迷い犬保護中の女性「ながらスマホ」の大型トラックにひき逃げされ死亡 被告に下された判決は
2022年12月14日、前橋地裁高崎支部で死亡ひき逃げ事件の判決公判が開かれました。
自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われていたのは、長野県中野市の元トラック運転手・馬場史貴被告(55)です。
地引広裁判官は、
「スマートフォンを操作しながらの運転は危険。交通安全の意識に欠けている。事故後に逃走しており、犯情は悪い」
などと指摘し、被告に対し懲役2年6月の実刑判決を言い渡しました。
検察側の求刑は懲役4年でした。
この事件で双子の姉・桑原悠(はるか)さん(当時26)を亡くした妹の彩(あやか)さん(27)は、悔しそうに語ります。
「被告はながらスマホの脇見運動で姉をひいた後、現場から逃走し、数々の隠ぺい工作をしていました。私たちは懲役4年の求刑でも少なすぎると思っていたのですが、下された判決は2年6か月。執行猶予がつかなかっただけましだという声もあるかもしれませんが、姉の命を思うとき、これが妥当なのかと疑問を感じざるを得ません」
■タイヤの付着物を洗い流し、ドラレコ削除した運転手
事件は2022年9月20日、午前0時55分ごろ、群馬県高崎市京目町の県道高崎駒形線で発生しました。
長野市の運送会社に勤務していた被告はこの日、大型トラックに荷物を積んで前橋市へ移動中、片側2車線の直線道路で中央分離帯のすぐそばにいた悠さんをはね、そのまま現場から逃走したのです。
脳挫滅、大動脈離断、多発臓器外傷、肺挫傷、脾破裂など、全身に大きなダメージを受けた悠さんは、その場で死亡が確認。背中には大型トラックのタイヤ痕が残されていました。
彩さんは、捜査によって明らかになった事件の状況について語ります。
「姉をひいた被告は、衝撃を感じながらもトラックを停めることなく、そのまま2つ先の信号まで進みました。そしてトラックの後ろのタイヤや泥除けに被害者のものが付着しているのを認めたにもかかわらず、そのまま仕事先へ向かって荷物を降ろし、その場所で付着物を洗い流したたそうです。それだけではありません、トラックのドライブレコーダーに、姉の姿や自分がタイヤを洗い流す場面が映っていたため、急いで画像データを消去し、会社には虚偽の報告をしていたというのです」
■警察がドラレコ映像復元。動かぬ証拠に
馬場被告が逮捕されたのは、翌日のことでした。当初は「小動物だと思った」と悠さんへのひき逃げ容疑を否認していましたが、消去したはずのドライブレコーダー映像を警察が復元したことで、ひき逃げと隠ぺい工作が明らかになり、自動車運転処罰法違反と道交法違反(ひき逃げ)の罪で起訴されたのです。
悠さんの遺体は群馬大学医学部に搬送され、司法解剖が行われました。家族が遺体と対面できたのは事故から4日後のことだったと言います。
「遺体の損傷は激しく、あんなに優しく、綺麗だった姉の顔は半分しか見ることができませんでした。本当に悲しかったです……。母はお通夜の日、ショックのあまり倒れ、救急車で搬送されてしまったのです」
■ネット上に相次ぐ、亡くなった被害者への誹謗中傷
突然の事故で悠さんを失った家族をさらに追い詰めたのは、ネット上での中傷でした。
彩さんは振り返ります。
「深夜に道路上ではねられたということから、ネット上には、『自殺願望があった』『女も相当の馬鹿』『ドライバーもお気の毒』『女が迷惑なやつすぎる』など、亡くなった姉を批判するような酷い言葉が相次いで書き込まれました。それは判決後も続いていて、本当に見ること自体辛いです。たしかに、あの場所に人がいることは危険かもしれません。でも、なぜ姉があの場所にいたのか……、こうした書き込みをしている人たちには、その真実をぜひ知ってもらいたいのです」
以下、悠さんが死の間際に撮影した、わずか6秒の短い動画をご覧ください。
怯えたような、小さな柴犬を優しくなでているのは悠さんの左手です。
悠さんの携帯電話に残されていたこの動画は、インスタグラムにアップされていました。キャプションには、『道路でわんちゃん見つけた。危ない!』と記されています。
「実は、姉は事故に遭う直前、道路上で、動けなくなっていた迷い犬を保護しようとしていました。車を運転中、対向車線上に犬がいるのを見つけた姉は、わざわざUターンして現場に戻り、どうしたらよいか兄に電話をかけていました。そしてすぐ、警察に通報したのです。それでも、このままでは犬の命が危ないと思ったのでしょう。たまたま通りかかった知人からベルトを借りて犬を保護しようしていたとき、中央分離帯のすぐそばで被告の大型トラックにひかれたのです。姉はまさか、自分が命を落とすとは思っていなかったことでしょう……」(彩さん)
路肩に停めてあった悠さんの車は、エンジンがかかったままで、携帯電話も車の中に置いてあったそうです。
ネット上に「自殺願望」「馬鹿」などと書き込んだ人たちは、この動画や経緯を見てどう感じるのでしょうか。
悠さんの遺族は、この迷い犬がその後どうなったのかを知らされていませんでしたが、警察によると、この犬は無事に飼い主のもとに帰ったそうです。
■被告は大型トラック運転中、課金制ゲームに興じて…
逮捕直後は否認していた被告ですが、その後、ひき逃げを認め、11月30日に初公判が開かれました。
検察側は、被告がスマホを操作しながら脇見運転をしたことで、悠さんと犬がいることを50メートル手前から十分に認識できていたにもかかわらず、気付かないままはねたこと、さらに、救護義務を怠り、ドライブレコーダーの記録を削除するなどの隠ぺい工作をしていたことなどを指摘。また、悠さんが警察に迷い犬のことを通報した直後に事故が起こっていたことも明らかにされました。
被告は起訴事実を認めたため、即日結審。冒頭に記したとおり、12月14日、懲役2年半の判決が下されました。
しかし、彩さんら遺族は納得できないと言います。
「実は、私たちは当初、被告がタブレットを見ながら運転していたと聞いていたのですが、その後、会社の人から、スマホで課金制のゲームをしていたという事実を知らされたのです。ながらスマホが厳罰化されている中、大型トラックを運転しているプロのドライバーが運転中にゲームをしていたなんて、あまりに悪質です。現場は見通しのよい直線道路です、もし、まっすぐ前を見て運転していたなら、分離帯のそばに姉と犬がいることに気づいていたはずなのに……。そう思うと悔しくてなりません」(彩さん)
被告側は一審で執行猶予を求めており、今回下された実刑判決をそのまま受け入れるかどうかはまだわかっていません。
一方、遺族は求刑通りの刑を求めており、控訴を望んでいます。
控訴期限まであと10日、判決の行方を注目したいと思います。