「合意なき離脱」再燃でEUが交渉期限を先送り 離脱撤回署名1日で220万人超 メイ首相退陣圧力強まる
3度目が否決でも4月12日まで離脱延期
[ブリュッセル発]英・欧州連合(EU)離脱交渉の期限が3月29日に迫る中、21日午後からEU首脳会議がブリュッセルで始まり、テリーザ・メイ英首相とEUの合意が英下院で承認された場合、5月22日まで期限を延長することが決まりました。
合意が否決された場合は離脱を4月12日まで延期し、5月の欧州議会選に参加するかを決めるということです。メイ首相はこの日、6月30日までの離脱延期をEU側に提案し、90分間にわたって各国首脳から問い詰められました。
このあとメイ首相は退席し、「3度目も英下院で否決されたら『合意なき離脱』にならざるを得ない」という強硬派のエマニュエル・マクロン仏大統領と、慎重居士のアンゲラ・メルケル独首相が対立。
激論は4時間に及び、「最後の最後まで英国が秩序だってEUから離脱できるよう全力を尽くす」というメルケル首相がマクロン大統領を説得しました。
メイ首相は記者会見で「合意して離脱できるよう最大限の努力をして、この国を前に進める」「昨夜のTV演説では自分の不満をぶちまけてしまったが、下院議員も同じように不満を溜め込んでいることは分かっている」と決意を新たにしました。
2016年6月の国民投票でEUからの離脱が選択されたことから、欧州議会選への参加については否定しました。
英国に残された選択肢は4つ
一方、EUのジャン=クロード・ユンケル欧州委員長とドナルド・トゥスク大統領(首脳会議の常任議長)が示した、合意が3度目の英下院採決でも否決された場合、英国に残された選択肢は次の4つです。
(1)英・EU合意を4度目の英下院採決で承認
(2)「合意なき離脱」
(3)離脱期限の長期延長(2019年末まで)
(4)離脱手続きの撤回
英紙フィナンシャル・タイムズに背筋が凍りつくような記事が出ています。強硬離脱(ハードブレグジット)派を説得できないメイ首相が20日の朝、「合意なき離脱」の受け入れに傾いたというのです。
保守党を分裂させずにEU離脱という公約を実現するためには、EUとの合意を破棄するのもやむを得ないと覚悟したのでしょうか。確かに20日のメイ首相は英下院での答弁でも、夜のTV演説でも苛立ちを隠せず、別人のように見えました。
今やタブロイド(大衆紙)を圧倒する強硬離脱派ぶりを発揮している保守系の英紙デーリー・テレグラフは、保守党議員委員会(1922年委員会)のグラハム・ブレイディ委員長がメイ首相に「保守党の下院議員はあなたの辞任を望んでいる」と伝えたと報じました。
英・北アイルランドとの国境問題を抱えるアイルランドのレオ・バラッカー首相も「英国が『合意なき離脱』をするのに許可は必要ない。もし、そういう事態になればそれは英国の選択であり、英国の決断だ」とメイ首相を突き放しています。
再び俎上に載せられた「合意なき離脱」
「合意なき離脱」が再び俎上に載せられたことは強硬離脱派にとっては願ったり叶ったりで、メイ首相にとってもEUにとっても極めて危険な賭けと言えるでしょう。
これを受けて英通貨ポンドは対ドルで1ポンド=1.33ドルから一時1.30ドルまで急落。19万社以上と数百万人の労働者を代表する英国産業連盟(CBI)と英労働組合会議(TUC)は緊急の共同声明を発表しました。
(1)「合意なき離脱」を回避することが最も重要
(2)交渉期限の延長が不可欠
(3)「現在の合意か、合意なき離脱か」を唯一の選択肢にしてはいけない
自分の責任を棚に上げ、議会を非難したメイ首相のTV演説に有権者の怒りが爆発。離脱手続きの撤回を求める電子署名がわずか1日で2万人から223万人を突破しました。
首相官邸の報道官は離脱手続きの撤回について「おそらく我々は1万2000回、首相は数千回にわたってその用意はないと否定してきた」と話しています。
「合意なき離脱」が英国経済に与える影響は甚大
自動車貿易を手がける日系英国人の男性(69)は「この2月に日立の原子力関係者が家族を連れて英国に1年半前に来たのは何だったのか、笑っちゃいますよと話して帰国していきました」という話を教えてくれました。
日立製作所が英国での原発建設を凍結したのはEU離脱とは関係ないものの、日本人駐在員のマイカーを輸送するこの男性によると、自動車の日本への持ち帰りが例年の倍ぐらいに増えているそうです。日系企業の「英国離れ」が加速している証拠です。
パナソニックは欧州本社を英国からオランダのアムステルダムに移転。ソニーも欧州本社の登記を英国からオランダに移します。日本貿易振興機構(JETRO)の昨年12月の調査では、英国のEU離脱に備え、移転・撤退を実施・決定した拠点は統括25社、販売12社、生産6社でした。
国際金融都市「世界一」の座を明け渡す
EU離脱を巡る混乱でロンドンはすでに国際金融都市「世界一」の座を3年半ぶりに米ニューヨークに明け渡しました。
国際会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)は今年1月の報告書で、EU離脱で金融の単一パスポートが使えなくなる恐れがあるため、7000人以上の仕事と約8000億ポンド(約116兆3900億円)の資産がロンドンからEU側に移されるだろうと分析しています。
EYの調査では36%が業務やスタッフをすでにEU側に移すか、移管を検討していました。ユニバーサルバンクや投資銀行、証券会社ではこの割合は56%にはね上がります。ダブリンやルクセンブルク、フランクフルト、パリでは新しく約2000人が採用されました。
金融機関は「合意なき離脱」という最悪シナリオを想定して準備を進めてきました。ロンドンの金融街シティー・オブ・ロンドンの行政責任者キャサリン・マクギネス氏は筆者のインタービューに「3000~1万2000人が移動しつつあります」と答えました。
日経新聞などによると、日系の金融機関の動きは次の通りです。
野村ホールディングスは昨年6月、独フランクフルトに現地法人を設立して証券業の認可を取得。欧州における融資業務の中核拠点をパリに置くかどうか、仏金融当局との事前協議を始めたとの報道も。
大和証券グループは昨年9月、フランクフルトに現法を設立し、証券業の認可を取得。
SMBC日興証券は昨年10月、フランクフルトに現法を設立。少人数で始めて業容が拡大すれば人数を増やす。
三井住友銀行は昨年11月、フランクフルトで現法を設立。
三菱UFJ証券ホールディングスは昨年12月、オランダのアムステルダムの現法が証券業の認可を取得。
みずほ証券はフランクフルトに現法を設立。昨年12月に証券業の認可を得て英国現法から株式や債券引き受け・トレーディング業務や人員の一部を移して、今年3月をめどに営業を開始。
農林中央金庫はアムステルダムに銀行法人の設立を準備。
自動車生産台数は150万台を割る
英自動車製造販売者協会(SMMT)によると、英国の自動車生産台数は今年1月までの1年間でついに150万台を割り込んで149万2537台に転落しました。
1月の自動車生産台数は前年同期比で輸出がマイナス21.4%、国内向けがマイナス4.8%の落ち込みです。
英国が「合意なき離脱」に追い込まれ、世界貿易機関(WTO)ルールに基づきEU域外関税の10%が自動車にかけられた場合、50億ポンド(約7300億円)のコストが発生するそうです。
EU離脱の行方も将来の関係も全く見通せないため、英国の自動車産業への投資は悲しくなるほど減っています。2013年には58億ポンド(約8400億円)もあったのに昨年は5億8860万ポンド(約856億円)と10分の1に激減しました。
ホンダはスウィンドン工場での自動車生産を2021年中に終了すると発表、サプライチェーンを含めると最大で2万5000人の雇用が失われるそうです。
サンダーランドに工場を持つ日産自動車もすでに、多目的スポーツ車(SUV)エクストレイルの次期モデルの生産計画を取りやめると発表しています。
(おわり)