Yahoo!ニュース

火星の家は宇宙飛行士の「血と尿」の結晶? 英研究者が火星材料からバイオコンクリートの製造方法を考案

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
ローバーが撮影した火星の表面。NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS

将来の火星有人探査、火星植民に向けて、生活拠点となる住宅を建てるために火星の表土(レゴリス)を材料に、コンクリートのような建築材料を作る研究が進められている。レゴリスからコンクリートを作るには固めるための結合材が必要だが、火星ではこれが簡単に手に入らない。英マンチェスター大学の研究者は、宇宙飛行士の血液に含まれるタンパク質と、尿から得られる尿素を結合材として利用する方法を考案した。一般的なコンクリートよりも高い圧縮強度を得られるという。

火星の材料でコンクリートを作る

火星有人探査、将来の火星植民が可能になったとき、人が生活する住宅の材料はどのように入手すればよいのだろうか。地球からコンクリートや鉄を輸送する、という方法はコストの点で現実的ではない。建築材料を地球から火星まで送ると、レンガ1個あたり2億円以上かかるとの試算もある。

火星にもともと存在する材料を建築に利用することができれば、輸送の問題は解決する。月では、砂やダストなど月面のレゴリスを利用した月コンクリート、レゴリスの粉末を低い温度で加熱して固める「レゴリス焼結材」などが検討されている。だが、真空中でのコンクリート製造が難しく、レゴリスの焼結に大きなエネルギーを必要とするなど、それぞれ一長一短ある。

火星でも同様にレゴリスを使った建築材料の製造が検討されている。NASAは3Dプリンタでレゴリスを使った建材製造の技術開発を進めているが、現在の検討では結合材を地球から輸送する必要があり、火星へ輸送できる重量のかなりの部分を占有してしまう。

(C)Dr. Aled Roberts | Future Biomanufacturing Research Hub Manchester Institute of Biotechnology
(C)Dr. Aled Roberts | Future Biomanufacturing Research Hub Manchester Institute of Biotechnology

材料をすべて火星で調達できれば理想的だが、セメントを入手することができない。そこで、英マンチェスター大学の研究者は、火星へ持っていくことが可能でペイロードを圧迫しない、火星コンクリート向けのバイオ材料の検討を行った。論文は2021年9月10日付けで材料工学の専門誌『Materials Today Bio』に掲載された。

生物由来のタンパク質は、物質を固定する結合材としての働きがある。とはいえ初期の火星植民でにかわが取れるような家畜を大量に連れて行くといった方法では、セメントと同様にペイロードの問題が発生してしまう。そこで、研究者は宇宙飛行士自身にその結合材を求めた。血液中に最も豊富に存在するタンパク質の一種、ヒト血清アルブミンだ。健康な成人では、アミノ酸を材料に1日あたり6~12グラムのアルブミンを生産することができる。

実際に血液からアルブミンを取り出し、火星の模擬土を材料にバイオコンクリートを製造したところ、25メガパスカルと一般的なコンクリートに匹敵する強度が得られたと報告されている。研究者はこの材料を「AstroCrete(アストロクリート)」と名付けた。

(C) Dr. Aled Roberts | Future Biomanufacturing Research Hub Manchester Institute of Biotechnology
(C) Dr. Aled Roberts | Future Biomanufacturing Research Hub Manchester Institute of Biotechnology

さらに、排泄された尿から尿素を取り出してアストロクリートに加えると、40メガパスカルと一般的なコンクリートよりも強度が高くなったという。研究では、6人の宇宙飛行士が火星表面で2年間生活しアルブミンを提供すれば、500キログラム以上のアストロクリートを製造できると試算している。

建築のために血液を提供することは実現可能なのか

実験室で血液を材料に少量のバイオコンクリートを製造することができたとしても、それが本当に火星植民で利用できるのか、という点には当然ながら疑問が残る。宇宙飛行士の生理学的負担は大きく、たとえ事前に同意があったとしても実際には大きなストレスになることが予想される。ケガや栄養状態の問題で、アルブミンを採取できなくなる可能性もあるだろう。

代替材料として、ウシ血清アルブミンは、ヒトのものと同様に火星レゴリスをコンクリートにすることができる。将来、ウシを火星植民に加えることができればウシ由来のアルブミンを利用することも可能で、ヤギやウサギにも同様の機能を持つという。ミルクなどの食料を生産でき、皮革を利用できるなど火星の資源を増やすという大きな意味もある。ただし、体が大きく重量のある動物をペイロードに加えることが難しい。またアルブミンだけを培養することも技術的には可能だが、培養装置であるバイオリアクターを火星に運ぶ必要がある。

あまりペイロードを圧迫しないバイオリアクターが実現できれば、イカの環歯のタンパク質やムール貝、フジツボなどの接着タンパク質は期待できる材料だという。そしてもうひとつのバイオ材料が、蜘蛛の糸だ。論文では「スパイダーシルク」と呼ばれる蜘蛛の糸のタンパク質を火星コンクリートの結合材に使用する検討を行っており、アルブミンと同様に火星レゴリスからコンクリートを製造できる可能性がある。国際宇宙ステーション(ISS)のではこれまでにもスパイダーシルクの培養を実現する基礎研究が行われており、火星植民の時代にはこの技術が建築材料として結実するかもしれない。

NASAが開発した火星レゴリスの模擬土「JSC Mars-1」IMAGE CREDIT: WIKIMEDIA COMMONS (Z22).
NASAが開発した火星レゴリスの模擬土「JSC Mars-1」IMAGE CREDIT: WIKIMEDIA COMMONS (Z22).

あるいは、ヒトから血液を採取して作られたアストロクリートは、実験室の中だけにとどまるものなのかもしれない。生体材料が宇宙で建築資材として活用できることを実証できれば、過酷な環境で生活する宇宙飛行士から血液を採取するという方法よりも、同様の材料を培養する実現可能な方法が求められるだろう。ヒト血清アルブミンはイネの胚乳を使って医療用に産生することができる。こうした技術を宇宙向けに応用できれば、火星の植物工場でイネから食料とコンクリートの材料を同時に生産する、といったことも考えられそうだ。

●発表

Blood, sweat and tears: extraterrestrial regolith biocomposites with in vivo binders

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

秋山文野の最近の記事