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パリ・テロ後の欧州 ー「テロの戦争」、ISへの空爆、共同体に亀裂

小林恭子ジャーナリスト
アルジェリア系の男性がテロ容疑者としてドイツで逮捕された(2月上旬)(写真:ロイター/アフロ)

新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号に掲載された、筆者記事に補足しました。)

2015年11月中旬に発生した、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)によるパリ同時多発テロは、フランスにとって、2001年9月11日の米国大規模同時テロに相当する大事件だったと言われている。オランド仏大統領は「対テロ戦争」を構えることを宣言した。

フランスばかりか、欧州全体にとっても、パリテロは多大かつ複層的な影響を及ぼしている。

わが身にも起こりうるテロ

テロの様子は世界中のメディアを通じて報道されたが、最も衝撃が高い地域はやはり欧州であった。

欧州市民にとって、パリは心理的および物理的に非常に近い。知人・友人や親せきが住んでいる、あるいは自分が行ったことがある場所である。また、電車や飛行機で短時間で行ける都市でもある。わが身とつながっているパリのテロは他人ごとではなかった。「自分が住む町でも、いつ同様のテロが発生してもおかしくはない」-そんな思いを多くの市民が持った。

実際に、筆者自身もパリ・テロの様子をニュースで数時間見た後、眼に惨状の様子が焼き付いてしまい、なかなか寝付くことができなかった。急に気温が下がったような、冷たい空気を感じた日々が長く続いた。

昨年年頭に発生した仏週刊誌「シャルリ・エブド」でのテロ事件とは全く異なる。同誌の風刺画家などはイスラム教の預言者ムハンマドを「冒とくする」風刺画を掲載したことがきっかけとなってイスラム過激派シンパの兄弟に殺害されたが、今回は普通の生活をしている市民が襲われたからだ。

テロ発生の翌日の11月14日、オランド大統領は一連の犯行を「テロ事件」と断定した。間もなくして、ISが犯行声明を出した。

パリが緊張を高める中、ベルギーでも共犯者の捜査に力が入った。ブリュッセルはテロ警戒態勢を最高水準の4に引き上げ、街中のあちこちでは武装兵士や警官が警戒にあたった。主犯格アブデルハミド・アバウドが同月18日に仏サンドニで特殊部隊に殺害されるまで、新たなテロの脅威は消えなかった。

揺れるシェンゲン協定

欧州市民の恐怖感・緊迫感を背景に、人、モノ、サービスの自由な行き来を目指す欧州連合(EU)の基本原理を揺るがせるような事態が生じている。

ドイツ、フランス、ギリシャ、イタリア、オランダ、デンマークといったEU加盟国に加えてアイスランド、スイス、ノルウェーなど非EU加盟国を含め26カ国が参加するシェンゲン協定は、参加国の市民であればパスポートの提示をせずに域内を出入りできる取り決めだ。EUの主要国の1つである英国は参加していないものの、統合欧州の象徴だ。

パリのテロで、シェンゲン協定の将来が危うくなってきた。

ここ2-3年ほど、欧州は北アフリカや中東からやってくる難民の流入に悩まされてきた。背景にはアラブ世界で広がった反政府運動「アラブの春」(2011年)以降、弾圧や迫害から逃れるために自国を出る人が増えている現実があった。シリア内戦の長期化で、シリアからの難民が大きな比重を占める。

シリア難民の中に聖戦戦士が混じっているのではないかという声が出る中で、パリのテロの実行犯と見られる人物がシリア人の偽パスポートを用いて難民として欧州に入ったという報道が出た。「やっぱりそうだったのか」という印象が欧州内に広がった。

今回のテロの実行犯らはフランスとベルギー両国に住んでいた。パリのテロ当日の夜、オランド大統領は容疑者の逃亡やテロリストの入国を防ぐために国境を封鎖する、と述べた。フランスがシェンゲン協定に沿って廃止していた域内での出入国管理を復活させると、国境を接するベルギーも同様の措置を取った。

パリのテロとは別の流れになるが、2015年に約100万人の難民を受け入れたとされるドイツやほか一部のEU加盟国では、流入急増に対処するため一時的に国境検査を再導入している。

EUはシェンゲン圏の国境検査を厳格化する改革案をまとめる方向に入った。これまでは域外からくる非EU国民に対してのみ、データベースを使ってテロや犯罪歴の照合を行ってきたが、今後はEU加盟国民に対しても行なう見込みだ。

ここ数年、ギリシャの債務危機に端を発した混乱がユーロ圏を揺さぶった。EUの共通通貨ユーロへの懸念、対処しきれない難民問題、そしてシェンゲン協定の事実上の破たんは、統一体としてのEU自身のほころびのようにも見えてくる。

IS一掃のための「戦争」の余波

パリのテロによる余波として強化されたのがIS一掃のための戦いだ。

テロ後に「戦争」宣言をしたオランド大統領は、IS討伐のための軍事行動や国内外の警備活動に大きく予算を充てることを決めた。テロ発生から2日後の11月15日、フランス軍はシリア北部ラッカにあるISの拠点を空爆。すでに9月から空爆を行っていたが、テロ後はこれが初であった。国内には非常事態体制を敷き、集会の自由に制限を付けるほかに、警察は裁判所の令状なしに家宅捜査を行うことができるようになった。

ISはイラクとシリアで支配地域を広げているが、有志連合を率いる米軍がイラク政府の要請を受けて対IS攻撃としてイラク領内の空爆を始めたのは、2014年8月だった。ちなみに、米政権によれば、有志連合には軍事行動には参加せず経済支援をするだけの国も含め、約60か国・地域が参加。この中には日本も入る。その後、有志連合はシリア領内へと空爆の範囲を拡大した。

フランスは2014年9月、米国に続いてイラクへの空爆を開始。1年後には空爆対象をシリア領に拡大させた。シリアでIS拠点の空爆を行えば、西側諸国と対立するアサド政権の延命に通じるとしてシリア領への空爆には躊ちょしていたフランスだったが、シリア難民が急増したことで、根本的な解決のためには情勢の安定化が必要と考えた。2015年のパリ・テロ後、空爆強化を決めたフランスは、主力空母シャルル・ドゴールを投入し、シリアとイラクの両国で、テロ発生から間もない12月上旬までに30回以上の空爆を実施した。

オランド大統領が欧州各国の首脳陣に対IS攻撃での協力を求めた結果、英国やドイツが動き出した。

英国は2014年9月からイラク領での空爆に参加した。しかし、アサド政権の延命を避けたいという、フランスと同様の事情や米英が中心となって開戦したイラク戦争(2003年)が間違った諜報情報に基づいた間違った戦争という認識が国内に根強いため、シリアでの対IS攻撃には消極的だった。

それでも、2015年8月、無人機ドローンを使った空爆でシリア領内の英国人IS戦闘員二人を殺害。シリア領での初の空爆である。殺害された二人うちの一人は「ジハド・ジョン」というニックネームがついた男性で、日本人の後藤健二さんを含む人質を殺害した人物といわれている。

英下院は12月2日、シリア領に空爆を拡大させるか政府議案を可決した。翌3日、キプロスの英空軍基地からシリアに向けて戦闘機を送った。「同盟国からの要請があった」、「英国をより安全にする」、国連安保理決議がISによるテロ防止に「あらゆる必要な手段をとる」としたことで、「合法性がある」と判断したことが可決の主な理由となった。

直接の軍事作戦には消極的だったドイツも、フランスの要請を受けて、方向転換をした。12月4日、ドイツ連邦議会は偵察任務に当たるトルネード戦闘機やフランスの空母を護衛するフリゲート艦一隻、空中給油機、最大1200人の兵士などをシリアに派遣することを承認した。派遣期間は1年間。空爆そのものには参加しない。

米主導の有志連合によるISへの軍事作戦は、イラクとシリアの両国で参加する国が米国のほかには英国、フランス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、ヨルダン。シリアのみはバーレーン、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連合。イラクのみはベルギー、デンマーク、オランダとなった。

有志連合とは別に、IS討伐のための軍事作戦を行っているのがロシアだ。勢力を拡大するISに追い込まれたアサド政権から要請を受けて、昨年9月30日から空爆を始めた。

シリアはアサド政権、反政府勢力、ISが入り乱れた内戦となっているが、ロシアの参加で状況はさらに複雑化している。米主導の有志連合側は、ロシアがISのみならず、反政府勢力も攻撃していると主張している。非ISの反政府勢力は一丸となってはおらず、時にはISを支持し、時には反ISにもなるともいわれており、さらに状況は混とんとしている。

複数の国によるIS空爆で、いつかは衝突事故が起きるのではという懸念があったが、これが現実化したのが11月24日。トルコとシリアの国境地帯で、トルコ軍の戦闘機が「領空侵犯した」ロシア軍の戦闘機を撃墜させたからだ。ロシア人操縦士一人と救出任務にあたった海兵隊員一人が死亡した。トルコはロシア機が警告を無視して領空侵犯を続けたと主張し、謝罪を拒否。ロシア領空侵犯も警告もなかったと反論している。

プーチン露大統領は同月30日、トルコによるロシア機墜落はトルコがISとの石油取引を守るためだったと主張した。トルコはこれを否定している。有志連合側にとって、シリアと国境を共有するトルコはシリア難民の欧州流入を防ぐため、そしてIS一掃のためにも協力が欠かせない相手だ。ロシアとの争いが過熱しないよう、沈静化を求めているが、ロシアはすでに食料品の輸入制限や査証なし渡航の打ち切りなど、制裁を実施している。

パリのテロの帰結として強化された対ISの空爆作戦は欧州や中東の国際関係にさまざまな波紋を広げている。

解決を待つ課題

テロ発生後、いくつかの課題が見えてきた。

事件の全貌については、これからさらに新事実が出てくるかもしれない。

シリアについては、複数の国が参加することで空爆が新たな衝突事故を生み出す可能性がある。

さらに大きな問題は空爆後の計画が漠としている点だ。空爆のみではISを一掃できないというのが軍事関係者の大方の認識であるため、いつかは地上戦が始まる。オバマ米大統領は2月11日、IS一掃のため、武力行使についての大統領権限を容認する決議案を米議会に提出した。地上部隊派遣につながる動きとみられている。果たして、実現するだろうか。泥沼化したイラク戦争の再来にならないか。

IS勢力が一掃された場合でも、空白を埋めるのはどの勢力なのか。例えば英国の場合であれば、与党が選挙に負ければ、代わりに政権がとれる野党が存在する。シリアの場合、国民の大多数が信頼する政治勢力が出現する可能性はあるのかどうか。アサド政権が強化するだけになりはしないか。ISが消えた後の空白に新ISが生まれる可能性はないのか。

また、欧州市民にとって最も重要な点は、最終的には自国で「安全な暮らしができるかどうか」であろう。この文脈でいえば、かつてはアルカイダ、今はISに心酔し、自国内でテロ活動に走る若者たちをどうするか、そうした行動に向かわせないようにするには、どうしたらよいのか。

オランド大統領の「テロの戦争」宣言は勇ましいが、ISに引き付けられないようにするための努力はほとんど報道されていない。強面の手段は、イスラム教徒の国民の少なくとも一部からむしろ反感を買っているようだ。

仏内務省によると、11月中旬のテロから2週間ほどの間に、フランスでは、家宅捜査が2200件以上実施された。263人が事情聴取を受け、330人が自宅軟禁状態、3つのモスク(イスラム教の礼拝所)が閉鎖された。

米独立系ウェブ・メディア「デモクラシー・ナウ」の取材を受けた、フランスの反イスラムフォビア組織のヤッサー・ルアティ氏は、警察当局が家宅やモスクに突然やってきて、乱暴に捜査する様子を語る(12月3日報道)。仏南東部ニースのある家では、捜査員らがドアに銃弾を放って中に入り、もう一つのドアにも発砲したために銃弾の破片が中にいた少女の首の後ろに当たったという。その後で捜査員らは「家を間違えた」といって、去っていったという。「同様の例が多数ある」(ルアティ氏)。 

欧州で生まれ育ったイスラム系青年がなぜISのシンパになって、テロリスト予備軍になるのかについては、様々な分析がなされてきた。移民2世あるいは3世として生きる中で「社会的に疎外されているため」という理由がよく挙げられている。ソーシャル・メディアでの勧誘やメディア戦略にたけたISの吸引力も要因の1つだろう。

筆者自身に解決策があるわけではない。ただ、数年あるいは10年以上かかるかもしれない「対ISテロとの戦争」に大量の軍事力を投入する方向に各国が動く中、ISに惹きつけられる若者たちの存在をどうするかにもリソースがもっと割かれるべきではないだろうか。テロ実行予備軍が国内あるいは近隣国にいるのに、遠くの国に戦闘機を飛ばす政策に割り切れないものを感じる昨今だ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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