大手通信会社元社員逮捕。ソ連から続くロシアの技術情報窃取とは
在日ロシア通商代表部の職員に秘密情報を渡したとして、通信大手ソフトバンクの元社員が逮捕されたと報道されています。
次世代の移動通信規格である5Gの主導権を巡って、各国がしのぎを削っている中、大手携帯キャリアから情報がロシアに不正に流れていたのは気になりますが、今後の捜査でどのような情報が流出したのか明らかにされることを望みます。
諜報活動による科学技術情報窃取
諜報活動と言っても、外交情報や軍事情報を入手するもの、その国の政治や世論に働きかけるもの、あるいは破壊工作など様々なものがありますが、今回は科学技術情報の窃取として報じられています。科学技術情報を他国から入手することで、その技術開発に要する費用や時間を大幅に低減できることができるため、この手の活動は昔から行われていました。
企業や研究機関の技術を狙った活動は、冷戦中にもさかんに行われていたことが明らかになっています。1992年にイギリスに亡命したKGB(ソ連国家保安委員会)職員のミトロヒンは、2000ページに及ぶ機密文書の写しを持っていました。この文書をケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー教授が分析したものがミトロヒンアーカイブとして出版されており、その中に1970年代に日本の科学技術情報をKGBに提供した、企業経営者、大学の研究者、企業の社員ら、日本人エージェント16名のコードネームが記されていました。
冷戦期のエージェントというと、冷戦が政治イデオロギーの戦いの側面もあったことから、思想的な背景があると思われるかもしれませんが、これら科学技術情報収集のためのエージェントは、ビジネスの延長として情報を売っていた者が多かったと言われており、実際に今回の事件も小遣い目当てだったという供述が報じられています。
莫大な利益をもたらした情報窃取
KGB第一総局にはT局と呼ばれる科学技術情報の窃取を行う部門があり、KGB東京駐在部ではX系統と呼ばれる部署がその活動を行っていました。1970年代に日本で活動し、1979年にアメリカに亡命したレフチェンコKGB少佐の証言によれば、KGBが日本の公安警察の通信を傍受する機器も、X系統が日本で入手した機材によって行われていたとされます。
当時のソ連にとって、科学技術情報の入手先としては、日本は西側国家の中では5番目でしたが、それでも日本で入手した科学技術情報を金銭的な価値に換算すると、KGB東京駐在部の予算をまかなえると伝えられていたと前述のレフチェンコ少佐は証言しています。日本に限らず、世界中で行われていたソ連による科学技術情報の窃取は、ソ連に莫大な利益をもたらしていたとされます。
ソ連崩壊後も続く活動
ソ連が消滅してロシアになっても、たびたび科学技術情報の流出が発覚しています。半導体情報が流出した事件(1992年発覚)。ソフトウェア仕様書や軍事関係資料が流出した事件(1997年発覚)。半導体や企業情報が流出した事件(2005年発覚)などが知られています。ソ連崩壊後、KGBはいくつかの組織に分割されましたが、科学技術情報の窃取はSVR(対外情報庁)が引き継いでいます。軍事関係の技術はGRU(連邦軍参謀本部情報総局)が窃取することもありますが、まだ報じられている範囲では、今回の事件にどの情報機関が関わったのか明らかにされていません。
今回の事件はまだ逮捕から間もないため、以降の捜査でどんな情報が渡ったかが明らかにされるかが重要です。警視庁は関わったとみられるロシア人2名に出頭を要請していますが、過去の例から出頭に応じることなく早急に帰国することになると思われます。
今回はロシアによる事件でしたが、過去には中国・北朝鮮が関与した同様の事件が発覚しており、また警察による検挙は無かったものの、ポーランドの亡命者が冷戦中に日本でコンピュータなどの技術情報を集めていたことを証言した例もあり、様々な国が行っているものと考えられます。また、科学技術情報の窃取は国家による専売特許ではなく、1982年に発覚したIBM産業スパイ事件では、FBIのおとり捜査により日本企業の社員が、IBMのコンピュータ情報を不正に入手しようとしたとして逮捕されています。
官民問わず情報を窃取しようとする意図が溢れている以上、少しでも秘密に接する人は他人事と思わないのが間違いないでしょう。