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「私は女性。子宮ではありません」米国で中絶禁止厳格化(ハートビート法)を巡り、保守とリベラルが激突

木村正人在英国際ジャーナリスト
米ジョージア州で「ハートビート法」成立に反対する市民(5月16日)(写真:ロイター/アフロ)

5州で「ハートビート法」成立相次ぐ

[ロンドン発]米南部アラバマ州で、全米で最も厳しい人工妊娠中絶を禁止する法律が成立したことを受け、21日、全米50州で400もの「中絶禁止阻止(#StoptheBans)」を訴える抗議集会が開かれました。

ニューヨークで「私は女性。子宮ではありません」というプラカードを掲げる妊婦がツイッターに投稿しています。

「皆に中絶へのアクセスを」と訴える女性。Tシャツにはピンク色の文字で「オンナにもヘルスケア(健康管理)を」と書かれています。

アラバマ州議会上院は14日、母親や胎児の命に危険が及ぶ場合を除き、原則、中絶を禁止する極めて厳しい法案を賛成多数で可決しました。翌15日には共和党のケイ・アイビー州知事が法案に署名し、今年11月には施行される予定です。

レイプによる望まない妊娠についても中絶を禁止しており、中絶手術をした医師は最大で99年の禁錮刑が科されます。胎児の心音を聞き取れる段階で中絶を禁止する「ハートビート(心拍)法」が各州で次々と成立しています。

中西部オハイオ州、2019年7月施行

南部ミシシッピ州、19年7月施行

南東部ジョージア州、20年1月施行

南部ケンタッキー州、5月7日に州知事が署名

このほか南部テネシー州、中西部ミズーリ州、南東部サウス・カロライナ州、南東部フロリダ州、南部テキサス州、南部ルイジアナ州、東部ウェスト・バージニア州でも同じような法整備を検討しているそうです。

米国の43州がいずれかの時点で中絶を禁止

米シンクタンク、グットマッカー研究所(Guttmacher Institute)によると、米国では全50州のうち43州が妊娠のいずれかの時点で中絶を禁止しています。

【妊娠20週】2州

【妊娠22週】17州

【妊娠24週】5州

【母体外生存可能性 (viability 、妊娠24週前後)】18州

【妊娠25週】1州

中絶禁止を強化しようとしている妊娠週数と州の数は次の通りです。

【全面禁止】2州

【妊娠6週】3州

【妊娠12週】1州

【妊娠15週】2州

【妊娠20週】1州

【妊娠22週】1州

米国では共和党が優勢になり始めた2010年以降、保守派の強い南部や中西部で中絶禁止を強化する動きが目立っています。生命を尊重する「プロライフ(中絶反対派)」はキリスト教右派のプロテスタント福音派(エバンジェリカル)に多く、トランプ大統領の票田になっています。

一方、女性の権利を重視する「プロチョイス(中絶権利擁護派)」はリベラル派の民主党に多く、来年に迫る大統領選で中絶問題が争点になるのは必至の情勢です。

米国における中絶の歴史

1960年代、米国では鎮静・睡眠剤として使われるサリドマイドを服用していた女性から何千人という障害児が生まれる事件が起きました。サリドマイドを服用していた妊婦が障害児を生みたくないという理由で中絶する考えを漏らしたところ、大きな社会問題になりました。

この女性は米国内では合法的に中絶手術を受けることができずに結局、スウェーデンに飛んで手術を受けました。この事件をきっかけに女性団体を中心に中絶の合法化を求める運動が広がりました。

こうした社会の変化を受けて、連邦最高裁は1973年、「中絶の大半のケースを犯罪とするテキサス州法は憲法で保障される女性のプライバシーの権利を侵害している」とする連邦地方裁判所の判決を支持し、初めて中絶を女性の権利として認めました(ロー対ウェード事件)。

米国のドナルド・トランプ大統領は昨年7月、前任者の退任に伴い、新たな連邦最高裁判事に保守派でワシントン連邦高裁のブレット・カバノー判事を指名しました。

カバノー氏に対してパーティーで集団レイプを受けたなどと女性3人が実名で性的暴行の被害を訴える事態になりましたが、米上院は同年10月、50対48の賛成多数でこの人事を承認しました。

これで連邦最高裁判事9人の構成は保守派5人、リベラル派4人となり、米国世論を二分する中絶や銃規制、同性婚などを巡り、保守的な判断を示す恐れがあるとリベラル派は警戒を強めています。

「ハートビート法」を巡ってリベラル派から訴訟が起こされると逆に1973年の連邦最高裁判決がひっくり返されるかもしれません。

イタリアの修道院に極右エリート養成校

こうしたキリスト教右派と保守化の動きは欧州にも広がっています。トランプ大統領の元首席戦略官兼上級顧問にして「白い暗黒」を世界に広げるオルト・ライト(オルタナ右翼)の代理人スティーブ・バノン氏(65)。

バノン氏が極右エリート養成校の開校を計画しているカトリック修道院(筆者撮影)
バノン氏が極右エリート養成校の開校を計画しているカトリック修道院(筆者撮影)

イタリアの首都ローマから列車や車を乗り継いで2時間以上かかるカトリック修道院に極右エリート養成校を開校しようとしています。

バノン氏と関係が深く、伊文化財・文化活動省から年10万ユーロ(約1233万円)で19年間、修道院を貸与された新興宗教団体「ディグニタティス・ヒューマナエ・インスティテュート(DHI)」創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏は筆者の取材に応じました。

DHI創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏(筆者撮影)
DHI創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏(筆者撮影)

ハーンウェル氏はローマ法王フランシスコについて「彼は政治的過ぎる」と難民受け入れや司教の任命権問題で中国に歩み寄ったことを厳しく批判しました。ローマ・カトリックも今、改革を進めるフランシスコ派と中絶・同性婚反対にこだわる保守派の真っ二つに分かれています。

宗教保守のHDIはユダヤ教とキリスト教に共通の信条や教義を認める「ユダヤ=キリスト教」を掲げ、西洋文明を強調しています。バノン氏もカトリックとして知られています。ハーンウェル氏はプロテスタント福音派との連携を強調しました。

極右エリート養成校計画の白紙撤回を求める運動を展開している公務員アレサンドロ・ファトラッチ氏はこう語ります。

「バチカン(ローマ法王庁)の内部も同性愛や同性婚、中絶やコンドーム(避妊具)を使ったセックスを巡って改革派と保守派が激しく対立しています。2014年ごろから宗教論争が激化したように感じます」

16年の米大統領選でトランプ大統領を当選させた宗教保守のバノン氏はローマ法王フランシスコを攻撃対象にして、欧州大陸にも宗教的な対立軸を生み出そうとしているようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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