目前に「こどもたちからのラブレター」を胸いっぱいに抱きしめ 天国へと旅立たれました。
第12回「あのね文庫」 詩コンクール表彰式
2024年2月23日(金・祝)に一般社団法人泉佐野市文化振興財団・むか新 共催 第12回「あのね文庫」 詩コンクールの表彰式が「エブノ泉の森ホール」にて開催されました。
「あのね文庫」 詩コンクールは、「あのね教育」の創始者である かしま先生監修のもと、地元への恩返しの意を込め「むか新」120周年を機に初開催され、今年で12年目を迎えます。また、表彰式当日は、地域の方々に文化的な一日を過ごしていただけるよう「あのねフェスティバル」と題して、作品展示や泉佐野市立少年少女合唱団の合唱などのイベントも開催。
「地元のこどもたちの感性や情操を高め、心からあふれ出る豊かな表現力を育みたい」と、毎年、大阪南部・泉州地域を中心とした地域の小学生から詩を募集し表彰しています。今回は、泉佐野市、熊取町、田尻町をはじめ、堺市など20の小学校から、3419点の作品が寄せられ、これまでの参加者はのべ4万人を超えます。
ご存命であれば、ここにいらしたはずの かしま先生。
その想いを受け継ぐ 株式会社 向新 会長 向井 新 氏に かしま先生との出会いや「あのね文庫」 詩コンクールをはじめたきっかけなどについてお話をうかがいました。
「66年前の自分に原稿用紙の中で再会した」
「ある日、家の掃除をしていたら、思いがけず66年前の自分に原稿用紙の中で再会したんですよ」
5歳で父親を亡くした向井氏は、口数は少なかったが “文章では叫んでいた”ことが可笑しかったと話します。
それは、こんな文章でした。
「えきには、ものすごいたくさんの人がいてた。ぼくは、ふみつぶされると思った。ぼくは、心の中で叫んだ。『ここには、こんなに小さいあらっちゃん(僕)という子どもがいてるんやでぇ』と」
当時7歳(小1)だった向井氏は、息苦しくなるほどの混雑ぶりを、こう表現していました。それは「こどもの時の目線に戻ることができた」瞬間だったと。
「前々からいつか大きくなって何か世の中にご恩返しする立場になることがあったら、地域の小さなこどもたちの心からあふれ出る詩や作文を募集して表彰し、盛り上げていこうと考えていた」という向井氏。この体験がその想いに拍車をかけたと話します。
かしま先生との出会いは、娘さんが持ってきた一冊の本でした。
「かしま先生の著書を拝読すると、こどもの表現力を引き出すきっかけづくりが盛りだくさんで、私が抱いていた想いとピッタリでした。そこで、かしま先生に審査をお願いし、むか新が創業120年を迎えた年に『あのね文庫』 詩コンクールを開催する運びとなりました。しかも驚いたことに泉佐野市ご出身で私と同じ第二小学校卒業。そんなご縁もあって先生は翌年泉佐野市の特別顧問に就任されました」
「あのね文庫」 詩コンクールのルーツが向井氏の幼少期にあったこと、必然性をも感じさせる かしま先生との出会い。「愛の往復書簡」は、先生不在であってもこれからも続けると話します。
130年以上 地域で愛される「老舗菓子店」の会長である向井氏にこんな質問を投げかけてみました。
―デジタルネイティブ世代である現代のこどもたちに大切にしてほしいこと、また、AIの発展による雇用への不安もよく耳にしますが、現場で活かされる“人間力”とは、具体的にどういったものなのか。
「人間はIQ(知能指数)の高い人が優秀と思われがちですが、EQ(心の知能指数)もこれからの時代は大切。勉強だけでなく、どうやったら相手が喜んでくれんだろう? と考える空気を読む力が必要だと思います。そのようなコミュニケーションを育む環境を大切にしたいですね。7歳で人生の脚本は決まるんです。こどもは1日100回決心します。やかんでやけどしそうになったら、『熱いからさわったらあかん』と決心するでしょ? とにかくいろんな体験をすることです。勉強も大切だけど、こども時代は“おもうまま”が一番いい。仕事で忙しく、コミュニケーションがとりづらいご家庭は『交換日記』をするのもいいですね」
「交換日記」は、ナイスアイデアですね!
そんな向井氏も小学生の頃、おまわりさんに親切にしてもらった経験から「おまわりさんって優しいんだ!」と“おもうまま”におまわりさんになることを夢見ていたそう。菓子屋になった今でも防犯意識は高く、「むか新」では 自社で「ひったくり防止カバー」を作成し、自転車やバイクでご来店いただいた方に配るなどして、安心・安全な街づくりに貢献。「向井少年」の心が今も生き続けていると話してくださいました。
第13回「あのね文庫」詩コンクール作品募集
現在「むか新」では、第13回「あのね文庫」詩コンクールの作品を募集しています(応募締め切り11月15日。その他 詳細は「むか新」公式HPをご確認ください)
日々のできごとや家族のこと、将来の夢など、テーマは自由(短くても、誤字脱字があってもOK)。
かしま先生は、ご自身の著書「せんせいあのね ①ひみつやで」で こんなことを語っています。
「自分の目で確かめたことで感じたこと、疑問に思ったこと、意見、発見したことを書いたものに赤ペンでまるをあげていた」
そして、“書き続けることで、ものの見方が変わる”とも。
「むか新」本店2階 ギャラリーには、「あのね文庫」 詩コンクールの受賞作品も展示されています。
ご家族で足を運んでみてはいかがでしょうか。
こどもひとりひとりの五感の中でひっそりと生まれ、育まれたことばで紡がれた 「世界一やさしいギャラリー」。
未来に この「ことばたち」が生き続けますように。