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相次ぐ「美女逃亡」が金正恩氏を追い詰める

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
集団脱北した北朝鮮レストランの女性従業員たち

中国にある北朝鮮レストランから新たに女性従業員3人が逃げ出し、去る2日に韓国入りした。北朝鮮側はこれについて、4月の集団脱北と同様に「韓国当局による拉致である」として、送還を強硬に主張している。一方、水面下では金正恩党委員長が、韓国人に対する「報復拉致」を指示したとの情報もある。

こうしてムキになればなるほど、彼女らの脱北から被る正恩氏のダメージの大きさが、うかがい知れるというものだ。

美女たちの素顔

北朝鮮の政府機関や事業体の多くは、国家の財政難のために独立採算を余儀なくされており、貿易や海外での事業で外貨を稼ぎださなければならない。もちろん、朝鮮労働党などから「上納金」のノルマを課せられており、それを賄うためには違法な商売にも手を染める。

言うまでもなく、そのようは裏ビジネスは、海外の当局により摘発されるリスクが相当に高い。それに比べレストラン運営は完全に合法であり、外貨獲得の柱のひとつとなってきた。そして、そのビジネスを支えてきたのが、時にネット上でアイドル並みの人気を集めることもある美人ウェイトレス(接待員)たちなのだ。

(参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発

(参考記事:美人ウェイトレスたちの素顔…「北朝鮮レストラン」の舞台裏

しばらく前のことだが、中国・丹東にある北朝鮮レストランの営業実態について、デイリーNKジャパンの記者が現地の関係者から話を聞いてきたことがある。解説してくれたのは、中国資本と北朝鮮企業の橋渡しをしている中国朝鮮族の貿易業者である。

美女脱北が暴く体制のもろさ

「北朝鮮レストランは、地元資本と北朝鮮側との合弁で運営されているのが普通ですね。地元資本側が店舗や食材の確保などを行い、北朝鮮側がスタッフを派遣している。つまりは相互に現物出資をして、店の権利が半々になるように設定されているんです。もちろん、利益も折半です。

北朝鮮側の事業主体は、国家が一元的にやっているというよりは、政府機関や様々な事業体(大規模な工場や貿易会社)が、それぞれ国の許可を得て別々にやっているみたいですよ。本国に、そうした活動を統括する役所があるのかもしれませんが、そこは私たちにはわかりません」

北朝鮮の政府機関や事業体の多くは国家の財政難から独立採算を余儀なくされているため、このようにして外貨取得を目的とする事業展開をすることは大いにあり得る話だ。

では、肝心の商売の方はどうか。

丹東の人気店の場合、観光シーズンや連休ともなれば200―300席もある店が客でいっぱいになることも多く、かなりの売り上げがあると思われる。

ディナー時の客単価は普通に食べても日本円で2000~3000円ぐらい。気前よく飲み食いすれば7000~8000円ぐらいはいく。物価の安い国でこれだけの売り上げを得ていれば、利益水準はかなり高いだろう。丹東でも最も客入りの良さそうな店の前には、毎日のようにベンツやポルシェなどの高級車が停まっていたという。

「丹東では、北朝鮮レストランの主な顧客は国内(漢族)の観光客ですが、人気店には地元の金持ちもよく足を運びます。最高級店ではないのだけれど、味は上品だと言われていますね」(前出・朝鮮族の貿易業者)

一方、東南アジアで営業している北朝鮮レストランの場合、韓国人ツアー客を主なターゲットにしてきた。北朝鮮レストランでの食事を「定番コース」として組み込んでいた旅行社も多く、店側もそれを見込んでいるのか、広々とした作りになっている。

ただ、2008年10月の「リーマン・ショック」直後には、そうした営業戦略があだとなったこともあった。ウォンの為替レートが急落し、韓国人の海外旅行が一時的に縮小。閑古鳥が鳴き、撤退や休業を余儀なくされる店が相次いだのだ。

それでも、つい最近まで北朝鮮レストランがしぶとく生き残って来られたのは、ひとえに女性従業員たちの個性的なキャラクターと奮闘があればこそだったのだ。彼女らの脱出により北朝鮮レストランの商売が立ち行かなくなれば、北朝鮮経済が被る打撃は決して小さくはないのである。

(参考記事:北朝鮮レストラン「美貌のウェイトレス」が暴く金正恩体制の脆さ

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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