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がんばれ熊本!がんばれ九州!女子バレー全チームの思いを託した横断幕

田中夕子スポーツライター、フリーライター
サマーリーグの会場に掲げられた横断幕には全チームのメッセージが記されていた

熊本、大分を襲った大地震から3か月が経つ。

テレビや新聞で報じられる機会も少なくなり始めた7月、女子バレーボールのサマーリーグが1日から3日までいしかわ総合スポーツセンターで開催され、Vリーグに所属する全22チームが参加した中、熊本を拠点とし、チャレンジリーグ1に属する「フォレストリーヴズ熊本」も出場した。

バレーボールを続けていいのか

大きな揺れに見舞われ、おさまったかと思えばまた大きな余震に心が休まる間もない。今年の3月に鹿屋体育大学を卒業し、4月からチームに入ったばかりのセッター、岩永明奈は不安に胸が潰されそうだった、と振り返る。

「実家も心配だし、家族や友達も心配で。帰りたかったけれど道がないから帰れない。建物の中にいるのが怖くて、私自身も近くにあるバスの中で数日過ごしました」

本震の翌日、16日未明の余震で、実家がある阿蘇市は大きな被害を受けた。死者や行方不明者、といった言葉が連日報じられ、見慣れた景色が全く違う姿で映される。2011年の東日本大震災の時は、「大変なことが起きた」と思いながらも、どこか遠いところにあった「被災者」という立場に自分がなったのだ、と改めて気づかされた。

少しずつ、復旧や復興へ向けて動き出したが、阿蘇の橋が崩落し、近くにいた友人は未だ、行方がわからない。普段は練習場所だった熊本市内の体育館も避難所となり、バレーボールの練習などできるわけがなく、チームは、自分はどうなるのか。そもそも家がなくなってしまった人や、命を落とした人がいるのに、好きなバレーボールを続ける生活などできるのか。途方に暮れた。

不安を抱いていたのは、地元が大きな被害に見舞われた岩永だけでなく、熊本を拠点として活動してきたチーム全員も同じだ。

水もガスも出ず、バレーボールどころか、通常の生活を取り戻すのに精いっぱい。震災の前は、熊本サービスセンターに所属し、企業や病院、学校の清掃業務に携わりながら、勤務を終えた14時から19時頃まで練習するのが日常だったが、練習する体育館がない。ちょうどメンバーも多数入れ替わったばかりの時期と重なり、キャプテンの川口美久も「どうやってチームを立て直していけばいいのかわからなかった」と言う。

新チームとして初めて臨む公式戦が、7月1日から始まるサマーリーグだったのだが、こんな状況で出場することができるのか。ただ単に練習環境がないというだけでなく「バレーボールをやっていていいのか」と迷いを消せずにいたチームの、選手を動かしたのは、同じVリーグで選手として、コーチ、監督、スタッフとして戦う仲間たちがくれた「思い」の詰まった言葉だった。

横断幕にこめた思い

発起人となったのは、かつて武富士やJTなどVプレミアリーグの監督を務め、2015年に9人制から6人制へ完全移行し、Vリーグ参入を果たした群馬銀行グリーンウイングスの監督を務める石原昭久氏だ。

4月30日から5月6日まで大阪市中央体育館で開催され、Vプレミアリーグなど男女32チームが出場した黒鷲旗全日本選抜バレーボール大会の会場で連日選手が熊本、大分への募金活動を行ったことに加え、サマーリーグ開催中の会場、さらには五輪最終予選の会場でも連日現役選手だけでなく、OGやOB、ジュニア代表チームなどさまざまな選手が募金活動を行った。

今できることを考えれば、募金活動は立派な行動であるが、それだけでなく、同じバレーボールを生業とし、苦境に立たされているフォレストリーヴズ熊本の選手たちやスタッフを勇気づけるようなことはできないだろうか。石原氏は、かつてJTで監督時代にコーチを務め、現在は山形のプレステージ・インターナショナルアランマーレで監督を務める北原勉氏に電話をかけた。

「何かできないかな?」

見舞金を送ること、必要な用具を送ること、いくつも考えられる案はあったが、北原氏は石原氏にこう答えた。

「みんなで思いを込めた横断幕はどうでしょうか?」

チャレンジリーグだけでなく、プレミアリーグの協力を得るために、JTの吉原知子監督に連絡をすると、間髪入れずに快諾の返事があり、また一気に動き出す。

A3の紙に全チームがそれぞれ思い思いの言葉やイラストを書き、1つにまとめる。チャレンジリーグ2のブレス浜松の藤原道生監督が、横断幕をつくってくれる業者に頼み、バラバラだったA3の紙が、大きな大きな1枚の横断幕となり、できあがった横断幕は石原氏が直接熊本へ届けに行った。

「私は何もしていません。みんなが『何かできることはないか』という思いがあったから動きが早かったし、その思いを伝えたかった。サマーリーグで渡せばいいとも思いましたが、そこにたどり着くまで、きっとつらく、葛藤する時間があるだろうから、その時に何か心の支えになれば、と思って届けました。宅急便が届けるか、石原が届けるか、その違いだけですよ」

照れ笑いを浮かべ、石原氏はそう言う。だが群馬から熊本へと届けられた大きな横断幕は、迷いや不安を消せずにいたフォレストリーヴズ熊本の選手にとって、これ以上ない、大きな支えになった、と川口主将は言う。

「こんなにたくさんの人に支えてもらっているんだ、と思うと本当にありがたくて、励ましの言葉が染みました。自分たちがバレーボールができるのは当たり前じゃないけれど、でもだからこそ、熊本のためにも、支えてくれている人たちのためにも恩返しがしたい。横断幕のおかげで、また前を向くことができました」

熊本で、戦い続ける

3日間に渡って開催されたサマーリーグは15位に終わったが、一度は出場することすらできないのではないかと思ったコートに立ち、フォレストリーヴズ熊本、熊本の代表として戦えたことは、結果以上に大きな財産だった。

司令塔として、コートに立ち続けた岩永が言った。

「軽い気持ちではできないし、言葉に表すことも簡単じゃない。でも、頑張れ、と言ってくれるたくさんの人たちのためにも、今、できることを頑張りたいです」

ユニフォームの腰部に入る「熊本一心~今だからこそひとつに」の言葉を背負い、戦い続ける。また熊本でホームゲームを開催し、「熊本は元気です」と胸を張り、感謝を伝える日を目指して。当たり前の生活を大切に、熊本で、好きなバレーボールを追い続けていく。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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