サッカー北朝鮮 暴挙なぜ? 考えられる「4つの理由」
日本に1-2で敗れた試合後、北朝鮮代表シン・ヨンナム監督は会見でこう口にしている。
「今日の試合で、2~3人の選手が少し興奮し、誤った(審判の)判定に興奮してそのような場面があった」
「主審が公正でなければ、それはサッカーへの侮辱だと考える」
中国・杭州で行われているアジア大会。男子サッカー準々決勝日朝戦後の「審判詰め寄り騒動」。日本の選手もまた試合中はラフプレーに晒され、試合後には暴行の被害に遭う直前だったということもあり、物議を醸している。
海外に目を向けても、この件について韓国最大の通信社「聯合ニュース」が厳しい口調で論じている。
「サッカーの試合で選手たちが判定に対する不満で審判に抗議する姿は珍しくはないが、この日の北朝鮮の様子は審判と身体的にもぶつかるほどで、度を越しているように見えた。試合を観戦していた第三国の報道陣も『行き過ぎだ』と顔をしかめていた」
北朝鮮はなぜあんなことをしたのか。
まあ、その瞬間に怒っている人の心情など、はっきりと分析できるわけはない。ただ、ただそこに至る背景となりうる情報を集め、これを考察することまでならできる。
筆者自身の取材経験と、韓国の文献・メディア情報を基にこれを紐解く。
反日感情
1994年、いわゆる「ドーハの悲劇」が起きたアメリカW杯アジア最終予選で北朝鮮代表のヘッドコーチを務めた故ユン・ミョンチャン氏にインタビューをしたことがある。1999年に脱北。筆者は2005年に2度ほど話を聞いた。こんなことを言っていた。
「韓国で、日本戦がかなり盛り上がるのを見て驚いた。北では反日感情をサッカーの試合に反映させ、人々が熱中するというのはあまり見たことがなかった」
ユン氏が口にしていたのは、「反米感情のほうがよっぽど強い」。日本についてはむしろ「電化製品や自転車など品質の高いモノが多かったので、いい印象もあった」という。
日本憎し、と向かってくる面はゼロではないだろうが、それが全てということでもなさそうだ。2000年代に入り朝鮮総連のサッカー関係者が北朝鮮サッカー協会の副会長の一人に任命されてきた時期も長く、「日本との関わりがまったくない」というわけでもない。
社会主義社会の意識
2012年に中国の丹東で取材した際、現地でこんな声を聞いたことがある。
「北朝鮮は、みんなが助け合う点ではいい社会でした」
発言の主は、父が中国出身だったため、家族で移民してきたという女性だった。貴重な証言だった。なぜなら韓国に向かった脱北者は韓国入り後に「韓国では北の体制を礼賛するような内容は口にしない」と約束を交わした上で亡命が認められる。ストレートに北の良かった点を認める言葉というのはまず出てこないからだ。
サッカーのピッチ上でもこういった意識はあるよう。
韓国では9月29日に東亜日報系テレビ局「チャンネルA」で「アジアカップ特集 北朝鮮のサッカーチームが試合に負けたら起きること 反則をしてでも勝たなけれなならない理由」という番組が放映された。
北朝鮮でアスリート経験のある脱北者がスタジオに集ってエピソードを披露する内容。元アーテスティックスイミング同国代表のリュ・ヒジン氏は平壌で過ごした学生時代に「同じクラスにサッカー選手がいた」と言い、その印象をこう話している。
「サッカーをやってる子たちは、気合からして違った。義理という言葉ひとつで団結するという面があった。味方の誰かが相手と争ったのなら、徹底的にみんなで助け合うんですよ」
1日の日朝戦では、試合中に激しいプレーの応酬があったほか、水のボトルの受け渡しを巡って両チーム間のちょっとした揉め事があった。こういった点も「火を点けた」という面があるか。
負けを許されない教育
上記のチャンネルAの番組では、韓国の出演者たちから、脱北者の元アスリートたちに対し、ずばりこんな質問が飛んだ。
「北朝鮮のサッカーはなぜあんなに荒っぽいのですか?」
これに答えたのは、1979年生まれで北朝鮮6大チームの一角、平壌市体育団の女子サッカーチームでセンターバックを努めていたキム・ヒョンソン氏。現在は韓国でスンドゥブチゲの食堂経営により成功を収めている。
その答えはなかなかのものだった。
「試合中に『審判の見えないところで相手の脛を蹴れ』と教えられる」
「相手に激しいプレーをしても、指導員同志(監督やコーチ)がそれについて咎めることがない。むしろスマイル」
「敗者には意味がないと教えられる。国内の試合では、負け試合の終盤に監督がいなくなることもある。負けを見たくないと」
「敗者には指導員同志から厳しい罰を与えられることもある。雨中の試合に負け、ユニフォーム姿でボールを背負いながら宿舎まで走らされたことがある」
「一度やられた相手は、次の機会にぶっ殺せと教えられる」
目上の存在である監督が怖いから、やる。そういった儒教思想の影響もあるか。
処罰と報奨
「国際大会で負けたら、収容書送りなど厳しい処罰がある」。こういった話が日本ではウケがいいようだが、韓国の文献やメディアを辿っていく中でそういう話はなかなか出てこない。そもそも事実確認もかなりの困難が伴う。
いっぽうで国際大会で勝利した際の報酬は韓国でも有名な話だ。
「朝鮮日報」は9月24日、「アジア大会の各国の好成績時の報酬」という記事を配信。北朝鮮についてこう伝えている。
「2018年の大会以来、5年ぶりに国際大会に姿を現した北朝鮮代表チームにも、かつては報酬制度があった。2013年には平壌にスポーツ選手専用のアパートが建設され、国際大会で好成績を収めた選手たちはそのアパートに入居していた。また、高級乗用車が提供されることがあった」
確かに2014年仁川大会の男子サッカーの決勝は南北朝鮮対決で、この際に優勝した韓国の記者からポロッとこういう話を聞いたことがある。
「韓国は確かに、優勝すれば徴兵免除がある。でも北朝鮮とて、勝てば生涯クラスの補償を受けられる。ちょっと複雑、という思いがないわけでもないんだよね…」
韓国内では「元帥様の鍵」などと呼ばれている。マンションの鍵だけが渡される。そこには家具一式が揃っている、という意味だ。この報酬を受け取れなかったから悔しかった、という感情は生じるうものではないか。
背景はなんであれ、審判への意図的な身体接触はサッカーのルール上禁じられているもの。厳罰を望む。