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アマゾンのライブビジネス「Prime Live Events」は、どう音楽業界に影響を与えるか?

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
blondie live(写真:Splash/アフロ)

アマゾンがコンサートビジネスをイギリスで開始しました。「Prime Live Events」という名称のイベントで、プライム会員向けの小規模なイベントをアマゾンが手掛けます。アマゾンのライブ事業への本格参入は、今回が初めて。

アマゾンは「メジャーなアーティストのライブを、有名かつ親密感ある会場、間近でパーソナルに体験できる」と説明しています。

5月23日には、ニューヨーク出身のニューウェーブ・バンド「ブロンディ」(Blondie)が、6月12日には元ヤズーのイギリス人シンガーソングライター、アリソン・モエット(Alison Moyet)のライブと、ファンとのQ&Aセッションが予定されています。

ブロンディのサイトでも、ライブの告知は行われていますので、オフィシャルイベントとしての扱いであると言えます(プライベートイベントやファンクラブイベントではない)。

会場は、ロンドンのハックニーにあるRound Chapel。キャパシティは約750人と、アマゾンが目指す「親密感」の規模が想像できます(都内なら、渋谷のQUATTROが同じ規模)。

チケットはアマゾンのサイトのみでの販売で、払い戻しや転売は行えない仕組み。紙チケットの発券もありません。その代わり、購入者のID(名前)が会場のゲストリストに登録され、当日は写真付きIDを持ってくるだけで入場ができる、アマゾンらしい便利な仕組みになっています。

チケット購入の手順は、アマゾンのサイト内で人数を選ぶだけ。IDやパスワードのサインインもなく、簡単なプロセスで買えます。ブロンディのチケットは一律150ポンド(約2万円)で発売されています。

アマゾンはチケット価格を75〜150ポンド(約1〜2万円)と表示していますが、今後変わっていくかもしれません。

アマゾンは、コンサートの模様をプライム会員向けにPrime Videoで公開していく予定。

2016年には、イギリスでライブをテストしており、すでにロビー・ウィリアムスとジョン・レジェンドという、アリーナ/スタジアムクラスの大物2人がそれぞれSt. John’s HackneyとRound Chapelという小規模ベニューでライブを行いました。

業界と一線を画す、アマゾンの音楽戦略

このように書くと、アマゾンが「ライブビジネス市場に本格参入」と思う人が多いかと思います。しかし、アマゾンが仕掛けるチケット販売サービス「Amazon Tickets」とPrime Live Eventsは、アマゾンにとっては、プライム会員を拡大するためのサービスであり、音楽業界で勢いがあるライブ市場から収益を取ろうとは考えていないはずです。

もしアマゾンが今後の世界のライブ市場に打って出て、ライブ・ネイションやAEGといった大手プロモーター、または日本のクリエイティブマンやキョードー東京といったローカル市場に圧倒的な強みを持つプロモーターと競合するというなら、あまりにも音楽業界やアーティスト、マネジメントとの関係性やイベントのノウハウといった面で不利な立場にあり、それらを補うために長期の戦略が必要でしょう。音楽プロモーターとは、全く異なるビジネスモデルで、ライブビジネスを見ているのがアマゾンです。

一方で、アマゾンが注力してきたのは、チケット・ビジネスです。

現在イギリスではすでにAmazon Ticketsが立ち上がり、チケット販売を直接サイトから行っており、加えて先日は、選ばれたイベントやコンサートでは他社よりも先に先行販売を開始するアップデートを加えました。(アマゾン、次はチケットビジネスに参入か? 元ワーナーミュージック幹部を引き抜き、組織を強化中

決済を全てアマゾンのアカウントで行うため、チケット購入までの手間が大きく低減。さらに、イベントやアーティストに関連するコンテンツや商品の購入、そして「Prime Music」や「Amazon Music Unlimited」など音楽ストリーミングサービスによるコンテンツの楽しみ方、利用、さらにはアマゾンEchoでの再生まで、アマゾンのサイト内で顧客をターゲットでき、多角的にマネタイズが可能になります。(アマゾンが定額制音楽ストリーミング「Amazon Music Unlimited」を発表。「Echo」スピーカー連携で音楽配信はリビング進出を迎えるか?

アマゾンと他社の定額制音楽ストリーミングサービスとの戦略での最も大きな違いは、アマゾンは他社が必死に獲得したがっている20〜30代の音楽好きなユーザーよりも、年齢は上で、メインストリームな音楽を好むユーザーをターゲットにしている点です。これがアマゾンが業界のルールとは全く異なる戦略を進めている背景です。そのため、チケット価格も150ポンド(約2万円)と高価格帯に設定できると考えられますし、必ず若者狙いのコンテンツ戦略に執着する必要もないということです。

いずれはイギリスから海外へ展開すると予想されるPrime Live Eventsよりも、Amazon Ticketsが今後はどうプライム会員向けサービスとして、差別化を図ってくるのは、注目です。例えば、チケットの転売や、先行受付、コンテンツやグッズとのパッケージ販売と、これまでのチケットサービスに対するオルタナティブとなる可能性があり、ユーザーにとってはメリットは出てくるのではと予想してしまいます。

さらには、いずれはアマゾンEchoのスキルや、IoTとAlexa連携で、チケット購入が音声のみで行える世界も見えてきて、それは大きな未来だと感じます。

音楽をレコメンドし続けなければ行けない音楽ストリーミングサービスにおいて、チケット販売やイベントまでを実現している既存のサービスはありません。そんな中、アマゾンの場合は、チケットに併せてさらに音楽をMP3、CD、ストリーミングでレコメンドすることも、動画、グッズをレコメンドすることもユーザーのデータを分析して可能ですし、ユーザー次第で好きな楽しみ方ができるサービスを一元的に集約し始めているのです。

音楽を聴くだけで物足りないなと思った人が増え始めた時、さらに音楽を探したいのか、それともライブや動画、本や写真集を見たいか、アマゾンが打ち出すモデルは、21世紀型の音楽ビジネスとして脱音楽特化型サービスという、アマゾンらしさが見えてくる音楽の未来の一つでしょう。

ソース

Amazon moves into UK live music starting with Blondie London gig (The Guardian)

この記事は、デジタル音楽メディア「All Digital Music」で2017年5月15日に掲載された記事の転載です。

デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

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