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世界ナンバー3のジェイソン・デイが途中棄権、涙の会見。「辛すぎてゴルフができない」

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
余命12カ月と告げられた母親を想い、涙が止まらなくなったデイ(写真/舩越園子)

ジェイソン・デイの涙が止まらなかった。

マッチプレー選手権の初日、6番を終えて突然棄権したデイは、そのままクラブハウスに引き上げていった。最初は兼ねてから痛めていた背中や腰に痛みが再発したのだと誰もが思った。だが数分後、クラブハウス周辺に駆け付けた米メディアに向かって、マネージャーが「ジェイソンは会見する」と告げた。

クラブハウスから会見場へ向かう途中、練習場を通り抜けるときでさえ、デイは歩くこともままならず、何度もマネージャーに抱きかかえられ、背中や肩をさすられていた。

その様子を見て、デイの突然の棄権の理由は体の故障ではないと悟った。何か大変なことが起こり、デイは精神的に不安定になってプレーができなくなったに違いない。

私のそんな推測は、残念ながら当たってしまった。

【あまりにも辛すぎる】

会見場の壇上に座ったデイは開口一番、こう言った。

「言い訳でもなんでもない。背中の状態は悪くない。肉体は100%ヘルシーだ。でも、、、、、」

そこまで言い終えた途端、デイの目に大粒の涙が溢れ、次から次に頬を伝った。

「今は、、、、、しゃべることすら難しい、、、、」

米ツアーのメディアオフィシャルに背中をさすられ、数秒間。嗚咽の合間から、なんとか口を開いた。

「母はしばらくこっち(米国)に来ている。今年の始めにオーストラリアで肺がんと診断され、余命12カ月と告げられた。だから今年、僕は試合でプレーするのがとても辛かった」

デイは自宅のある米国オハイオ州の病院に母親を呼び寄せ、さらなる検査を受けさせた。米国の最先端医療なら母親を治せるのではないか。そんな希望を抱いていたが、今週金曜日に手術を受けることが決まった。

デイのマネージャーを務めるバド・マーチン氏によれば、「ジェイソンはこの大会をあらかじめ欠場することもできたが、責任感の強いジェイソンは、どの大会も欠場したがらない。ファンのためにも出なければと言って、あえて出場したが、胸の中にいろんな思いが込み上げたのだろう」

壇上のデイは、涙声のまま、言葉を絞り出していった。

「僕はすでにこれと同じ経験を味わっているんだ。(幼いころ)父を(肺がんで)亡くした。そして今度は母。そう思うと、あまりにも辛すぎる」

気持ちが揺れて、試合を戦うことは今はできないというデイは、すぐにオハイオ州の自宅へ戻り、金曜日の手術の日に「母のそばに付いていてあげたい。一番大事なのは家族だから」と、なんとか言い切った。

【優しく気丈な母親】

私は2014年の冬に、デイの母親デニングが暮らすオーストラリアの自宅を訪ねたことがある。

デニングはフィリピン人。デイの父親はオーストラリア人。デイがまだ12歳のとき、父親は肺がんで他界した。以後、デニングはデイとデイの2人の姉、合計3人の子供たちを一人で育て上げた。

一緒にゴルフをしてくれた大好きな父親の死という悲しい現実をうまく受け入れることができなかったデイは、以後、ティーンエイジャーにして酒、たばこ、パーティーナイトに明け暮れる荒れた生活を送った。だが、デイ自身が「立ち直りたい。ゴルフに打ち込みたい」と言って全寮制ボーディングスクールへの入学を希望。

その高い学費を捻り出すために、デニングは小さな家を二重抵当に入れ、いくつもの仕事を掛け持ちして働き続けたそうだ。

「僕の学費のために僕の家の生活はとても貧しくなった。壊れた芝刈り機を直すお金が無くて、母はナイフで庭の芝を刈っていた。湯沸かし器が無くて、ヤカンで沸かしたお湯がシャワー代わり。母は3つも4つもヤカンを持ってきたけど、1つのヤカンのお湯が沸くまで、5分も10分もかかって……。母も姉たちも、たくさん犠牲を払ってくれた。そのおかげで僕はボーディングスクールに行けた」

その母デニングは、学校を卒業したデイがプロになり、単身渡米して、下部ツアーを経てPGAツアーに辿り着き、2010年に挙げた初優勝も、2015年に挙げた全米プロ優勝も、米ツアー通算10勝のどのときも「息子が勝った姿をその場で見たことはない」と言っていた。

「私はただ息子が元気でゴルフに打ち込んでくれて、そして幸せであってくれれば、それだけでいい。優勝する姿はあの子が私ではなく世界中のファンに見せてくれれば、それでいい」

そんな母親の想いを知っているからこそ、デイは今大会に出場する道を選んだのだろう。だが、心は揺れすぎて、あまりにも辛すぎて、戦い続けることができなかった。

今はデニングの手術の成功と少しでも快方へ向かってくれることを祈ることしかできない。母と息子の貴重な時間を1分1秒でも長く一緒に過ごしてほしい。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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