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トランプ米大統領の“乱入”で英総選挙が乱戦模様に ジョンソン英首相のEU離脱合意と野党党首をなで斬り

木村正人在英国際ジャーナリスト
英総選挙を混乱させるドナルド・トランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

日本は米農産品7560億円に市場開放

[ロンドン発]4年半余で3度目の総選挙に突入した英国の欧州連合(EU)離脱交渉にドナルド・トランプ米大統領が再び口先介入しました。

トランプ大統領には中国に次いで米国の貿易赤字の原因になっているEUと英国を分断させ、孤立した英国に農産品や医薬品・医療機器を売りつける狙いがありありとうかがえます。

トランプ大統領は最大の“お友達”安倍晋三首相と一定の農産品、工業品の関税を撤廃・削減する日米貿易協定と日米デジタル貿易協定で合意。日本は約70億ドル(約7560億円)にのぼる米国の農産品について市場開放します。

日本の自動車・自動車部品に追加関税や数量規制は課さないという約束をトランプ政権から取り付けたものの、米国向けの自動車や自動車部品の関税は継続協議となりました。

「英首相の離脱合意は米英FTAの妨げ」

EUからの完全離脱を叫ぶ新党ブレグジット党のナイジェル・ファラージ党首のラジオ番組に“友情出演”したトランプ大統領は次のように語りました。

「ボリス・ジョンソン英首相とは電話で話した。米国と英国は貿易を拡大したいが、正直言ってボリスとEUの合意はその妨げになる。米国は英国と自由貿易協定(FTA)を結べない」(ファラージ党首もトランプ大統領も英国がEUから完全に離脱する「合意なき離脱」を求めています)

「われわれは今の米英貿易を何倍にもできる。英国とEUで行っている数字よりはるかに大きい数字になる。特定の条件下では米国は排除される。それはばかげている」

「あなた(ファラージ党首)とボリスが協力するのが望ましい。あなたは前の選挙で多くの票を集めた。2人が協力すればすごいことが起きる」(ファラージ党首は与党・保守党との選挙協力についてEUとの離脱合意を破棄して「合意なき離脱」を強行することを条件に挙げました)

「コービン党首は素晴らしい人だが、私と彼の立場は正反対だ。英国のNHS(国民医療サービス)をどうこうするのは私の仕事ではない。私は英国と貿易がしたいだけだ」(コービン党首は選挙キャンペーン初日に「NHSは売り物ではない」と宣言)

「あなたとボリスが協力すればものすごいことが起きる。誰にも止めることができないだろう。コービン党首が総選挙に勝つと英国にとっては良くないだろう。英国を間違った方向へ導き、悪い結果をもたらす」

「ドイツをどうして米国が守らなければならないのか」

北大西洋条約機構(NATO)同盟国の軍事費の少なさについてもトランプ大統領はこれまでの持論を繰り返しました。

「NATOの欧州の同盟国は十分な負担をしていない。そんな国が20カ国(NATO資料ではトルコやカナダを含め21カ国)もある。英国は国内総生産(GDP)の2%というNATO目標を満たしている(同2.13%)。米国はその2倍も軍事費を支出している」

「ドイツは1.2~1.3%(同1.36%)しか軍事費を支出していない。米国は4%(同3.42%)だ。ドイツはエネルギーのパイプラインを敷設するためにロシアに巨大な資金を支払っているのに、なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」

英総選挙における主要政党の状況をおさらいしておきましょう。

【与党・保守党】EU離脱派。党内残留派や穏健離脱(ソフトブレグジット)派が離脱または追放されて大幅に過半数割れ。ジョンソン首相が強硬離脱を主導し、新党ブレグジット党に流れた票を取り戻す。

【ブレグジット党】EU離脱派。3年前の国民投票で離脱派を勝利に導いた英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首が立ち上げた新党。EUとの関係を完全に断つ「合意なき離脱」を主張し、保守党を突き上げている。アングロ・サクソンの復権を目論む謀略に加担しているとの指摘も。

【最大野党・労働党】筋金入りの社会主義者で“隠れ離脱派”のジェレミー・コービン党首が残留か離脱かあいまいな態度を取り続けているため党内は液状化。EUの関税同盟残留案を2回目の国民投票にかけるという党の建前とは別にそれぞれが好き勝手なことを言っているため、党の方針が何なのか理解しにくい。

【中道・自由民主党】EU残留派。39歳のジョー・スゥインソン新党首は政権取りを宣言。反ユダヤ主義を野放しにするコービン労働党党首への不信感を露わにし、2回目の国民投票ではなく離脱手続きの撤回を唱える。

【スコットランド民族党(SNP)】EU残留派。スコットランド独立を党是に掲げ、EU離脱の混乱に乗じて独立の住民投票を実施するのが最優先課題。

トランプ大統領に突き放されたジョンソン首相

英国は1つの選挙区に1人の当選者という単純小選挙区制をとっています。与野党ともに分裂選挙の様相を呈しているため、離脱派にせよ残留派にせよ一本化に成功した陣営が総選挙に勝利する見通しです。

6月に英国を公式訪問した際、保守党党首選を控えたジョンソン首相を思いっきり持ち上げたトランプ大統領ですが、「合意なき離脱」からEUとの合意に方針転換したジョンソン首相を不満に思っているようです。

ジョンソン首相はEUとの新しい離脱合意の是非を問うため総選挙に打って出ました。米国とFTAを結べることをセールスポイントの1つにした合意のはずでしたが、トランプ大統領から早くも突き放された格好です。

トランプ大統領とブレグジット党がこの合意をあからさまに攻撃したことはジョンソン首相にとっては大きな打撃になります。英国のEU離脱交渉に再び嵐が吹き始めました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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