ロシアのウクライナ侵略を「日本の中国侵略」にたとえる中国ネット民と習近平のジレンマ
ウクライナ政府はファシストとして昭和天皇を挙げたが、中国の一部のネットではロシアの残虐行為を、日本軍と結びつけている。しかし日露が同じなら、親露的な習近平は批判の対象となる。そこには習近平のジレンマがある。
◆中国ネット:ロシアのウクライナ侵略は「日本の中国侵略」と同じだ!
4月1日にウクライナ政府が公式ツイッターで、ファシズムの代表として昭和天皇をヒトラーやムッソリーニと同列に扱う動画を投稿したことが4月23日にわかり、多くの日本人の神経を逆なでした。
天皇陛下は日本人にとっては崇高な存在で、その存在を侮辱することなど、到底許されるはずがない。それをあろうことか、ヒトラーやムッソリーニと同列に扱うとは言語道断だ。ネットの圧力と最終的には日本政府からの抗議もあり、ウクライナ政府は結局、昭和天皇の写真を削除したという「事件」が起きた。
あんなに応援してきたウクライナが・・・、と少なからぬ日本人の心は傷ついたが、中国ではさらに「不愉快な」ことが進行している。
ロシアのウクライナ侵略による残虐な場面は、中国政府や中国共産党系列のメディアではストレートには報道されないものの、ウクライナ国民が大変な目に遭っているということは報道されていた。ゼレンスキーの「すでにNATOに見捨てられた!」という怒りのスピーチなどは、むしろ積極的に報道されていたほどだ。
そうなると、一般庶民はネットを通して実際の場面を知りたくなる。
中国ではGreat Fire Wall(万里のファイアウォール)を通して海外からの情報にフィルターを掛け、厳しい情報統制を行ってはいるが、ファイアウォールを越える「壁越え」ソフトを安価に手に入れることができ、多くの若者は「壁越え」ソフトを持っていて、海外の情報に接している。
「壁越え」を通して見たロシア軍による残虐行為は、反射的に若者の頭に刷り込まれた日中戦争時代における日本軍の「蛮行」を思い起こさせるのだろう。1994年から始まった愛国主義教育によって、若者たちは来る日も来る日も「日本軍が中国を侵略して残虐な無差別殺戮をくり返し、中国共産党軍がそれに立ち向かって勇敢に戦った」という「抗日神話」が刷り込まれている。
だからロシア軍侵略の初期段階から、中国のネットでは「日本軍の侵略行為と同じではないか」というネット情報が飛び交っていた。特にブチャにおける映像が報道されると、「日本の侵略戦争の残虐行為を絶対に許さない!」という主張が再燃していた。
◆日本をあざ笑うような中国のネット発信
たとえば日本で、「わずか生まれて3ヵ月の女の子がロシア軍の攻撃で殺害された」というニュースを流すと、中国では「日本軍はどれだけ多くの乳幼児や女性を殺害したか、妊婦のお腹まで刺して胎児を殺したではないか」とか「日本軍に殺害された無辜の民は3000万人だ」といったネット発信が増える。
日本の報道で「ロシア軍は民間人まで無差別攻撃した。あまりに非人道的だ」と言うと、中国のネットでは早速、「日本軍は三光作戦( 焼き尽くす=焼光、殺し尽くす=殺光、奪い尽くす=搶光)で民間人を殺しまくったじゃないか!」とか、「重慶絨毯爆撃(日中戦争中の1938年12月から1941年9月にかけて日本軍が蒋介石のいる重慶を、絨毯を敷くように隙間なく連続して実施した大爆撃)」などを例に挙げて日本批判が爆発的に多くなる。
そして、「日本人は自分のしたことを忘れて、よくも図々しくロシアを一方的に責めたりできるなぁ」とか、「日本は自国の反省をしろ」、あるいは「日本はどの面ぶら下げて・・・」といった、日本人の反応をあざ笑うようなネット発信が多く見られるようになった。
これが中国ネット空間の現状だ。
ほとんどの場合、「残虐な殺戮場面の写真」とリンクされており、非常に不愉快になるので、リンク先は張らない。
◆窮地に追い込まれている習近平
実はこの情況は、習近平を窮地に追い込んでいるという、皮肉な事実も認識しておいた方がいいだろう。
これまで何度も書いてきたように、習近平はロシアのウクライナ軍事侵攻に関して、あくまでも「軍事的には賛同しないが、経済的には徹底して協力する」という【軍冷経熱】の方針を採っている。
習近平がプーチンと蜜月であることを知らない中国人はいないが、「日本軍は極悪非道の大罪人」で、「中国共産党が勇猛果敢に戦って撃退した」という「抗日神話」もまた、中国人の心深くに刷り込まれている。
もし、ロシア軍のウクライナ侵略が、「日本軍の中国侵略」と同じ構図であるなら、プーチンと仲の良い習近平は、「日本軍」同様に、批判の対象とならなければならないことになる。
そのような批判に結び付くネット民の発信など、本来なら削除の対象となるはずだが、何しろ習近平政権でも続いている愛国主義教育を否定するわけにはいかないので、「日本軍への憎しみ」を含んでいる情報を削除するには、中国政府としても慎重にならざるを得ないのだ。
かと言って、習近平批判につながるようなネット情報をそのままにしておくわけにもいかない。
そこで中国政府や中国共産党系の報道は、つい最近になってだが、ロシア軍の正当性をやや多めに報道するようになってきた。
◆23日夜から変わった中国ネット世論のムード
23日夜と言うか、24日朝あたりから、何やら中国のネット世論のムードが変わってきた。
それは中国政府の誘導により変わったのではなく、23日深夜のゼレンスキー大統領の発言によって変わったのだ。ゼレンスキーが地下鉄でスピーチし、米政府高官(ブリンケン国務長官とオースティン国防長官)のウクライナ訪問に際して「手ぶらで来るのは許されない」といった趣旨のことを言った瞬間からだった。
この日から中国のネットではゼレンスキーに対する批判が突然強くなり、「最近はいい気になり過ぎてるんじゃないか」とか、「なぜ世界中がお前のために支援するのが当たり前みたいなことになってるんだよ!」、「何さま気取りだ!」といったコメントが激増し、ロシア支持派が突然強くなったのである。
アメリカの軍事支援ということにも反感を抱いたのだろう。
実は中国のネット空間では、早くから「ロシアの侵略行為と日本軍の侵略行為」の類似点と差異などが論ぜられており、ウクライナ支持派とロシア支持派に分かれて互いをなじるような、内紛まがいの状態にあったという側面がある。
4月1日に、ウクライナ政府の公式アカウントがロシアを「ファシスト」と非難するに当たり、「ムッソリーニ、ヒトラー、昭和天皇」を同列に並べて批判を展開していることに関して、中国のネットでは「ほらな、やっぱりロシア軍と日本軍は同じなんだよ!」と、ウクライナ派に歓迎されていた。
アメリカ議会においてゼレンスキーがロシアのミサイル空爆を非難する際に「真珠湾攻撃」を例に挙げたことも、ウクライナ支持派を喜ばせ、「やはり、ロシア軍の蛮行は日本軍の蛮行と同じとウクライナだって見てるんだよ」とウクライナ支持派は喜んだものだ。そして、「日本はバカか!ロシア軍と日本軍が同一視されてるのに、ウクライナを必死で応援してる」と日本をあざ笑う発信が増えていた。
しかし、ロシア支持派が強くなると、「侵略行為を容認した」ことにつながる。
そうなると、「日本の中国侵略」を責める声が小さくなるという、奇妙な循環が、そこにはある。
◆毛沢東は日本軍と共謀していた――日本は毅然とした外交努力を
いずれにせよ、日中戦争中の毛沢東が日本軍と共謀していた事実を、もし中国のネット民たちが知ったら、また反応は違ってくるだろう。
「あなたたちはもう、日本をあざ笑うことはできなくなる」と言ってやりたい。
たまたま昨日、30年ぶりに天津の小学校でのクラスメートから電話があった。私がまだ北京にいた頃に再会を果たしたクラスメートだ。何ごとかと思えば、「中国のネットに、あなたの悪口が書いてある。何だか、毛沢東が日本軍と共謀したとか・・・、あれはデマだろう?あなたは、そんなこと、言ってないよね?デマだよね?」と必死なので、「いいえ、残念ながらデマではありません。そのことでしたら、『毛沢東 日本軍と共謀した男』という本を出しています。中国語版もあります」と答えると、「なんでまた、そういうことはしない方がいいよ。クラスメートだから、これはあなたのために言うのだけど・・・」と忠告してきた。
親切心はありがたいが、こういうことで、切羽詰まったように電話までしてくるのが中国の言論界だ。
だから私は中国に見切りをつけている。
それにしても、今よほど、「日本軍の残虐行為」が中国のネットで話題になっている証拠だと、暗澹(あんたん)たる気持ちにもなった。
「実は、かなり前になりますが、毛沢東が派遣したスパイに関する記録が日本側にあるのを見つけたのです。証拠があるから本を書いたので、日本では、真実を言っても大丈夫なんですよ」と詳細を説明し、「毛沢東の敵は日本軍でしたか?それとも国民党の蒋介石でしたか?毛沢東が倒したかったのは、蒋介石でしたよね?だから、重慶爆撃だって、3年間ほど続いたのに、重慶のすぐ隣にある延安は爆撃されていませんよね?なぜだと思いますか?そこには日本軍と共謀していた毛沢東がいたからですよ。それを考えただけでも、明瞭でしょ?」と言うと、言葉を失い、仰天して電話を切ってしまった。
日本政府となれば、こう簡単にいくわけではないだろうが、日本は中国の顔色を窺(うかが)うことばかりしないで、習近平のジレンマもきちんと押さえて、今般のウクライナの昭和天皇問題のように、毅然とした外交努力をしなければならないと思った次第だ。
(なお、毛沢東と日本軍の真相解明に挑んだように、ウクライナ戦争に関しても真相を解明すべく挑んでいる。詳細は『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』で述べた。)